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第17話 偽りの花嫁
しおりを挟む王都の中心、白亜の聖堂に鐘が響いた。
その音は祝福のようでありながら、どこか冷たく鈍い。
「――王太子ユージン・アシュフォード殿下、並びにセシリア・バートラム嬢、御婚礼の儀を開始いたします」
群衆のざわめき、薔薇の香水の洪水、そして――偽りの笑顔。
その場に招かれた“特別な証人”のひとり、クラリッサ・ヴァレンティーヌは、静かにその光景を見つめていた。
「まぁ……香りだけは、見事に取り繕っておりますのね」
彼女の傍らには、王室付き商会として呼ばれたルークの姿もあった。
「あなた、本当に出席してよかったんですか?」
「ええ。“香りの証人”として招かれた以上、見届ける義務がありますもの」
――そう、これはただの結婚式ではない。
“ヴァレンティーヌ・ブレンド”の王室献上式を兼ねた、政治の舞台。
そしてその裏では、再び“何か”が動いていた。
式典の最中、クラリッサは妙な違和感に気づく。
薔薇と金木犀の香りに混じって、微かに漂う――金属の匂い。
「……血と薬草?」
神官が祈りを唱えるたびに、その匂いは強くなっていった。
まるで聖堂そのものが、何かを隠しているように。
隣でセシリアが笑う。
だがその顔色は不自然に白い。
唇の端には、かすかな紫の痕。
クラリッサは小さく扇子を開いた。
香りを読む――それは、彼女が唯一“真実”を暴く手段だった。
「……やはり、“薔薇茶”のときと同じ毒。
でも、今度はセシリア自身が――毒を盛られている?」
そして視線の先、祭壇の陰に見える黒衣の影。
ロイ・ハルフォード――王家の密偵。
彼が指で合図を送ると、神官の一人が聖杯を持ち上げた。
「……この香り、“鏡花の香”の逆調合……!」
真実を暴く香りの、反転の毒。
それを口にすれば、“記憶”が奪われる。
「――やめなさい!」
クラリッサの声が聖堂に響いた。
全員の視線が集まる中、彼女は堂々と歩み出る。
「その聖杯には“祝福”ではなく、“呪い”が注がれておりますわ!」
「な、何を言う!」と神官が叫ぶ。
クラリッサはポーチから小瓶を取り出し、空中に霧を散布した。
“鏡花の香”。
黄金の粒が空気に混じり、光の中で真実を照らす。
その瞬間――聖杯の中の液体が淡く黒く変色した。
「……やはり。あなた方は“記憶を消し”、権力を都合よく塗り替えるつもりでしたのね」
群衆の中で悲鳴が上がる。
ロイが舌打ちし、剣を抜こうとする。
だが――先に動いたのはユージンだった。
「やめろ、ロイ!」
「殿下!? なぜ……!」
「俺は……もう騙されない。
クラリッサの香りが、真実を思い出させてくれた」
その言葉に、クラリッサの胸がわずかに震えた。
彼の瞳には、かつて失った“誠意”の光が戻っていた。
騒乱の中、セシリアがゆっくりと倒れ込んだ。
クラリッサは駆け寄り、彼女の手を取る。
「……なぜ、何も言わなかったのですの?」
セシリアは震える声で呟く。
「あなたの香りを……嗅いだとき、分かってしまったの。
“真実”の香りは、どんな嘘よりも苦しいのよ……」
その涙は、もう嘘ではなかった。
聖堂の外では鐘が再び鳴る。
だが今度は祝福ではなく、“終焉”の鐘。
「――婚礼は、無効とする!」
ユージンの宣言に、貴族たちがざわめいた。
クラリッサは立ち上がり、香りの残る空気の中で扇子を閉じた。
「香りは、愛をも暴きますの。
甘い嘘も、偽りの誓いも――全部、風に溶けて消えるだけですわ」
外の風が吹き、花嫁のヴェールをさらっていった。
残ったのは、真実の香りだけ。
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