追放された悪役令嬢は貧乏になっても図太く生きますわ!

ワールド

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第28話 王都からの影

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 翌朝。
 霧が薄く漂う畑の端で、レオンは剣を磨いていた。
 昨夜の焚き火の余熱がまだ残る中、彼の動きは機械のように正確で、音ひとつ乱さない。
 その横でクラリッサは、初恋草の収穫籠を抱え、穏やかに笑った。

 「朝日と剣。なんだか詩的ですわね。
  ……もう少し泥にまみれたら、村人に溶け込めますわよ」
 「貴族の感覚では、これでも十分まみれてると思うが」
 「まだですの。真の辺境民は、泥と仲良しなんですのよ」

 二人の軽口に、村の空気は穏やかだった。
 子どもたちの笑い声。香草を干す匂い。
 それはまるで、戦も陰謀も遠い別世界のように思えた。

 だが――平穏は、いつも音もなく壊れる。

 「クラリッサ様!」
 アデラおばあちゃんが息を切らして駆けてきた。
 「王都からの使者だ! あのヴァルドの紋章を持ってる!」

 クラリッサは手にしていた籠を落とした。
 乾いたハーブが地面に散り、風に舞う。
 レオンの目が一瞬だけ鋭く光る。

 「……どこに?」
 「村の入口。白い外套の兵が三人。封印付きの文書を持ってる」

 クラリッサはゆっくりと扇子を開いた。
 その顔には恐怖も迷いもなかった。
 「迎えましょう。逃げると“悪役令嬢”らしく見えてしまいますもの」

 村の入口には、確かに王都の紋章が刻まれた使者が立っていた。
 彼らの鎧は磨き上げられ、白銀の外套が風に揺れている。
 中央の男が一歩前に出て、声を発した。

 「公爵令嬢クラリッサ・ヴァレンティーヌ。
  王都の命により、あなたの開発した“初恋草ブレンド”を王室薬学局に献上せよ」

 「献上、ですって?」
 「拒めば、反逆と見なす」

 扇子の骨が、ぱきん、と音を立てて折れた。
 クラリッサは微笑んだまま言う。
 「……相変わらず、王都は命令の言葉が下品ですのね」

 レオンが一歩前に出た。
 「この村は彼女の領地ではない。王命の執行権はないはずだ」
 「元・近衛隊長レオン=ガーランド。
  貴様が辺境で生きているとはな。
  上層部では、“裏切り者”の再教育命令が出ている」

 その言葉に、レオンの拳がわずかに震えた。
 だが、クラリッサが彼の腕を取って止める。
 「よろしいですわ。話し合いの余地はありませんのね?」
 「当然だ。王命は絶対だ」
 「では、わたくしも絶対にお断りいたしますわ」

 空気が張り詰めた。
 使者の手が剣に触れた瞬間――風が吹いた。

 風の中に、香りがあった。
 初恋草とミント、そしてわずかなセージの苦味。
 それは“安らぎ”の香りだった。

 使者の一人が目を細め、ふらりと足を止める。
 「……これは……」
 「疲労を癒す香りですの。戦う前に休息を取られた方がよろしいかと」

 レオンがその隙を逃さず、一歩前に出る。
 剣を抜くことはない。ただ、その気迫だけで相手を圧した。
 「この村に手を出すなら――王都に戻る者はいないと思え」

 使者たちは互いに目を合わせ、わずかに後退した。
 しかし、ひとりが冷たく告げる。
 「……ヴァルド様は必ず来られる。
  “鏡花の香”を封じたお前を、このままにはしておかぬ」

 去っていく背中を見送りながら、クラリッサは扇子を閉じた。
 「やはり、ヴァルドは動きましたのね」
 「……俺が止める」
 「いいえ、わたくしも戦いますわ。
  あの“香り”を再び悪用させるわけにはまいりません」

 レオンはしばし黙っていたが、やがて小さく頷いた。
 「……なら、俺の過去を話す時が来た」
 「過去?」
 「ヴァルドは、かつて俺の副官だった。
  だがあいつは、俺よりも王太子に忠実だった。
  そして――“鏡花の香”の実験の責任者でもある」

 クラリッサは目を見開いた。
 「では……あなたもあの夜を?」
 「ああ。俺は“処刑隊”にいた」

 風が止まり、沈黙が落ちる。
 クラリッサは静かに息を吐いた。
 「……それでも、あなたはこうして側にいる」
 「赦されるとは思っていない」
 「赦しなど必要ありませんわ。
  わたくしが選んだのは、“信じて一緒に立つ”ことですの」

 レオンの瞳がかすかに揺れる。
 その瞳の奥に、初めて安堵の色が宿った。

 「――ありがとう」
 「まだ礼を言うのは早いですわ。
  これから忙しくなりますのよ? “再教育”という名の訓練で」
 「……香りの教育か?」
 「ええ。香りと気品の両立講座ですの」

 クラリッサの笑いに、レオンも苦笑した。
 遠く、風が再び吹く。
 その風の中に、確かに混じっていた。

 ――王都からの、冷たい鉄の匂い。
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