『捨てられシスターと傷ついた獣の修繕日誌』~「修理が遅い」と追放されたけど、DIY知識チートで壊れた家も心も直して、幸せな家庭を築きます

エリモコピコット

文字の大きさ
50 / 52

第46話:燻製器と香ばしい午後

しおりを挟む
 冬が来る。

 ガラムさんの言っていた通り、北の空は日に日に重くなっていた。朝起きると息が白く、指先がかじかむ。このままでは、せっかく貯めた食材も傷んでしまう。

「というわけで、今日は保存食を作るよ」

 私は鍛冶場の横に集まったみんなに宣言した。

「保存食?」

 モコが首を傾げる。

「うん。お肉を燻して、長持ちさせるの。燻製って言うんだよ」

「クンセー?」

「煙でいぶすの。そうすると、何ヶ月も腐らないんだよ」

「おおー! すごい!」

 モコの目がキラキラ輝いた。尻尾がブンブン揺れている。

「……どうやって」

 トトが静かに問いかけた。鉄板を抱えている。さっきから何やら考え込んでいるようだった。

「箱を作って、中で煙を出すの。トトちゃん、鉄の箱って作れる?」

「……ん」

 短く頷くと、トトはすぐに作業に取りかかった。カン、カン、カン。規則正しい音が響き始める。

  † † †

 トトの仕事は早かった。

 昼過ぎには、四角い鉄の箱が完成していた。蓋がぴったり閉まる密閉構造。底には空気穴があり、横には食材を吊るすための棒を通す穴が開いている。

「すごい、完璧だよトトちゃん」

「……ん」

 耳がピョコピョコ動いた。照れているらしい。

「あとは、この中に網を……」

 私は針金を手に取った。鉄を溶かして繋ぐ作業。かつて勇者パーティで「火力不足」と馬鹿にされた魔法だけど、こういう精密作業には向いている。

「点火……イグニス」

 指先に青白い炎が灯る。針金の交点に集中させると、ジュッ、と小さな音を立てて鉄同士が溶け合った。

「わぁ、くっついた!」

「ふふ、こうやって一個ずつ繋げていくの」

 ジュッ。ジュッ。ジュッ。

 地道な作業だけど、嫌いじゃない。むしろ好きかもしれない。

「……きれい」

 トトが溶接跡を見つめていた。

「本当? ありがとう」

  † † †

 網が完成し、いよいよ燻製の準備に入った。

 塩漬けにしておいた豚肉を取り出す。ガラムさんから買った岩塩で三日間漬け込んだものだ。赤い肉が、塩で締まってしっとりとした質感になっている。

「これを吊るして、クルミの木のチップで燻すんだよ」

「なんでクルミなの?」

 ピコが訊いた。私の作業を「興味なさそう」に眺めながら、でも一歩も離れない。

「クルミの木は香りがまろやかで、食材の味を邪魔しないの。煙と一緒に、ふわっていい香りがお肉に移るんだよ」

「ふーん」

 尻尾がゆらゆら揺れている。興味津々じゃないか。

 豚肉を網に吊るし、箱の中に入れる。底にクルミのチップを敷き詰めて、火をつけた。

 シュー……。

 白い煙が立ち上り始める。

「よし、蓋を閉めて……あ、待って」

 私は手を止めた。

「どうしたの、エリス姉?」

「冬だから、鉄の箱が冷えるんだよね。そうすると、中で結露して……」

「ケツロ?」

「水滴がついちゃうの。煙の中の悪いものが水に溶けて、お肉に落ちたらまずくなっちゃう」

「やだー!」

 モコが悲鳴を上げた。

「大丈夫、対策するから。ピコちゃん、この前作ったフェルトの端切れ、まだある?」

「……あるわよ。何に使うの?」

「蓋の裏に挟むの。水滴を吸ってくれるから」

 ピコが持ってきたフェルトを、蓋の裏側に張り付けた。これで結露対策は完璧。

 カチャン。

 蓋を閉めると、煙が箱の中に閉じ込められた。

「あとは、待つだけだよ」

「待つ? どれくらい?」

「数時間かな」

「ええー、長いー!」

 モコが不満そうに頬を膨らませた。

「ふふ、大丈夫。その分、美味しくなるんだよ」

 モコの頭を撫でてあげると、尻尾が一瞬で機嫌を直した。現金な子だ。

  † † †

 燻製が出来上がるまで、私たちは焚き火を囲んでいた。

 することがない。本当に、何もすることがない。

 でも、それがいい。

「……」

 パチ、パチ。

 薪が爆ぜる音だけが響く。

 燻製器から漂うクルミのチップの香りが、服に、髪に、染み込んでいく。甘くて、香ばしくて、あたたかい匂い。

「……いい匂い」

 トトがぽつりと言った。

「うん」

 モコが隣でうとうとしている。尻尾がだらんと垂れて、完全にリラックスしていた。

 ピコは眠そうな目で炎を見つめていた。猫獣人は暖かい場所が好きなのだ。

(ああ、なんかいいな、こういうの)

 焦らなくても、急がなくてもいい時間。

 煙の香りを嗅ぎながら、ただぼんやりする。

「……ねえ」

 トトが、ふと呟いた。

「もう、できた?」

「うーん、もうちょっとかな」

 私は笑った。

「待つのも、調味料のうちだよ」

「……?」

「急がないで、じっくり時間をかけると、美味しくなるってこと」

「……ふうん」

 トトは納得したような、してないような顔で頭を傾げた。

 ピコの尻尾が、ゆらり、と揺れた。

  † † †

 日が傾き始めた頃、燻製器を開けた。

 カチャン。

 蓋を開けた瞬間、煙と一緒に濃厚な香りが溢れ出した。

「わぁぁっ!」

 モコが目を覚ました。

 中を覗き込むと、豚肉が飴色に輝いていた。表面がテカテカと艶めき、まるで宝石のようだ。

「……すごい」

 トトが息を呑んだ。

 私はナイフを取り出し、ベーコンに刃を入れた。

 ザクッ。

 切り口から、脂の甘い香りが立ち上る。ピンク色の断面が、うっすらと透き通っていた。

「じゃあ、味見しよっか」

 一切れずつ、みんなに配った。

 モコが真っ先に頬張った。

「んー!!」

 もぐもぐと咀嚼しながら、尻尾がプロペラのように回転している。

「おいひー! なんかね、お肉の味がギュッてなってる! 煙の味がする!」

「燻製だからね。嬉しいな」

 トトは黙って食べていた。でも、耳がピョコピョコ動いているから、気に入ったんだろう。

 ピコは……。

「……悪くないわね」

 そう言いながら、二切れ目に手を伸ばしていた。

「あっ、ピコ、二枚目!」

 モコが声を上げた。

「な、なによ! テストよ、テスト! 一枚じゃ味が分からないじゃない!」

 尻尾がブンブン揺れている。正直すぎる。

「ふふ」

 私も一切れ口に入れた。

 噛むと、凝縮された肉の旨味と、クルミの芳醇な香りが口いっぱいに広がった。塩気が脂の甘さを引き立てて、奥深い味わいになっている。

(……美味しい)

 勇者パーティにいた頃は、こんな贅沢はできなかった。移動と戦闘の連続で、食事は栄養を摂るだけのものだった。

 でも今は、こうして時間をかけて、丁寧に、美味しいものを作れる。

 待つ時間さえ、贅沢だと思える。

「ねえ、エリス」

 ピコが言った。

「これ、もっとたくさん作れないの?」

「えっ、気に入ってくれた?」

「べ、別に! ただ、保存食はたくさんあった方がいいじゃない! 冬のために言ってんのよ!」

 尻尾がふわふわ揺れている。本当に正直な尻尾だ。

「ふふっ、うん、たくさん作ろうね。チーズも、魚も燻せるんだよ」

「……そう」

 ピコはそっぽを向いた。耳だけが、ご機嫌にピコピコ動いている。

 トトはまだ黙々と食べていた。三枚目。

「トトちゃん、美味しい?」

「……ん。……いい仕事、した」

 それは、自分が作った燻製器への評価だろうか。ちょっと違う気もするけど、まあいいか。

 夕焼けが空を染めていく。

 クルミのチップの香りが染み込んだ服を着て、私たちは燻製ベーコンを頬張った。

 冬が来る。寒くて厳しい季節だ。

 でも、こうして保存食を作れば、きっと乗り越えられる。

 それに、待つ時間でさえ楽しいのだから。

 穏やかな達成感が、秋の終わりの風と一緒に吹き抜けていったのだった……。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

引退賢者はのんびり開拓生活をおくりたい

鈴木竜一
ファンタジー
旧題:引退賢者はのんびり開拓生活をおくりたい ~不正がはびこる大国の賢者を辞めて離島へと移住したら、なぜか優秀な元教え子たちが集まってきました~ 【書籍化決定!】 本作の書籍化がアルファポリスにて正式決定いたしました! 第1巻は10月下旬発売! よろしくお願いします!  賢者オーリンは大陸でもっと栄えているギアディス王国の魔剣学園で教鞭をとり、これまで多くの優秀な学生を育てあげて王国の繁栄を陰から支えてきた。しかし、先代に代わって新たに就任したローズ学園長は、「次期騎士団長に相応しい優秀な私の息子を贔屓しろ」と不正を強要してきた挙句、オーリン以外の教師は息子を高く評価しており、同じようにできないなら学園を去れと告げられる。どうやら、他の教員は王家とのつながりが深いローズ学園長に逆らえず、我がままで自分勝手なうえ、あらゆる能力が最低クラスである彼女の息子に最高評価を与えていたらしい。抗議するオーリンだが、一切聞き入れてもらえず、ついに「そこまでおっしゃられるのなら、私は一線から身を引きましょう」と引退宣言をし、大国ギアディスをあとにした。  その後、オーリンは以前世話になったエストラーダという小国へ向かうが、そこへ彼を慕う教え子の少女パトリシアが追いかけてくる。かつてオーリンに命を助けられ、彼を生涯の師と仰ぐ彼女を人生最後の教え子にしようと決め、かねてより依頼をされていた離島開拓の仕事を引き受けると、パトリシアとともにそこへ移り住み、現地の人々と交流をしたり、畑を耕したり、家畜の世話をしたり、修行をしたり、時に離島の調査をしたりとのんびりした生活を始めた。  一方、立派に成長し、あらゆるジャンルで国内の重要な役職に就いていた《黄金世代》と呼ばれるオーリンの元教え子たちは、恩師であるオーリンが学園から不当解雇された可能性があると知り、激怒。さらに、他にも複数の不正が発覚し、さらに国王は近隣諸国へ侵略戦争を仕掛けると宣言。そんな危ういギアディス王国に見切りをつけた元教え子たちは、オーリンの後を追って続々と国外へ脱出していく。  こうして、小国の離島でのんびりとした開拓生活を希望するオーリンのもとに、王国きっての優秀な人材が集まりつつあった……

異世界着ぐるみ転生

こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生 どこにでもいる、普通のOLだった。 会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。 ある日気が付くと、森の中だった。 誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ! 自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。 幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り! 冒険者?そんな怖い事はしません! 目指せ、自給自足! *小説家になろう様でも掲載中です

親友と婚約者に裏切られ仕事も家も失い自暴自棄になって放置されたダンジョンで暮らしてみたら可愛らしいモンスターと快適な暮らしが待ってました

空地大乃
ファンタジー
ダンジョンが日常に溶け込んだ世界――。 平凡な会社員の風間は、身に覚えのない情報流出の責任を押しつけられ、会社をクビにされてしまう。さらに、親友だと思っていた男に婚約者を奪われ、婚約も破棄。すべてが嫌になった風間は自暴自棄のまま山へ向かい、そこで人々に見捨てられた“放置ダンジョン”を見つける。 どこか自分と重なるものを感じた風間は、そのダンジョンに住み着くことを決意。ところが奥には、愛らしいモンスターたちがひっそり暮らしていた――。思いがけず彼らに懐かれた風間は、さまざまなモンスターと共にダンジョンでのスローライフを満喫していくことになる。

転生したら幼女でした!? 神様~、聞いてないよ~!

饕餮
ファンタジー
  書籍化決定!   2024/08/中旬ごろの出荷となります!   Web版と書籍版では一部の設定を追加しました! 今井 優希(いまい ゆき)、享年三十五歳。暴走車から母子をかばって轢かれ、あえなく死亡。 救った母親は数年後に人類にとってとても役立つ発明をし、その子がさらにそれを発展させる、人類にとって宝になる人物たちだった。彼らを助けた功績で生き返らせるか異世界に転生させてくれるという女神。 一旦このまま成仏したいと願うものの女神から誘いを受け、その女神が管理する異世界へ転生することに。 そして女神からその世界で生き残るための魔法をもらい、その世界に降り立つ。 だが。 「ようじらなんて、きいてにゃいでしゅよーーー!」 森の中に虚しく響く優希の声に、誰も答える者はいない。 ステラと名前を変え、女神から遣わされた魔物であるティーガー(虎)に気に入られて護られ、冒険者に気に入られ、辿り着いた村の人々に見守られながらもいろいろとやらかす話である。 ★主人公は口が悪いです。 ★不定期更新です。 ★ツギクル、カクヨムでも投稿を始めました。

異世界の片隅で引き篭りたい少女。

月芝
ファンタジー
玄関開けたら一分で異世界!  見知らぬオッサンに雑に扱われただけでも腹立たしいのに 初っ端から詰んでいる状況下に放り出されて、 さすがにこれは無理じゃないかな? という出オチ感漂う能力で過ごす新生活。 生態系の最下層から成り上がらずに、こっそりと世界の片隅で心穏やかに過ごしたい。 世界が私を見捨てるのならば、私も世界を見捨ててやろうと森の奥に引き篭った少女。 なのに世界が私を放っておいてくれない。 自分にかまうな、近寄るな、勝手に幻想を押しつけるな。 それから私を聖女と呼ぶんじゃねぇ! 己の平穏のために、ふざけた能力でわりと真面目に頑張る少女の物語。 ※本作主人公は極端に他者との関わりを避けます。あとトキメキLOVEもハーレムもありません。 ですので濃厚なヒューマンドラマとか、心の葛藤とか、胸の成長なんかは期待しないで下さい。  

幻獣保護センター廃棄処理係の私、ボロ雑巾のような「ゴミ幻獣」をこっそり洗ってモフっていたら、実は世界を喰らう「終焉の獣」だった件について

いぬがみとうま🐾
ファンタジー
「魔力なしの穀潰し」――そう蔑まれ、幻獣保護センターの地下で廃棄幻獣の掃除に明け暮れる少女・ミヤコ。 実のところ、その施設は「価値のない命」を無慈悲に殺処分する地獄だった。 ある日、ミヤコの前に運ばれてきたのは、泥と油にまみれた「ボロ雑巾」のような正体不明の幻獣。 誰の目にもゴミとしか映らないその塊を、ミヤコは放っておけなかった。 「こんなに汚れたままなんて、かわいそう」 彼女が生活魔法を込めたブラシで丹念に汚れを落とした瞬間、世界を縛る最凶の封印が汚れと一緒に「流されてしまう。 現れたのは、月光を纏ったような美しい銀狼。 それは世界を喰らうと恐れられる伝説の災厄級幻獣『フェンリル・ヴォイド』だった……。

平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ
ファンタジー
26歳独身、動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物や魔法、獣人等が当たり前に存在する異世界に転移させられる。 彼が送るのは、時に命がけの戦いもあり、時に仲間との穏やかな日常もある、そんな『冒険者』ならではのスローライフ。 果たして、彼を待ち受ける出会いや試練とは如何なるものか。 ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

孤児院の愛娘に会いに来る国王陛下

akechi
ファンタジー
ルル8歳 赤子の時にはもう孤児院にいた。 孤児院の院長はじめ皆がいい人ばかりなので寂しくなかった。それにいつも孤児院にやってくる男性がいる。何故か私を溺愛していて少々うざい。 それに貴方…国王陛下ですよね? *コメディ寄りです。 不定期更新です!

処理中です...