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第29話 騎士の罪、令嬢の誇り
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夜が来た。
辺境の空は、雲が低く、風は冷たい。
森の奥からは鉄の足音が絶え間なく響き、月の光を受けた鎧が鈍く光った。
――ヴァルド特務隊。
王都直属の精鋭であり、かつてレオンが率いていた近衛の残党たちだった。
クラリッサは丘の上に立ち、村を見下ろしていた。
白いドレスの裾は泥に染まり、それでもその姿は気高かった。
「来ましたわね。王都の“誇りなき者”たちが」
隣にはレオン。
彼の剣には、もう迷いはない。
「……クラリッサ。あいつは、俺が片をつける」
「ダメですわ。あなた一人では終わりませんの」
クラリッサは扇子を開き、風の向きを確かめた。
「この村は、わたくしが築いた新しい居場所ですの。
王都が何を奪おうとしても、ここだけは絶対に渡しません」
「だが、敵は百人規模だ」
「数ではなく、香りで勝ちますの」
彼女は足元に小瓶を並べていく。
色も形も違う瓶たち――そのすべてが、これまでの試行錯誤で生まれた香の原液。
「“誇り”は武器ではありません。
けれど、“信念”に香りを与えれば、誰よりも強くなりますの」
レオンは静かに頷いた。
「……あの夜、お前を捕らえた俺が、今はその信念を守るとはな」
「人生、香りと同じ。どんな香料も、混ざれば新しい調べになりますの」
「皮肉が上手くなったな」
「あなたのせいですわ」
遠くで角笛が鳴る。
ヴァルド隊が動いた。
クラリッサは深く息を吸い込み、扇子を掲げた。
「――香りの結界、展開」
その瞬間、風が走る。
瓶の封が同時に外れ、村全体を囲むように淡い霧が立ち上がった。
それは光を帯び、ゆらめきながら空へと昇る。
ハーブ、花、土、そして涙の香り。
クラリッサが“生き抜いた証”そのものだった。
ヴァルド隊が結界に突入する。
しかし、彼らの足が止まる。
「……視界が……」
「音が……消える……?」
クラリッサの声が風に乗って響いた。
「それは“誇りの香り”。
嘘をつく者、命令に従うだけの者には届かない。
本当に守りたいものを持つ者だけが、前に進めますの」
ヴァルドが前列に立ち、剣を抜いた。
「クラリッサ・ヴァレンティーヌ! 貴様の香りこそが罪だ!」
「いいえ。罪なのは、香りを“支配”しようとした者たちですわ」
レオンが一歩前に出た。
「ヴァルド!」
「……隊長」
「俺はもう王都の犬じゃない。この剣は、罪の鎖を断つためにある!」
ヴァルドの剣とレオンの剣がぶつかる。
火花が散り、二人の間で金属の悲鳴が響く。
その背後で、クラリッサは静かに扇子を閉じた。
「――香りよ、彼を護りなさい」
結界の光がレオンを包み、その動きが一瞬で変わる。
剣筋が鋭く、迷いがない。
ヴァルドの刃が弾かれ、地面に落ちた。
「終わりだ、ヴァルド」
「……王都の理を、裏切るのか」
「理など知らん。俺は今、ひとりの令嬢の誇りを護る」
レオンの剣が風を切る。
次の瞬間、ヴァルドは膝をついた。
結界の光が弱まり、霧がゆっくりと消えていく。
クラリッサは扇子を閉じ、静かに息を吐いた。
「――終わりましたのね」
「いや、まだだ」
レオンは剣を鞘に戻し、彼女を見つめた。
「このままでは、王都はまた来る。
“香り”がある限り、お前を狙い続ける」
クラリッサは微笑む。
「ならば、わたくしが先に動きますの」
「どういう意味だ」
「次は、わたくしが王都へ参りますの。
“罪”を終わらせるのではなく、“使い方”を変えるために」
夜風が二人の間を抜けた。
その香りは、もう恐れの匂いではない。
希望の香り――そして、新しい戦いの予兆。
辺境の空は、雲が低く、風は冷たい。
森の奥からは鉄の足音が絶え間なく響き、月の光を受けた鎧が鈍く光った。
――ヴァルド特務隊。
王都直属の精鋭であり、かつてレオンが率いていた近衛の残党たちだった。
クラリッサは丘の上に立ち、村を見下ろしていた。
白いドレスの裾は泥に染まり、それでもその姿は気高かった。
「来ましたわね。王都の“誇りなき者”たちが」
隣にはレオン。
彼の剣には、もう迷いはない。
「……クラリッサ。あいつは、俺が片をつける」
「ダメですわ。あなた一人では終わりませんの」
クラリッサは扇子を開き、風の向きを確かめた。
「この村は、わたくしが築いた新しい居場所ですの。
王都が何を奪おうとしても、ここだけは絶対に渡しません」
「だが、敵は百人規模だ」
「数ではなく、香りで勝ちますの」
彼女は足元に小瓶を並べていく。
色も形も違う瓶たち――そのすべてが、これまでの試行錯誤で生まれた香の原液。
「“誇り”は武器ではありません。
けれど、“信念”に香りを与えれば、誰よりも強くなりますの」
レオンは静かに頷いた。
「……あの夜、お前を捕らえた俺が、今はその信念を守るとはな」
「人生、香りと同じ。どんな香料も、混ざれば新しい調べになりますの」
「皮肉が上手くなったな」
「あなたのせいですわ」
遠くで角笛が鳴る。
ヴァルド隊が動いた。
クラリッサは深く息を吸い込み、扇子を掲げた。
「――香りの結界、展開」
その瞬間、風が走る。
瓶の封が同時に外れ、村全体を囲むように淡い霧が立ち上がった。
それは光を帯び、ゆらめきながら空へと昇る。
ハーブ、花、土、そして涙の香り。
クラリッサが“生き抜いた証”そのものだった。
ヴァルド隊が結界に突入する。
しかし、彼らの足が止まる。
「……視界が……」
「音が……消える……?」
クラリッサの声が風に乗って響いた。
「それは“誇りの香り”。
嘘をつく者、命令に従うだけの者には届かない。
本当に守りたいものを持つ者だけが、前に進めますの」
ヴァルドが前列に立ち、剣を抜いた。
「クラリッサ・ヴァレンティーヌ! 貴様の香りこそが罪だ!」
「いいえ。罪なのは、香りを“支配”しようとした者たちですわ」
レオンが一歩前に出た。
「ヴァルド!」
「……隊長」
「俺はもう王都の犬じゃない。この剣は、罪の鎖を断つためにある!」
ヴァルドの剣とレオンの剣がぶつかる。
火花が散り、二人の間で金属の悲鳴が響く。
その背後で、クラリッサは静かに扇子を閉じた。
「――香りよ、彼を護りなさい」
結界の光がレオンを包み、その動きが一瞬で変わる。
剣筋が鋭く、迷いがない。
ヴァルドの刃が弾かれ、地面に落ちた。
「終わりだ、ヴァルド」
「……王都の理を、裏切るのか」
「理など知らん。俺は今、ひとりの令嬢の誇りを護る」
レオンの剣が風を切る。
次の瞬間、ヴァルドは膝をついた。
結界の光が弱まり、霧がゆっくりと消えていく。
クラリッサは扇子を閉じ、静かに息を吐いた。
「――終わりましたのね」
「いや、まだだ」
レオンは剣を鞘に戻し、彼女を見つめた。
「このままでは、王都はまた来る。
“香り”がある限り、お前を狙い続ける」
クラリッサは微笑む。
「ならば、わたくしが先に動きますの」
「どういう意味だ」
「次は、わたくしが王都へ参りますの。
“罪”を終わらせるのではなく、“使い方”を変えるために」
夜風が二人の間を抜けた。
その香りは、もう恐れの匂いではない。
希望の香り――そして、新しい戦いの予兆。
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