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「……ご挨拶ですわね、カイル様。婚約者である私を差し置いて、そのような野蛮な騎士の手を握りしめて歩くなんて」
エレーヌの鋭い声が市場に響き渡り、客たちが遠巻きに注目し始める。
アーサーの背中に冷や汗が流れた。一刻も早くこの場を離れるべきだ。そう判断して手を振り解こうとしたが、カイルの指は万力のように食い込み、決して離してはくれない。
「婚約者だと? そんな話はまだ正式に決まってはいないはずだ。勝手な思い込みで、俺の客を侮辱するな」
「侮辱!? 辱められているのは私の方ですわ! ……だいたい、男同士で手を繋ぐなんて正気ではありませんわ。そこの貴方、カイル様を誑かして何が目的ですの!」
エレーヌの扇がアーサーの鼻先を指す。アーサーが口を開こうとした瞬間、カイルはその扇を乱暴に払いのけた。
「口を慎めと言ったんだ。……行こう、アーサー」
カイルはエレーヌを塵でも見るかのような一瞥で切り捨てると、呆然とする彼女を置き去りにして、アーサーの手を引いて歩き出した。背後でエレーヌの怒鳴り声と、泣き叫ぶような悲鳴が遠ざかっていく。
「……良いのか、あんな真似をして。公爵家は、この国でも有力な後ろ盾なのだろう?」
「知ったことか。俺を理解しようともせず、お前を傷つけるような女を妃にするつもりはない」
城に戻る道中、カイルは一度もその手を離さなかった。それどころか、あえて人目の多い大通りを選んで歩き、すれ違う衛兵や召使いたちに、繋いだ手を誇示するように堂々と振る舞った。
(……この男、私に本気なのか? 男であるこの私に?)
アーサーは眩暈を覚えた。昨夜まで自分を奴隷にして嘲笑っていた男が、今は自分のために王座を危うくしかねない暴走をしている。
城に戻った数時間後。予感は最悪の形で的中した。執務室の重厚な扉が、蹴り破らんばかりの勢いで開かれる。
「カイル陛下! 説明していただこうか!!」
現れたのは、憤怒で顔を真っ赤に染めたヴィクトール公爵だった。その後ろには、顔を覆って泣き真似をするエレーヌも控えている。
「娘が市場で陛下に恥をかかされたと、泣きながら戻って参りました! よりによって、どこの馬の骨とも知れぬ男の騎士にうつつを抜かし、娘を公衆の面前で罵倒されたとか!」
カイルは椅子に踏ん反り返ったまま、退屈そうに鼻で笑った。
「罵倒? 事実を言ったまでだ。俺の客を『野蛮』と呼び、扇で指した非礼はどちらにある。それに、俺が誰を愛し、誰と手を繋ごうが、公爵、貴様に口を出される筋合いはない」
「陛下……ッ! まさか、貴方は男を——その騎士を、寵愛しているというのか!」
公爵の叫びに、執務室の空気が張り詰める。
壁際に控えていたアーサーは、あまりの剣幕に喉が乾いた。ここで否定しなければ、カイルは「男色の王」として歴史に名を残し、その地位を追われることになりかねない。
(……私が、何とかしなくては)
アーサーが一歩前に出ようとした、その時だった。
「ああ、そうだ。公爵。俺はこいつを愛している」
カイルは平然と言い放った。アーサーも、公爵も、そしてエレーヌさえもが石のように固まった。
「愛している。……文句があるなら、今すぐ兵を引き連れて俺を廃位しに来るがいい。だが、こいつだけは絶対に渡さん。たとえこの国が滅びようとな」
それは究極の愛の告白であり、同時に狂気に満ちた宣戦布告だった。
「話は終わりだ。さっさと俺の前から消えろ。……アーサー、行くぞ」
再び手を取ろうとするカイルを、アーサーは烈火の如き勢いで拒絶した。
「いい加減にしろ!!」
室内を震わせるほどの怒声に、今度はカイルが固まった。
「どこが『凄い』王なのだ! お前は昔から何も変わっていない! 恋にうつつを抜かし、国を秤にかける王など、浅はかにも程がある! 子供の我儘と同じだ!」
「なっ……」
真っ向から叩きつけられた叱責に、カイルは言葉を失う。アーサーはそのまま、驚愕に目を見開く公爵たちの前へ歩み出た。
「ヴィクトール公爵、ならびにエレーヌ嬢。カイル陛下の数々の非礼、私から深くお詫び申し上げます。……私を恨んでいる陛下は、私を辱めるためにあえて奇怪な振る舞いをしているだけで、今、周りが見えていない状態なのです。先程の言葉も決して本心ではありません。どうか、聞き流していただきたい」
アーサーは深々と頭を下げた。だが、カイルが食い下がる。
「俺は本心から言っているんだ! アーサー、お前を愛して——」
「黙れ、いい加減にしろ! それが本心だとして、私は貴様など願い下げだ!!」
「アーサー……!?」
縋るように差し出されたカイルの手を、アーサーは容赦なく振り払った。
「帰る!」
アーサーは怒髪天を突く勢いで部屋を飛び出していく。
「待て、アーサー! アーサー!!」
国王としての威厳をかなぐり捨て、情けない声を上げながら後を追いかけるカイル。
後に残されたのは、怒りも忘れて呆気に取られる公爵父娘と、あまりに滑稽な「痴話喧嘩」を見せられた側近たちの、何とも言えない沈黙だけであった。
エレーヌの鋭い声が市場に響き渡り、客たちが遠巻きに注目し始める。
アーサーの背中に冷や汗が流れた。一刻も早くこの場を離れるべきだ。そう判断して手を振り解こうとしたが、カイルの指は万力のように食い込み、決して離してはくれない。
「婚約者だと? そんな話はまだ正式に決まってはいないはずだ。勝手な思い込みで、俺の客を侮辱するな」
「侮辱!? 辱められているのは私の方ですわ! ……だいたい、男同士で手を繋ぐなんて正気ではありませんわ。そこの貴方、カイル様を誑かして何が目的ですの!」
エレーヌの扇がアーサーの鼻先を指す。アーサーが口を開こうとした瞬間、カイルはその扇を乱暴に払いのけた。
「口を慎めと言ったんだ。……行こう、アーサー」
カイルはエレーヌを塵でも見るかのような一瞥で切り捨てると、呆然とする彼女を置き去りにして、アーサーの手を引いて歩き出した。背後でエレーヌの怒鳴り声と、泣き叫ぶような悲鳴が遠ざかっていく。
「……良いのか、あんな真似をして。公爵家は、この国でも有力な後ろ盾なのだろう?」
「知ったことか。俺を理解しようともせず、お前を傷つけるような女を妃にするつもりはない」
城に戻る道中、カイルは一度もその手を離さなかった。それどころか、あえて人目の多い大通りを選んで歩き、すれ違う衛兵や召使いたちに、繋いだ手を誇示するように堂々と振る舞った。
(……この男、私に本気なのか? 男であるこの私に?)
アーサーは眩暈を覚えた。昨夜まで自分を奴隷にして嘲笑っていた男が、今は自分のために王座を危うくしかねない暴走をしている。
城に戻った数時間後。予感は最悪の形で的中した。執務室の重厚な扉が、蹴り破らんばかりの勢いで開かれる。
「カイル陛下! 説明していただこうか!!」
現れたのは、憤怒で顔を真っ赤に染めたヴィクトール公爵だった。その後ろには、顔を覆って泣き真似をするエレーヌも控えている。
「娘が市場で陛下に恥をかかされたと、泣きながら戻って参りました! よりによって、どこの馬の骨とも知れぬ男の騎士にうつつを抜かし、娘を公衆の面前で罵倒されたとか!」
カイルは椅子に踏ん反り返ったまま、退屈そうに鼻で笑った。
「罵倒? 事実を言ったまでだ。俺の客を『野蛮』と呼び、扇で指した非礼はどちらにある。それに、俺が誰を愛し、誰と手を繋ごうが、公爵、貴様に口を出される筋合いはない」
「陛下……ッ! まさか、貴方は男を——その騎士を、寵愛しているというのか!」
公爵の叫びに、執務室の空気が張り詰める。
壁際に控えていたアーサーは、あまりの剣幕に喉が乾いた。ここで否定しなければ、カイルは「男色の王」として歴史に名を残し、その地位を追われることになりかねない。
(……私が、何とかしなくては)
アーサーが一歩前に出ようとした、その時だった。
「ああ、そうだ。公爵。俺はこいつを愛している」
カイルは平然と言い放った。アーサーも、公爵も、そしてエレーヌさえもが石のように固まった。
「愛している。……文句があるなら、今すぐ兵を引き連れて俺を廃位しに来るがいい。だが、こいつだけは絶対に渡さん。たとえこの国が滅びようとな」
それは究極の愛の告白であり、同時に狂気に満ちた宣戦布告だった。
「話は終わりだ。さっさと俺の前から消えろ。……アーサー、行くぞ」
再び手を取ろうとするカイルを、アーサーは烈火の如き勢いで拒絶した。
「いい加減にしろ!!」
室内を震わせるほどの怒声に、今度はカイルが固まった。
「どこが『凄い』王なのだ! お前は昔から何も変わっていない! 恋にうつつを抜かし、国を秤にかける王など、浅はかにも程がある! 子供の我儘と同じだ!」
「なっ……」
真っ向から叩きつけられた叱責に、カイルは言葉を失う。アーサーはそのまま、驚愕に目を見開く公爵たちの前へ歩み出た。
「ヴィクトール公爵、ならびにエレーヌ嬢。カイル陛下の数々の非礼、私から深くお詫び申し上げます。……私を恨んでいる陛下は、私を辱めるためにあえて奇怪な振る舞いをしているだけで、今、周りが見えていない状態なのです。先程の言葉も決して本心ではありません。どうか、聞き流していただきたい」
アーサーは深々と頭を下げた。だが、カイルが食い下がる。
「俺は本心から言っているんだ! アーサー、お前を愛して——」
「黙れ、いい加減にしろ! それが本心だとして、私は貴様など願い下げだ!!」
「アーサー……!?」
縋るように差し出されたカイルの手を、アーサーは容赦なく振り払った。
「帰る!」
アーサーは怒髪天を突く勢いで部屋を飛び出していく。
「待て、アーサー! アーサー!!」
国王としての威厳をかなぐり捨て、情けない声を上げながら後を追いかけるカイル。
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