25 / 52
(幕間・モコ視点)冷たい泥とお日様の匂い
しおりを挟む
三月。森には、もう花が咲き始めていた。
でもモコの世界は冬のままだった。
お腹が空いて、目が回る。 地面から生えてきた草を食べようとして、一歩踏み出した時だった。
ガチンッ!!
足首に、焼けるような痛みが走った。錆びついた鉄の罠(トラバサミ)。
冬の間、雪の下に隠されていたそれが、雪解けと共に牙を剥いたんだ。
「……ぅ、あ……」
痛い。寒い。春の風は、濡れた体には氷みたいに冷たい。
傷口から流れる血が、泥に吸われていく。鉄の匂いと、土の匂い。
(……これで、終わり?)
遠い記憶。父ちゃんと母ちゃんがいた村も、魔物に燃やされた。
赤い炎。逃げ惑う熱さ。一人ぼっちになってから、ずっと震えていた気がする。
誰にも見つからないように、息を殺して隠れて生きてきた。
まぶたが重い。森の木々が、風でザワザワと笑っている。
『お前はいらない子だ』って、言われてる気がした。
ごめんね。弱くてごめんね。
体を丸めて、冷たい泥の中で目を閉じた……。
† † †
「……しっかりして!」
遠くで、誰かの声がした気がした。春風よりも、ずっと優しい声。
目を開けようとしたけれど、重くて開かない。ただ、凍りついた足に、「ふわっ」とした温かい光(まほう)が吸い込まれていくのが分かった。
痛みが、少しだけ遠ざかる。そのあと、体がふわりと浮いた。
(……あったかい)
それは、冷たい泥の感触じゃなかった。誰かの背中。トクトクと、優しい音が聞こえる場所。
いい匂いがした。 薬草の匂いと、お日様みたいな匂い。 夢心地の中で、その「温かいなにか」にギュッとしがみついた。
ここから離れたら、また寒い場所に戻っちゃう。だから、離さないで。祈りながら、深い眠りに落ちていった……。
† † †
次に目を覚ました時、目の前に湯気が立っていた。 桜色の髪をした女の子が、お椀を差し出している。
『ふふっ。ちょうど出来たところだよ』
夢じゃなかった。一口飲むと、野菜の甘い味が口いっぱいに広がった。
『おいしい……あったかい……』
涙が止まらなくなった。ただのスープなのに。体が心が解けていく。
怖かった。
怪我が治ったら、「役立たずはいらない」って捨てられるのが怖かった。
だから、必死で働こうとした。
でも、エリス姉は怒った。 そして、ギュッと抱きしめてくれた。
『捨てないよ。何もしなくても、絶対に捨てない』 『家族だよ』
その時、モコの中の長い冬が終わった。
この人は、モコが見つけた、世界でたった一つのお日様だ。
† † †
チュン、チュン。 小鳥の声で目が覚める。
鼻をくすぐるのは、冷たい泥の匂いじゃない。 乾燥した藁(わら)の香ばしい匂いと、エリス姉の甘い匂い。
「……んぅ」
隣を見る。エリス姉が、無防備な顔で寝ている。 その向こうには、あの生意気な猫(ピコ)が丸くなっている。
足を見る。 傷跡はもう残っていない。
この足があったから、昨日は地面を強く踏ん張れた。大きな丸太を支えて、エリス姉を守り切れたんだ。
(……えへへ)
モコは布団の中で、小さく尻尾を振った。窓の外は、本当の春。
でも、この家の中はもっと温かい。
「……エリス姉、おはよう」
まだ夢の中にいるエリス姉に、小さく囁く。
今日は森で、美味しいものを探そう。
春の森には、ご馳走がいっぱいだから。 エリス姉をびっくりさせて、いっぱい褒めてもらうんだもん!
でもモコの世界は冬のままだった。
お腹が空いて、目が回る。 地面から生えてきた草を食べようとして、一歩踏み出した時だった。
ガチンッ!!
足首に、焼けるような痛みが走った。錆びついた鉄の罠(トラバサミ)。
冬の間、雪の下に隠されていたそれが、雪解けと共に牙を剥いたんだ。
「……ぅ、あ……」
痛い。寒い。春の風は、濡れた体には氷みたいに冷たい。
傷口から流れる血が、泥に吸われていく。鉄の匂いと、土の匂い。
(……これで、終わり?)
遠い記憶。父ちゃんと母ちゃんがいた村も、魔物に燃やされた。
赤い炎。逃げ惑う熱さ。一人ぼっちになってから、ずっと震えていた気がする。
誰にも見つからないように、息を殺して隠れて生きてきた。
まぶたが重い。森の木々が、風でザワザワと笑っている。
『お前はいらない子だ』って、言われてる気がした。
ごめんね。弱くてごめんね。
体を丸めて、冷たい泥の中で目を閉じた……。
† † †
「……しっかりして!」
遠くで、誰かの声がした気がした。春風よりも、ずっと優しい声。
目を開けようとしたけれど、重くて開かない。ただ、凍りついた足に、「ふわっ」とした温かい光(まほう)が吸い込まれていくのが分かった。
痛みが、少しだけ遠ざかる。そのあと、体がふわりと浮いた。
(……あったかい)
それは、冷たい泥の感触じゃなかった。誰かの背中。トクトクと、優しい音が聞こえる場所。
いい匂いがした。 薬草の匂いと、お日様みたいな匂い。 夢心地の中で、その「温かいなにか」にギュッとしがみついた。
ここから離れたら、また寒い場所に戻っちゃう。だから、離さないで。祈りながら、深い眠りに落ちていった……。
† † †
次に目を覚ました時、目の前に湯気が立っていた。 桜色の髪をした女の子が、お椀を差し出している。
『ふふっ。ちょうど出来たところだよ』
夢じゃなかった。一口飲むと、野菜の甘い味が口いっぱいに広がった。
『おいしい……あったかい……』
涙が止まらなくなった。ただのスープなのに。体が心が解けていく。
怖かった。
怪我が治ったら、「役立たずはいらない」って捨てられるのが怖かった。
だから、必死で働こうとした。
でも、エリス姉は怒った。 そして、ギュッと抱きしめてくれた。
『捨てないよ。何もしなくても、絶対に捨てない』 『家族だよ』
その時、モコの中の長い冬が終わった。
この人は、モコが見つけた、世界でたった一つのお日様だ。
† † †
チュン、チュン。 小鳥の声で目が覚める。
鼻をくすぐるのは、冷たい泥の匂いじゃない。 乾燥した藁(わら)の香ばしい匂いと、エリス姉の甘い匂い。
「……んぅ」
隣を見る。エリス姉が、無防備な顔で寝ている。 その向こうには、あの生意気な猫(ピコ)が丸くなっている。
足を見る。 傷跡はもう残っていない。
この足があったから、昨日は地面を強く踏ん張れた。大きな丸太を支えて、エリス姉を守り切れたんだ。
(……えへへ)
モコは布団の中で、小さく尻尾を振った。窓の外は、本当の春。
でも、この家の中はもっと温かい。
「……エリス姉、おはよう」
まだ夢の中にいるエリス姉に、小さく囁く。
今日は森で、美味しいものを探そう。
春の森には、ご馳走がいっぱいだから。 エリス姉をびっくりさせて、いっぱい褒めてもらうんだもん!
57
あなたにおすすめの小説
引退賢者はのんびり開拓生活をおくりたい
鈴木竜一
ファンタジー
旧題:引退賢者はのんびり開拓生活をおくりたい ~不正がはびこる大国の賢者を辞めて離島へと移住したら、なぜか優秀な元教え子たちが集まってきました~
【書籍化決定!】
本作の書籍化がアルファポリスにて正式決定いたしました!
第1巻は10月下旬発売!
よろしくお願いします!
賢者オーリンは大陸でもっと栄えているギアディス王国の魔剣学園で教鞭をとり、これまで多くの優秀な学生を育てあげて王国の繁栄を陰から支えてきた。しかし、先代に代わって新たに就任したローズ学園長は、「次期騎士団長に相応しい優秀な私の息子を贔屓しろ」と不正を強要してきた挙句、オーリン以外の教師は息子を高く評価しており、同じようにできないなら学園を去れと告げられる。どうやら、他の教員は王家とのつながりが深いローズ学園長に逆らえず、我がままで自分勝手なうえ、あらゆる能力が最低クラスである彼女の息子に最高評価を与えていたらしい。抗議するオーリンだが、一切聞き入れてもらえず、ついに「そこまでおっしゃられるのなら、私は一線から身を引きましょう」と引退宣言をし、大国ギアディスをあとにした。
その後、オーリンは以前世話になったエストラーダという小国へ向かうが、そこへ彼を慕う教え子の少女パトリシアが追いかけてくる。かつてオーリンに命を助けられ、彼を生涯の師と仰ぐ彼女を人生最後の教え子にしようと決め、かねてより依頼をされていた離島開拓の仕事を引き受けると、パトリシアとともにそこへ移り住み、現地の人々と交流をしたり、畑を耕したり、家畜の世話をしたり、修行をしたり、時に離島の調査をしたりとのんびりした生活を始めた。
一方、立派に成長し、あらゆるジャンルで国内の重要な役職に就いていた《黄金世代》と呼ばれるオーリンの元教え子たちは、恩師であるオーリンが学園から不当解雇された可能性があると知り、激怒。さらに、他にも複数の不正が発覚し、さらに国王は近隣諸国へ侵略戦争を仕掛けると宣言。そんな危ういギアディス王国に見切りをつけた元教え子たちは、オーリンの後を追って続々と国外へ脱出していく。
こうして、小国の離島でのんびりとした開拓生活を希望するオーリンのもとに、王国きっての優秀な人材が集まりつつあった……
異世界着ぐるみ転生
こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生
どこにでもいる、普通のOLだった。
会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。
ある日気が付くと、森の中だった。
誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ!
自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。
幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り!
冒険者?そんな怖い事はしません!
目指せ、自給自足!
*小説家になろう様でも掲載中です
親友と婚約者に裏切られ仕事も家も失い自暴自棄になって放置されたダンジョンで暮らしてみたら可愛らしいモンスターと快適な暮らしが待ってました
空地大乃
ファンタジー
ダンジョンが日常に溶け込んだ世界――。
平凡な会社員の風間は、身に覚えのない情報流出の責任を押しつけられ、会社をクビにされてしまう。さらに、親友だと思っていた男に婚約者を奪われ、婚約も破棄。すべてが嫌になった風間は自暴自棄のまま山へ向かい、そこで人々に見捨てられた“放置ダンジョン”を見つける。
どこか自分と重なるものを感じた風間は、そのダンジョンに住み着くことを決意。ところが奥には、愛らしいモンスターたちがひっそり暮らしていた――。思いがけず彼らに懐かれた風間は、さまざまなモンスターと共にダンジョンでのスローライフを満喫していくことになる。
転生したら幼女でした!? 神様~、聞いてないよ~!
饕餮
ファンタジー
書籍化決定!
2024/08/中旬ごろの出荷となります!
Web版と書籍版では一部の設定を追加しました!
今井 優希(いまい ゆき)、享年三十五歳。暴走車から母子をかばって轢かれ、あえなく死亡。
救った母親は数年後に人類にとってとても役立つ発明をし、その子がさらにそれを発展させる、人類にとって宝になる人物たちだった。彼らを助けた功績で生き返らせるか異世界に転生させてくれるという女神。
一旦このまま成仏したいと願うものの女神から誘いを受け、その女神が管理する異世界へ転生することに。
そして女神からその世界で生き残るための魔法をもらい、その世界に降り立つ。
だが。
「ようじらなんて、きいてにゃいでしゅよーーー!」
森の中に虚しく響く優希の声に、誰も答える者はいない。
ステラと名前を変え、女神から遣わされた魔物であるティーガー(虎)に気に入られて護られ、冒険者に気に入られ、辿り着いた村の人々に見守られながらもいろいろとやらかす話である。
★主人公は口が悪いです。
★不定期更新です。
★ツギクル、カクヨムでも投稿を始めました。
異世界の片隅で引き篭りたい少女。
月芝
ファンタジー
玄関開けたら一分で異世界!
見知らぬオッサンに雑に扱われただけでも腹立たしいのに
初っ端から詰んでいる状況下に放り出されて、
さすがにこれは無理じゃないかな? という出オチ感漂う能力で過ごす新生活。
生態系の最下層から成り上がらずに、こっそりと世界の片隅で心穏やかに過ごしたい。
世界が私を見捨てるのならば、私も世界を見捨ててやろうと森の奥に引き篭った少女。
なのに世界が私を放っておいてくれない。
自分にかまうな、近寄るな、勝手に幻想を押しつけるな。
それから私を聖女と呼ぶんじゃねぇ!
己の平穏のために、ふざけた能力でわりと真面目に頑張る少女の物語。
※本作主人公は極端に他者との関わりを避けます。あとトキメキLOVEもハーレムもありません。
ですので濃厚なヒューマンドラマとか、心の葛藤とか、胸の成長なんかは期待しないで下さい。
幻獣保護センター廃棄処理係の私、ボロ雑巾のような「ゴミ幻獣」をこっそり洗ってモフっていたら、実は世界を喰らう「終焉の獣」だった件について
いぬがみとうま🐾
ファンタジー
「魔力なしの穀潰し」――そう蔑まれ、幻獣保護センターの地下で廃棄幻獣の掃除に明け暮れる少女・ミヤコ。
実のところ、その施設は「価値のない命」を無慈悲に殺処分する地獄だった。
ある日、ミヤコの前に運ばれてきたのは、泥と油にまみれた「ボロ雑巾」のような正体不明の幻獣。
誰の目にもゴミとしか映らないその塊を、ミヤコは放っておけなかった。
「こんなに汚れたままなんて、かわいそう」
彼女が生活魔法を込めたブラシで丹念に汚れを落とした瞬間、世界を縛る最凶の封印が汚れと一緒に「流されてしまう。
現れたのは、月光を纏ったような美しい銀狼。
それは世界を喰らうと恐れられる伝説の災厄級幻獣『フェンリル・ヴォイド』だった……。
平凡冒険者のスローライフ
上田なごむ
ファンタジー
26歳独身、動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物や魔法、獣人等が当たり前に存在する異世界に転移させられる。
彼が送るのは、時に命がけの戦いもあり、時に仲間との穏やかな日常もある、そんな『冒険者』ならではのスローライフ。
果たして、彼を待ち受ける出会いや試練とは如何なるものか。
ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。
孤児院の愛娘に会いに来る国王陛下
akechi
ファンタジー
ルル8歳
赤子の時にはもう孤児院にいた。
孤児院の院長はじめ皆がいい人ばかりなので寂しくなかった。それにいつも孤児院にやってくる男性がいる。何故か私を溺愛していて少々うざい。
それに貴方…国王陛下ですよね?
*コメディ寄りです。
不定期更新です!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる