追放された悪役令嬢は貧乏になっても図太く生きますわ!

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風に揺れる約束

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 春の風が王都の路地を抜け、古い石畳の上を撫でていく。
 そこには、かつて貴族街と呼ばれていた華やかな通りの名残があった。
 香水店の看板、枯れかけた花壇、香草の露店――
 そして、その中心に新しく建てられた小さな建物。

 「香りの教室」――それがクラリッサの新しい居場所だった。

 ⸻

 「皆さん、香りというのは“飾り”ではなく、“心の呼吸”ですの」
 クラリッサは子どもたちを前に、笑みを浮かべていた。
 机の上には摘みたてのハーブと、金属の小瓶。
 王都の下町の子どもたちは目を輝かせながら手を動かす。

 「この香り、甘い!」
 「先生、これ混ぜてもいい?」
 「もちろんですわ。けれど混ぜるときは“誰の気持ちを癒したいか”を考えなさい」

 クラリッサは膝をつき、子どもの目線で優しく答える。
 その姿は、戦場を知る令嬢ではなく、ただ“人を導く女性”のものだった。

 ⸻

 授業が終わる頃、日差しが窓から差し込む。
 クラリッサは扇子を開き、空気を整えるように一振り。
 「この香り……風に乗せて、遠くまで届けばいいですわね」

 すると、入口の影から声がした。
 「届いてるさ。少なくとも、この街の空気は変わった」

 振り向けば、レオンが立っていた。
 彼は鎧の上から軽いマントを羽織り、穏やかな笑みを浮かべている。
 「サボりですの?」
 「報告に来ただけだ。騎士団の新しい任務が決まった」
 「まあ、それは……少し、嫌な予感がしますわ」

 レオンは一瞬言葉を詰まらせ、低く答えた。
 「……“再統合会議”の警備任務だ」

 クラリッサの扇子が静かに止まる。
 「――その会議、まさか王家の復権を?」
「そうだ。王太子の退位で空いた権力を、旧貴族たちが取り戻そうとしている。
  “香り”の管理権を再び王家に戻すという名目でな」

 沈黙。
 クラリッサはゆっくりと立ち上がった。
 「つまり、また“香りを支配する国”に戻るということですのね」
 「そうなる可能性が高い。
  ……俺は護衛任務で離れなければならない」

 クラリッサは微笑んだ。
 「いいえ、行きなさい。あなたの剣は、わたくしが信じた“誓い”の剣ですもの」
 「……約束だ。終わったら、またここに戻る」
 「風が吹けば、いつでも香りが導きますわ」

 二人は言葉を交わし、ただ静かに視線を合わせた。
 その風の中には、まだ約束の香りが確かに残っていた。

 ⸻

 夜。
 クラリッサは教室の机に座り、一本の香水瓶を見つめていた。
 それは、レオンと共に戦った夜に作った“誓いの香り”。

 「香りは風に乗り、いつか届く。
  でも……時には、風そのものが試されるのですわね」

 窓を開けると、遠くの王宮から光が見えた。
 ――“再統合会議”の準備が始まっている。
 香りの国は、再び分岐点に立とうとしていた。
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