覇王に執着される傾国の男装騎士〜忘却の接吻を、愛しき宿敵へ〜

甘塩ます☆

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「よし、天気も良いし気晴らしに散策にでも出るか。市場にでも行こう。お前が欲しがる物は何でも買ってやる」

 仕事をある程度片付けたカイルは、ようやくアーサーを膝から下ろした。
 足が痺れてはいないかと少し案じたが、当の本人は元気に立ち上がったので問題なさそうだ。

「お前の服も新調せねばな。どうする? メイド服のまま着いて来るか?」

「……出来れば、いつもの格好をさせて欲しい」

 やはりメイド服には慣れない。カイルの前で晒すのは仕方ないとしても、傍目には男性にしか見えない自分が、フリルを揺らして歩くのは滑稽以外の何物でもないだろう。 

「分かった。お前の好きにしろ。部屋に戻って着替えて来い」

「……ありがとう」

 昨日とは打って変わった様子で接してくるカイルに、アーサーは怯えた猫のように警戒を解かぬまま、一度自室へと戻った。
 私室に戻ったアーサーは、脱ぎ捨てたメイド服を隅へ追いやり、慣れ親しんだ騎士服へと袖を通した。
 胸をきつく晒しで巻き上げ、革のベルトを締め直す。鏡に映るのは、いつもの「騎士アーサー」だ。
 しかし、唇に残るカイルの熱と、首筋に刻まれた微かな紅い痕が、今朝起きたことは夢ではないと残酷に告げていた。

(……何でも買ってやる、か。まるで愛人扱いだな)

 自嘲気味に呟き、アーサーは部屋を出た。
  


 城の裏門で待っていたカイルは、騎士服に着替えたアーサーを見るなり、不満げに眉を寄せた。

「……やはり、お前はその格好の方が男らしくて『様』になるな。面白くない」

「面白くなくて結構だ。……行くのではないのか?」

「ああ。来い。……はぐれるなよ」

 そう言ってカイルが差し出してきたのは、手だった。

「……何を」

「繋ぐに決まっているだろう。お前は俺の奴隷だ。勝手にどこかへ行かぬよう、繋ぎ止めておく必要がある」

 子供のような理屈だが、その瞳は真剣そのものだ。アーサーは周囲に人がいないかを確認し、耳まで赤くしながらも、その大きな掌に指を重ねた。カイルは満足げにその手を強く握りしめ、城下町へと歩き出す。
 賑わう市場は、活気に満ちていた。自国では見かけない珍しい魔法具が並び、アーサーの目を引く。
 カイルは変装のためにマントのフードを深く被っていたが、それでも溢れ出る気品と体躯の良さは隠しきれない。彼は約束通り、アーサーが足を止めるたびに「それが欲しいのか?」「全部包ませろ」と、贅の限りを尽くそうとした。
 魔法具を見つけるたびに、カイルは「これは便利だ」「これはお前に似合う」と、ポイポイと買い込んでいく。

「いらないと言っているだろう! こんな宝石の付いた短剣、重くて実用的じゃない!」

「黙れ。これは鑑賞用だ。お前の部屋に飾っておけ」

「カイル様、あなたは金銭感覚が狂っている……」

 呆れ果てるアーサーだったが、ふと立ち寄った路地裏の露店で、一本の古びた磨き布を見つけた。剣の手入れに適した、丈夫な鹿革だ。

「……これがいい。これだけで十分だ」

 アーサーがそれを指差すと、カイルは虚を突かれたような顔をした。 

「……そんな端切れが欲しいのか? お前は本当に……物欲のない男だな」

 カイルは呆れたように笑うと、店主に金を払い、その鹿革をアーサーに手渡した。その時、カイルの指先がアーサーの指に触れ、そのまま絡め取られる。

「アーサー。お前が望むなら、剣も、名誉も、この国の半分だって与えてやる。……だから、そんな風に小さな幸せだけで満足そうな顔をするな。もっと俺を困らせてみろ」

 向けられたのは、あまりに重すぎる献身だった。
 市場の喧騒の中で、二人だけの濃密な空間が生まれる。アーサーは、自分を見つめるカイルの瞳があまりに熱く、真っ直ぐであることに胸を締め付けられた。

「……あなたは、馬鹿だ。本当に」

 アーサーが俯いて呟いた、その時だった。

「あら、カイル様ではありませんか! こんなところで何を……」

 背後から華やかな声が響いた。
 振り返ると、そこには豪華なドレスを纏った美しい令嬢が、驚愕の表情で立っていた。カイルの婚約者候補の一人、エレーヌ公爵令嬢だ。
 彼女の視線が、カイルとアーサーが固く繋いでいる「手」に釘付けになる。

「……その方は、どなたですの? まさか、その男装の……」

 令嬢の目が、疑惑と嫉妬に細められた。
 アーサーは反射的に手を引き抜こうとしたが、カイルは逆に力を込め、逃がさぬように彼を自分の方へ引き寄せた。

「俺の賓客だ。……邪魔をするな、エレーヌ」

 カイルの冷徹な一言に、周囲の空気が一瞬で凍りついた。
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