覇王に執着される傾国の男装騎士〜忘却の接吻を、愛しき宿敵へ〜

甘塩ます☆

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「……おい、貴様。俺にこんな真似をして、ただで済むと思っているのか」

 放たれた傲慢な声には、隠しきれない屈辱の色が混じっていた。
 訓練場の熱気は一瞬で凍りつく。
 声の主は、隣国から交換留学という名目でやって来た第一王子、カイル・ヴァン・ディードリヒ。彫刻のように整った美貌を歪める彼の足元には木剣が転がり、その喉元には別の木剣の切っ先が突きつけられていた。
 彼の周囲では、その身分と美貌に心酔する令嬢たちが、悲鳴に近い声を上げながら群がっている。

「酷いですわ、アーサー様! カイル様は慣れないこちらの剣術に戸惑っておいででしたのに」
「王子殿下を相手に、これほど無作法な真似を……!」

 非難の矛先を向けられたのは、男装の騎士——アーサーだ。
 他の門下生たちは王子に手心を加え、わざと花を持たせていた。だが、アーサーはそんな忖度など一切せず、王子を無様に転がし、冷徹に見下ろしていた。
 短く切り揃えられた髪を汗で濡らし、アーサーは一切の動揺を見せずに木剣を引く。

「無作法、か。訓練場で剣を交える者に、王族も平民もない。……そう教わらなかったのか、殿下」

「貴様……ッ!」

 カイルが激昂し、詰め寄る。その瞳には、今まで誰も自分に逆らわなかったことへの困惑と、目の前の「細身の騎士」に対する強烈な苛立ちが渦巻いていた。

「たかが騎士の分際で、この俺に説教するつもりか! 跪け。俺の許しがあるまで、その頭を上げるな」

 その言葉に、アーサーはふっと冷ややかな、けれど憐れむような笑みを浮かべた。一歩も引かず、王子の鋭い視線を正面から受け止める。

「跪くのは、あなたが私より強いと証明した時だ。……今のあんたを見ていると、本当に気の毒になる」

「何だと?」

「すごいのはあんたじゃない。あんたの親だろう。優れた血筋、贅沢な教育、用意された地位。それを自分の実力だと勘違いして、女子(おなご)の袖に隠れて威張っている。……情けないとは思わないのか」

「——!」

 カイルの顔から血の気が引いた。あまりの言い草に、周囲の令嬢たちも息を呑む。
 カイルは震える拳を握りしめ、獲物を食い殺さんばかりの眼光でアーサーを射抜いた。

「……いいだろう。そこまで言うなら、お前に約束してやる」

 カイルはアーサーの胸ぐらを掴み、その耳元で獣のような低い声で吐き捨てた。

「俺がこの手で、誰よりも『凄く』なったら……その時は、お前を俺の奴隷にしてやる。二度とその生意気な口が利けないよう、俺の手元で一生飼い殺してやるからな!」

 呪いのような啖呵。だが、アーサーは面白そうに口角を上げた。

「面白い、やってみろ。……もしあんたが、本当に自分の力だけで私を屈服させられる王になったなら。その時は甘んじて、奴隷にでも何にでもなってやるよ」

 この軽口が、まさか自分の人生を根底から揺るがすものになるとは、その時のアーサーは知る由もなかった。





「迎えに来たぞ、アーサー」

 数年後。

 二度目に彼と対面したのは、自国の謁見の間であった。
 あの日よりも遥かに巨大な体躯となり、暴力的なまでの覇気を纏ったカイルがそこにいた。彼が突きつけた真剣の先は、アーサーが守るべき主——わが国の国王の首筋を冷たく撫でている。

「この王が、お前を譲らんなどと抜かすのでな。危うく首を刎ねてしまうところだった」

「カイル王……ッ! 乱心したのか! こんな暴挙、国際問題になるぞ!」

「俺は構わん。貴国のような小国、今の俺なら一捻りだ。……だが、お前があの日の約束を守り、俺の奴隷になると言うなら、この無能の命だけは助けてやろう。さあ、早くこちらへ来い」

 カイルの冷酷な通告に、国王は恐怖で顔を歪ませ、縋るような目でアーサーを見つめた。

「すまない、アーサー……。私の命が惜しいのだ。……行ってくれ、彼の元へ」

 忠誠を捧げた主の、敗北に満ちた瞳。アーサーは絶望と共に悟った。
 かつての我儘な子供は、本当に自分の力だけで——他国の主を震え上がらせるほどの、圧倒的な怪物になって戻ってきたのだと。
 アーサーは震える足で、勝利を確信して狂おしく微笑むカイルの前へと歩み進めるしかなかった。
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