7 / 23
7
しおりを挟む
「よし、天気も良いし気晴らしに散策にでも出るか。市場にでも行こう。お前が欲しがる物は何でも買ってやる」
仕事をある程度片付けたカイルは、ようやくアーサーを膝から下ろした。
足が痺れてはいないかと少し案じたが、当の本人は元気に立ち上がったので問題なさそうだ。
「お前の服も新調せねばな。どうする? メイド服のまま着いて来るか?」
「……出来れば、いつもの格好をさせて欲しい」
やはりメイド服には慣れない。カイルの前で晒すのは仕方ないとしても、傍目には男性にしか見えない自分が、フリルを揺らして歩くのは滑稽以外の何物でもないだろう。
「分かった。お前の好きにしろ。部屋に戻って着替えて来い」
「……ありがとう」
昨日とは打って変わった様子で接してくるカイルに、アーサーは怯えた猫のように警戒を解かぬまま、一度自室へと戻った。
私室に戻ったアーサーは、脱ぎ捨てたメイド服を隅へ追いやり、慣れ親しんだ騎士服へと袖を通した。
胸をきつく晒しで巻き上げ、革のベルトを締め直す。鏡に映るのは、いつもの「騎士アーサー」だ。
しかし、唇に残るカイルの熱と、首筋に刻まれた微かな紅い痕が、今朝起きたことは夢ではないと残酷に告げていた。
(……何でも買ってやる、か。まるで愛人扱いだな)
自嘲気味に呟き、アーサーは部屋を出た。
城の裏門で待っていたカイルは、騎士服に着替えたアーサーを見るなり、不満げに眉を寄せた。
「……やはり、お前はその格好の方が男らしくて『様』になるな。面白くない」
「面白くなくて結構だ。……行くのではないのか?」
「ああ。来い。……はぐれるなよ」
そう言ってカイルが差し出してきたのは、手だった。
「……何を」
「繋ぐに決まっているだろう。お前は俺の奴隷だ。勝手にどこかへ行かぬよう、繋ぎ止めておく必要がある」
子供のような理屈だが、その瞳は真剣そのものだ。アーサーは周囲に人がいないかを確認し、耳まで赤くしながらも、その大きな掌に指を重ねた。カイルは満足げにその手を強く握りしめ、城下町へと歩き出す。
賑わう市場は、活気に満ちていた。自国では見かけない珍しい魔法具が並び、アーサーの目を引く。
カイルは変装のためにマントのフードを深く被っていたが、それでも溢れ出る気品と体躯の良さは隠しきれない。彼は約束通り、アーサーが足を止めるたびに「それが欲しいのか?」「全部包ませろ」と、贅の限りを尽くそうとした。
魔法具を見つけるたびに、カイルは「これは便利だ」「これはお前に似合う」と、ポイポイと買い込んでいく。
「いらないと言っているだろう! こんな宝石の付いた短剣、重くて実用的じゃない!」
「黙れ。これは鑑賞用だ。お前の部屋に飾っておけ」
「カイル様、あなたは金銭感覚が狂っている……」
呆れ果てるアーサーだったが、ふと立ち寄った路地裏の露店で、一本の古びた磨き布を見つけた。剣の手入れに適した、丈夫な鹿革だ。
「……これがいい。これだけで十分だ」
アーサーがそれを指差すと、カイルは虚を突かれたような顔をした。
「……そんな端切れが欲しいのか? お前は本当に……物欲のない男だな」
カイルは呆れたように笑うと、店主に金を払い、その鹿革をアーサーに手渡した。その時、カイルの指先がアーサーの指に触れ、そのまま絡め取られる。
「アーサー。お前が望むなら、剣も、名誉も、この国の半分だって与えてやる。……だから、そんな風に小さな幸せだけで満足そうな顔をするな。もっと俺を困らせてみろ」
向けられたのは、あまりに重すぎる献身だった。
市場の喧騒の中で、二人だけの濃密な空間が生まれる。アーサーは、自分を見つめるカイルの瞳があまりに熱く、真っ直ぐであることに胸を締め付けられた。
「……あなたは、馬鹿だ。本当に」
アーサーが俯いて呟いた、その時だった。
「あら、カイル様ではありませんか! こんなところで何を……」
背後から華やかな声が響いた。
振り返ると、そこには豪華なドレスを纏った美しい令嬢が、驚愕の表情で立っていた。カイルの婚約者候補の一人、エレーヌ公爵令嬢だ。
彼女の視線が、カイルとアーサーが固く繋いでいる「手」に釘付けになる。
「……その方は、どなたですの? まさか、その男装の……」
令嬢の目が、疑惑と嫉妬に細められた。
アーサーは反射的に手を引き抜こうとしたが、カイルは逆に力を込め、逃がさぬように彼を自分の方へ引き寄せた。
「俺の賓客だ。……邪魔をするな、エレーヌ」
カイルの冷徹な一言に、周囲の空気が一瞬で凍りついた。
仕事をある程度片付けたカイルは、ようやくアーサーを膝から下ろした。
足が痺れてはいないかと少し案じたが、当の本人は元気に立ち上がったので問題なさそうだ。
「お前の服も新調せねばな。どうする? メイド服のまま着いて来るか?」
「……出来れば、いつもの格好をさせて欲しい」
やはりメイド服には慣れない。カイルの前で晒すのは仕方ないとしても、傍目には男性にしか見えない自分が、フリルを揺らして歩くのは滑稽以外の何物でもないだろう。
「分かった。お前の好きにしろ。部屋に戻って着替えて来い」
「……ありがとう」
昨日とは打って変わった様子で接してくるカイルに、アーサーは怯えた猫のように警戒を解かぬまま、一度自室へと戻った。
私室に戻ったアーサーは、脱ぎ捨てたメイド服を隅へ追いやり、慣れ親しんだ騎士服へと袖を通した。
胸をきつく晒しで巻き上げ、革のベルトを締め直す。鏡に映るのは、いつもの「騎士アーサー」だ。
しかし、唇に残るカイルの熱と、首筋に刻まれた微かな紅い痕が、今朝起きたことは夢ではないと残酷に告げていた。
(……何でも買ってやる、か。まるで愛人扱いだな)
自嘲気味に呟き、アーサーは部屋を出た。
城の裏門で待っていたカイルは、騎士服に着替えたアーサーを見るなり、不満げに眉を寄せた。
「……やはり、お前はその格好の方が男らしくて『様』になるな。面白くない」
「面白くなくて結構だ。……行くのではないのか?」
「ああ。来い。……はぐれるなよ」
そう言ってカイルが差し出してきたのは、手だった。
「……何を」
「繋ぐに決まっているだろう。お前は俺の奴隷だ。勝手にどこかへ行かぬよう、繋ぎ止めておく必要がある」
子供のような理屈だが、その瞳は真剣そのものだ。アーサーは周囲に人がいないかを確認し、耳まで赤くしながらも、その大きな掌に指を重ねた。カイルは満足げにその手を強く握りしめ、城下町へと歩き出す。
賑わう市場は、活気に満ちていた。自国では見かけない珍しい魔法具が並び、アーサーの目を引く。
カイルは変装のためにマントのフードを深く被っていたが、それでも溢れ出る気品と体躯の良さは隠しきれない。彼は約束通り、アーサーが足を止めるたびに「それが欲しいのか?」「全部包ませろ」と、贅の限りを尽くそうとした。
魔法具を見つけるたびに、カイルは「これは便利だ」「これはお前に似合う」と、ポイポイと買い込んでいく。
「いらないと言っているだろう! こんな宝石の付いた短剣、重くて実用的じゃない!」
「黙れ。これは鑑賞用だ。お前の部屋に飾っておけ」
「カイル様、あなたは金銭感覚が狂っている……」
呆れ果てるアーサーだったが、ふと立ち寄った路地裏の露店で、一本の古びた磨き布を見つけた。剣の手入れに適した、丈夫な鹿革だ。
「……これがいい。これだけで十分だ」
アーサーがそれを指差すと、カイルは虚を突かれたような顔をした。
「……そんな端切れが欲しいのか? お前は本当に……物欲のない男だな」
カイルは呆れたように笑うと、店主に金を払い、その鹿革をアーサーに手渡した。その時、カイルの指先がアーサーの指に触れ、そのまま絡め取られる。
「アーサー。お前が望むなら、剣も、名誉も、この国の半分だって与えてやる。……だから、そんな風に小さな幸せだけで満足そうな顔をするな。もっと俺を困らせてみろ」
向けられたのは、あまりに重すぎる献身だった。
市場の喧騒の中で、二人だけの濃密な空間が生まれる。アーサーは、自分を見つめるカイルの瞳があまりに熱く、真っ直ぐであることに胸を締め付けられた。
「……あなたは、馬鹿だ。本当に」
アーサーが俯いて呟いた、その時だった。
「あら、カイル様ではありませんか! こんなところで何を……」
背後から華やかな声が響いた。
振り返ると、そこには豪華なドレスを纏った美しい令嬢が、驚愕の表情で立っていた。カイルの婚約者候補の一人、エレーヌ公爵令嬢だ。
彼女の視線が、カイルとアーサーが固く繋いでいる「手」に釘付けになる。
「……その方は、どなたですの? まさか、その男装の……」
令嬢の目が、疑惑と嫉妬に細められた。
アーサーは反射的に手を引き抜こうとしたが、カイルは逆に力を込め、逃がさぬように彼を自分の方へ引き寄せた。
「俺の賓客だ。……邪魔をするな、エレーヌ」
カイルの冷徹な一言に、周囲の空気が一瞬で凍りついた。
13
あなたにおすすめの小説
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
【完結】男装令嬢、深い事情により夜だけ王弟殿下の恋人を演じさせられる
千堂みくま
恋愛
ある事情のため男として生きる伯爵令嬢ルルシェ。彼女の望みはただ一つ、父親の跡を継いで領主となること――だが何故か王弟であるイグニス王子に気に入られ、彼の側近として長いあいだ仕えてきた。
女嫌いの王子はなかなか結婚してくれず、彼の結婚を機に領地へ帰りたいルルシェはやきもきしている。しかし、ある日とうとう些細なことが切っ掛けとなり、イグニスに女だとバレてしまった。
王子は性別の秘密を守る代わりに「俺の女嫌いが治るように協力しろ」と持ちかけてきて、夜だけ彼の恋人を演じる事になったのだが……。
○ニブい男装令嬢と不器用な王子が恋をする物語。○Rシーンには※印あり。
[男装令嬢は伯爵家を継ぎたい!]の改稿版です。
ムーンライトでも公開中。
義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話
よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。
「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。
兄みたいな騎士団長の愛が実は重すぎでした
鳥花風星
恋愛
代々騎士団寮の寮母を務める家に生まれたレティシアは、若くして騎士団の一つである「群青の騎士団」の寮母になり、
幼少の頃から仲の良い騎士団長のアスールは、そんなレティシアを陰からずっと見守っていた。レティシアにとってアスールは兄のような存在だが、次第に兄としてだけではない思いを持ちはじめてしまう。
アスールにとってもレティシアは妹のような存在というだけではないようで……。兄としてしか思われていないと思っているアスールはレティシアへの思いを拗らせながらどんどん膨らませていく。
すれ違う恋心、アスールとライバルの心理戦。拗らせ溺愛が激しい、じれじれだけどハッピーエンドです。
☆他投稿サイトにも掲載しています。
☆番外編はアスールの同僚ノアールがメインの話になっています。
男として王宮に仕えていた私、正体がバレた瞬間、冷酷宰相が豹変して溺愛してきました
春夜夢
恋愛
貧乏伯爵家の令嬢である私は、家を救うために男装して王宮に潜り込んだ。
名を「レオン」と偽り、文官見習いとして働く毎日。
誰よりも厳しく私を鍛えたのは、氷の宰相と呼ばれる男――ジークフリード。
ある日、ひょんなことから女であることがバレてしまった瞬間、
あの冷酷な宰相が……私を押し倒して言った。
「ずっと我慢していた。君が女じゃないと、自分に言い聞かせてきた」
「……もう限界だ」
私は知らなかった。
宰相は、私の正体を“最初から”見抜いていて――
ずっと、ずっと、私を手に入れる機会を待っていたことを。
ヤンデレ旦那さまに溺愛されてるけど思い出せない
斧名田マニマニ
恋愛
待って待って、どういうこと。
襲い掛かってきた超絶美形が、これから僕たち新婚初夜だよとかいうけれど、全く覚えてない……!
この人本当に旦那さま?
って疑ってたら、なんか病みはじめちゃった……!
巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた
狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている
いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった
そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた
しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた
当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった
この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる