妹に婚約者を奪われたけど、婚約者の兄に拾われて幸せになる

第1話

　公爵家は壮麗で、歴史を感じさせる重厚な建築様式を持っていた。家の中は豪華な家具と絵画で飾られ、各部屋は独自のテーマで装飾されていた。エミリアの部屋は比較的質素で、暖色系の壁紙と柔らかい照明が彼女の温かい心を反映していた。彼女の好きな本棚は、彼女が愛読する物語でいっぱいだった。

　庭園は家の誇りで、四季折々の花が植えられ、美しい景色を提供していた。庭園の中央には噴水があり、その周りには色とりどりの花壇が配されていた。エミリアはしばしばこの庭園で時間を過ごし、静かな読書や思索にふけっていた。彼女にとって、庭園は平和の聖域であり、自分自身を見つめ直す場所だった。

　そんなエミリアは、今日も庭園で一人、静かに本を読んでいた。彼女の周りでは、美しい花が咲き誇り、暖かな日差しが彼女を包み込んでいた。しかし、その心は穏やかではなかった。家族の中で平凡な存在である自分は、常に才色兼備の妹リリアナと比較されていた。

「でも、愛しのマルナールがいる……それだけでいい」

　エミリアは心の中でつぶやいた。彼女にとって、婚約者マルナールは唯一無二の存在だった。彼は彼女の心の支えであり、彼女を理解し、愛してくれる人だった。

　すると、妹であるリリアナが軽蔑した表情で彼女の前に立ち塞がった。

「お姉さま、いつまでそのつまらない本に埋もれているの？　現実を見なさい。私みたいに社交界で輝くためには、もっと洗練された趣味が必要よ」

　エミリアは心の中でリリアナの言葉に傷つきながらも、静かに答えた。

「私はこれでいいのよ……」

　リリアナは嘲笑するように笑ってくる。

「幸せ？　あなたの幸せなんて、どうでもいいの。大事なのは私の幸せ！　それに、マルナールも私のほうがずっと好きみたい。哀れなお姉さま、そろそろ現実を受け入れたら？」

　意味が分からない。その言葉の真意の意味。エミリアは本を持つ手を震わせていた。
　どういうつもりで言ったのか。理解が出来なかった。



　その夜、婚約者であるマルナールからの呼び出しを受け、エミリアは彼の元へと向かった。

　彼の顔は真剣そのもので、「エミリア、ごめん。俺たち、別れないと……」と切り出した。

　彼の言葉にショックを受けるエミリア。涙が止まらない。

「なぜ？」

「リリアナと……」マルナールの言葉を聞いて、エミリアは全てを理解した。
　リリアナの策略、そしてマルナールの裏切り。

　リリアナが近づいてきた。彼女の顔には、勝ち誇ったような笑みが浮かんでいた。

「本当にごめんなさい。でも、マルナールは私の方が好きなの。それが真実よ」

　エミリアは言葉を失い、ただ茫然と立ち尽くすしかなかった。彼女の心はまるで氷のように冷たく、同時に炎のように熱く燃えていた。信じられない現実に、彼女の世界は崩れ去っていった。

　マルナールは顔を伏せ、うつむきながら言った。

「エミリア、本当にごめん。僕が弱かったんだ。」

　しかし、エミリアにはもうその言葉が届かなかった。
　彼女は深い絶望と裏切りを感じ、心の中で何かが壊れる音がした。



　翌日、家族からの追放が宣告された。居間に呼び出されたエミリアは、家族一同の冷たい眼差しに直面した。彼らの顔には、かつての暖かさや愛情のかけらも見当たらなかった。

「エミリア、お前はもうこの家にはいられない」

　父親の声は断固としていた。彼の言葉には、娘への慈悲や理解が一切含まれていなかった。

　母親もまた、冷ややかな表情でうなずいた。

「あなたのような恥をかかせる者は、もう、我々の娘じゃないわ」

　リリアナはそこにいたが、エミリアを見る目は高慢で満足げだった。

「お姉さま、ごめんなさい。でも、これが私たちのためなのよ」

　エミリアは一言も発せず、ただ静かに立ち尽くしていた。彼女の心は、この無情な現実に完全に打ち砕かれていた。かつての温かい家族の記憶は、今や冷酷な拒絶によって塗り替えられていた。


　思えば、エミリアは家族との食事の時、いつも端の席に静かに座っていた。彼女の存在はまるで空気のように扱われ、会話にはほとんど参加させられなかった。ある日の夕食時、彼女が家族の話題に入ろうとしたとき、父親は辛辣に言った。

「エミリア、お前の意見なんて聞きたくない。黙って食べていなさい」

　母親もまた、エミリアを蔑ろにしていた。エミリアが洋服選びで意見を求めた際、母親は冷たく言った。

「あなたにはどんな服を着ても無駄よ……リリアナのようにはなれないんだから」

　さらに、リリアナの誕生日には家族全員で大きなパーティーが開かれたが、エミリアの誕生日はほとんど無視された。その年、エミリアの誕生日には家族から一言の祝いの言葉もなく、ただひっそりと過ぎていった。

　また、エミリアが家庭内で何か成し遂げても、それはリリアナの成功の影に隠れ、家族は彼女の努力を認めなかった。エミリアが料理で家族を喜ばせようとしたときも。

「リリアナの方が上手だ」と無関心に言った。

　家族から愛されてなどいなかった。
　だから、こういう事態になってしまった。


　部屋を後にしたエミリアは、自分の部屋に向かい、そこで一人で泣いた。彼女の涙は、失われた愛と、破壊された信頼の痛みを物語っていた。彼女がこの家で過ごした時間、愛情、そして希望は、すべて消え去っていた。

　荷造りをして、家を出る準備をしたエミリアは、家族との最後の別れを告げずに、静かに家を後にした。彼女は、自分の運命を変えるために、新たな道を歩み始めることを決意していた。

　エミリアが家の門を抜けるとき、彼女の背後にはもはや何も残っていなかった。ただ、新しい人生への一歩を踏み出す彼女の勇気と決意だけが、彼女を前に進ませていた。

　エミリアの心は、家族との関係や自分の立場に対する深い葛藤でいつも揺れ動いていた。彼女は常に家族の愛を求めていたが、同時に自分が家族にとって二等市民であることを痛感していた。リリアナや家族に対して感じる劣等感は、彼女の自尊心を傷つけ、内面の不安を増大させていた。

　これからどうすればいいのかと？　エミリアは全てを捨て去って出て行った。
　家族からも追放されて、婚約者にも裏切られて、全てを奪われて。