追放された悪役令嬢は貧乏になっても図太く生きますわ!

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第19話 薔薇と灰の王宮

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 王都の空が赤く染まっていた。
 それは朝焼けではなく――灰と血の色。

 神殿の扉が破られ、貴族たちの密議が暴かれ、
 “香鏡の真実”を知る者たちが次々と捕らえられていった。

 クラリッサは王宮の広間で、静かに立っていた。
 その手には、金色の小瓶――鏡花の香。

 「今日という日は、香りで嘘を洗い流す日ですわね」

 ルークが隣で息を呑む。
 「クラリッサ様、本当にやるんですか……? あの王を相手に?」
 「当然ですわ。
  “香りの女王”は、どんなに強い王にも屈しませんの」

 ――その時、扉が開いた。
 王とユージン、そして王国評議会の面々が入ってくる。
 彼らの前に、クラリッサは一礼した。

 「公爵令嬢クラリッサ・ヴァレンティーヌ、香りの証人として出廷いたしますわ」


 玉座の間は沈黙に包まれていた。
 王の瞳が彼女を射抜く。

 「ヴァレンティーヌ家の娘よ。貴様はこの国を混乱に陥れた。
  己の罪を認め、香技を王家に返上せよ」

 「……いいえ。
  “香り”とは心の記録です。わたくしは、記録を奪う者こそ罪人だと思いますの」

 そう言うと、クラリッサは瓶の蓋を開けた。
 瞬間、黄金の霧が広がり、広間全体が柔らかな光に包まれた。

 その香りは、王都の“過去”を呼び覚ます。
 人々の記憶、王家の密命、偽りの契約――すべてが香気の中に映し出された。

 「……これは、“王妃暗殺の夜”」
 貴族たちがざわめく。

 そこに映ったのは、王が若き日のヴァレンティーヌ公爵――
 つまり、クラリッサの父――とともに王妃を毒殺している光景だった。

 「そ、そんな……!」
 「お父さまが……?」

 クラリッサの手が震える。
 だが、その瞬間。

 広間の奥で、誰かがゆっくりと歩み出た。


 「お久しぶりだな、クラリッサ」

 声を聞いた瞬間、クラリッサの呼吸が止まった。
 灰色のマントをまとい、冷たい瞳で立っている――
 死んだはずの父、アルフレッド・ヴァレンティーヌ。

 「……どうして、生きて……?」
 「死んだことにした方が都合が良かったのだ。
  王家とヴァレンティーヌ家は、“罪”を共有しているからな」

 アルフレッドの声は低く、静かだった。
 「我らの家は香りで“真実”を操る。
  だが、真実を暴く者は王の敵。
  私は、お前を守るために……罪をかぶった」

 「守る……ため?」
 「そうだ。お前を追放させたのも私の命令だ。
  お前が“香鏡”の能力に呑まれぬように」

 クラリッサの胸が痛んだ。
 その“守り”がどれほどの孤独を生んだかを、彼女自身が知っている。

 「お父さま……
  わたくしは、あなたを憎み、許せずに生きてまいりました。
  けれど今、分かりますの。
  あなたが守りたかったのは、“真実の香り”だったのですね」

 アルフレッドは微笑んだ。
 「その通りだ。
  だが、今こそ――王家の偽りを終わらせる時だ」


 クラリッサは扇子を閉じ、立ち上がった。
 香りの霧が彼女の周囲でゆらめき、王宮の壁に幻の薔薇が咲く。
 花弁は灰色――それは、罪を纏う薔薇。

 「陛下。
  わたくしの家が背負った“血と香りの罪”を、ここに返上いたします」

 彼女は瓶を王の足元に置き、静かに割った。
 黄金の香りが広間を満たし、すべての幻が消えていく。

 王は膝をつき、嗚咽を漏らした。
 「……真実とは、なんと残酷な香りか」

 「いいえ、陛下。
  残酷なのは“嘘を隠す香り”ですの」

 クラリッサは涙を一筋流し、父に微笑んだ。
 「お父さま、これで――ようやく、香りは解放されましたわね」
 アルフレッドは頷き、灰の中に溶けるように姿を消した。

 ――薔薇と灰の王宮に、静かな香りが残る。
 それは、過去を燃やし、未来を照らす香りだった。
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