妹に婚約者を奪われたけど、婚約者の兄に拾われて幸せになる

第3話

　エミリアがマルスの馬車から降りたのは、彼女がこれまで見た中で最も豪華な屋敷だった。屋敷の広大な敷地と、その威風堂々とした建築は、彼女がかつて暮らしていた公爵家をも凌ぐほどだった。彼女はその全てが現実であることに信じがたい思いを抱いた。

　マルスの屋敷は、その壮大さと精巧なデザインで、エミリアを圧倒した。広々としたエントランスは、光をたっぷりと取り入れる大きな窓と、天井には複雑な模様が施された豪華なシャンデリアで飾られていた。壁には、古代の戦いや風景を描いた巨大な絵画が掛けられ、歴史の一部を感じさせた。


　屋敷に一歩足を踏み入れると、彼女はすぐにメイドに迎えられた。メイドたちは親切に彼女を案内し、彼女のボロボロの服を丁寧に脱がせて新しい服に着替えさせてくれた。エミリアはこの突然の変化に心が追い付かず、ただ呆然としていた。

　一人のメイドがエミリアに優しく声をかけた。

「大丈夫ですか、お嬢様……こちらへどうぞ」

　彼女の声は温かく、エミリアはその声に導かれて部屋へと進んだ。部屋で、別のメイドが彼女の服を丁寧に脱がせ、新しい清潔な衣服を提供した。

　メイドたちはエミリアに対して、最高の礼儀と敬意を持って接した。彼女が着替える際には、適切な距離を保ちつつも、必要なときには手助けを惜しまなかった。エミリアが戸惑っていると、メイドたちは「ゆっくりとお過ごしください」

　励ましの言葉をかけた。


　服を着替えた後、彼女は食堂へと案内された。そこには既にマルスが待っており、彼はエミリアに温かく微笑みかけた。彼女は驚きながらも、彼と二人きりで食事をすることになった。

　食堂は煌びやかで、美しいシャンデリアが輝いていた。テーブルには様々な料理が並べられていたが、エミリアの目を引いたのは、熱々のスープだった。彼女のお腹はすっかり空になっており、その香りに心が温まるのを感じた。

　しかし、食事を前にして、エミリアは突然の涙が溢れ出た。

　彼女は「はしたない」と思いながらも、長い間抱えていた疲れと飢え、そして感謝の気持ちから、涙を止めることができなかった。

　彼女がスープを口に運ぶと、その温かさと味わいが長い間の空腹と孤独を癒してくれた。しかし、その美味しさと温もりが、彼女の心に隠れていた悲しみを呼び覚まし、エミリアは涙を流してしまった。彼女は涙をこらえようとしたが、抑えきれずに涙が頬を伝った。

「こんなに幸せな食事をしていいのだろうか……」

　彼女は自問し、自分の涙に恥じ入っていた。しかし、同時に彼女は、この食事がもたらす安心感と安らぎを深く感じていた。長い間、冷たい視線と無視に耐えてきた彼女にとって、この温かさは新鮮で、心を満たすものだった。

　マルスはエミリアの涙に気づき、慰めの言葉をかけた。「大丈夫だよ！　ここでゆっくり休んでくれればいい……落ち着いたら色々と話してくれればいいから」

　彼の声は穏やかであり、エミリアは彼の言葉に安堵の息をついた。

　食事中、マルスはエミリアに優しく話しかけた。彼の声は穏やかで、彼女がリラックスできるように配慮していた。

「エミリアって名前だっけ？　どうして君はあんな所に居たの？」

　エミリアは少し緊張しながらも、返答をする。

「……話すと長くなるんですが、逆に聞きます、なぜ私なんかを拾ってこんな食事までご馳走になってもよろしいのですか？」

　マルスは彼女の目を見つめ、真剣に答えた。

「君が困っているのを見て、ただ通り過ぎるわけにはいかなかったんだ。ここでは安心して過ごしてほしい」

　エミリアはその言葉に心を動かされた。彼女は少し恥ずかしそうに言葉を続けた。

「ありがとうございます。でも、私にはお返しできるものが何も………」

　マルスは優しく微笑み、彼女の言葉を遮った。「お返しなんて必要ないよ。大切なのは、君がここで安心して新しい生活を始められることだ。」

　彼らの会話は、エミリアが自分の状況について話すことで続いた。彼女は自分の過去と、家族からの追放について少しずつ話し始めた。マルスは彼女の話を静かに聞き、時折励ましの言葉をかけた。

　食事が進むにつれて、エミリアはマルスの温かさに少しずつ心を開き、彼に対する信頼を築き始めた。マルスは彼女の話に深く共感し、彼女の心に新たな光をもたらそうとした。

　マルスはエミリアに対してより深い関心を示し始めた。彼は彼女の過去について、慎重に、しかし興味を持って尋ねた。

「エミリア、君の家族について教えてくれないか？」

　エミリアは一瞬躊躇ったが、マルスの誠実な表情に心を開き、自分の家族と過去について話し始めた。

「私は公爵家の娘でしたが、家族からは…あまり愛されていなかったんです。妹には特に……」

　マルスは彼女の話を静かに聞き、彼女の経験に深い同情を示した。

「それは辛い経験だったね……しかし、ここでは君は大切にされる……君の価値は、君自身で決めるものだ」

　彼はエミリアに対して支援を申し出た。

「私の屋敷で、君には新しい人生をスタートする機会がある。必要な支援は何でも提供する。君が望むなら、新しい教育や技能を学ぶこともできるし、ただゆっくり休むのもいい」

　エミリアは感激する本当にそんなことが許されるのか。
　でも、ここはマルスの言葉に甘えることにした。


　食事が進む中、マルスはエミリアに向かって別の質問を投げかけた。

「エミリア、こんなこと聞くのも何だけど、君の婚約者について聞いてもいいかな？」

　エミリアは少し緊張しながら答えた。
　誰かに相談したい気持ちはある。
　エミリアは正直に答える。


「彼の名前はマルナールです。私たちは……婚約していましたが、彼は……」

　その瞬間、マルスの表情は一変した。彼の眉がひそまり、彼の青い瞳には驚きと複雑な感情が浮かんだ。

「マルナール、と言ったかい？　それは実は、私の弟の名前だ」

　エミリアはその事実に驚愕し、言葉を失った。彼女の心は混乱し、彼女はマルスの表情を見つめた。

「あなたの弟が……？　でも、どうして……？」

　マルスは深くため息をつき、エミリアに向かって語り始めた。

「私の弟は、時々衝動的な行動をすることがある……君が彼と婚約していたとは知らなかった！　それについては申し訳なく思う」

　エミリアは彼の言葉に心を動かされ、自分の婚約破棄の話を詳しく話し始めた。マルスは彼女の話を静かに聞き、彼女の痛みに共感を示した。

「私の屋敷で、君は新しい始まりを迎えることができる。弟の行動によって傷ついたことを、ここで癒してほしい」

　マルスの声には、エミリアへの深い同情と支援の意志が込められていた。