大金で買われた少女、狂愛の王子の檻で宝石になる ―無自覚な天才調合師は第二王子の婚約者(虫除け)を演じることになりました―

甘塩ます☆

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 その夜、ユナは「一人になりたい」とエルから逃げるように地下の調合室へ向かった。流石のエルも、屋敷の中ではユナをある程度自由にさせている。今日の罰は明日、温室でたっぷりと与えればいい。

「僕から隠れようなんて、ユナは可愛いな。僕は君がどこにいても、いつでも見ていられるというのにね」

 エルは優雅に紅茶をすすりながら、遠隔魔法の鏡越しにユナを眺めてフフッと笑った。
 調合室の棚には、エルが買い占めた最高級の乾燥薬草が並んでいる。ユナは迷わず、精神を沈静化させる『眠り羊の産毛草』と、幻覚を誘発する『月見の毒茨』を手に取った。

(ふふ、エル様はどんな悪夢を見るかしら)

 ユナの指先から、ほんのりと紫色の光が漏れる。悪夢の質を高めるのは、ほんの好奇心――いや、確かな仕返しの気持ちだった。

「ユナは何の薬を作っているんだろう? それにしても、いつ見ても神秘的で美しい。まるで女神のようだ……」

 まさかそれが自分に悪夢を見せるための「毒」だとは露ほども思わず、エルは恍惚とした表情で盗み見を続けていた。



「ユナ、調合室で何の薬を作ったんだい?」 

 夕食時、エルが何気ない様子で尋ねたが、ユナはニヤリと笑って「秘密です」と突き放した。エルは「まあ、可愛いからいいか」とあっさり引き下がったが、その夜、彼が寝静まるのを待って、リサがその「秘密」をベッドの下に仕込んだ。





 翌朝、食堂に現れたエルは、一目でわかるほど憔悴していた。目の下に濃い隈を浮かべ、グラスを持つ手さえ微かに震えている。

「……おはよう、ユナ。昨夜は、ひどい夢を見た。君が僕に毒を飲ませて、笑いながら消えてしまう夢だ。追いかけても背中が遠くなって……目覚めた時、君がこの屋敷にいるか不安で、部屋に押し入りそうになったよ」

 あまりの憔悴ぶりに、ユナは罪悪感を覚えずにはいられなかった。それに彼の執着には辟易していたのに、逆に「逃げられる恐怖」を植え付けてしまったようだ。

「……ユナ。今日の部活動、温室を封鎖するのはやめだ。君が僕の目の届かない場所にいるのは耐えられない。僕の訓練場へ来なさい」

「ええっ、そんなの嫌です! あの温室の薬草たちを、まだ観察し足りないのに」

 即座の拒絶に、エルは傷ついた獣のような瞳を向けた。

「……リサ。ユナを温室へ連れて行け。ただし、入り口には僕の直属の部下を配置する。蟻の一匹も通すな」  

「私はユナ様の専属メイド。貴方の言うことは王子といえど聞けませんね。私はユナ様が望んだことをします」

「分かった。なら、俺の私兵に囲ませる」 

 エルはチッと舌打ちし、凶悪な表情を浮かべた。
 結局、ユナの「悪夢」は、より強固な警備という形で自分に跳ね返ってきてしまった。






 放課後。

 逃げることも隠れることもできないまま、ユナは物々しい騎士たちに囲まれていた。周囲の好奇の目に晒され、いたたまれない気持ちで温室に押し込められる。入り口に立つ強面の騎士たちが、平和なはずの温室を異様な雰囲気に変えていた。

「まあ、外にいるんだし気にならないか」

 ユナは切り替えて薬草の世話を始めた。水を吸った『星降る百合』は、真昼だというのに銀色の粒子を撒き散らし、温室を幻想的な光で満たしていく。


「ふむ……。これは素晴らしい」

 不意に背後から響いたのんびりとした声。驚いて振り返ると、薬学教授が這いつくばって土を観察していた。

「教授!? どうしてここに?」

「私は管理責任者だからね。隠し通路くらい持っているよ」

 教授は立ち上がり、『星降る百合』に顔を寄せた。

「驚いたね。これは聖女が祈った地にしか咲かない花だ。それを数時間で満開にさせるとは。君は『学のない没落貴族』などではないね?」

 眼鏡の奥の瞳が鋭く光る。

「隠し事は無用だよ。エルフレードくんが君を『無能』として囲い込もうとしているのは分かっている。だが、この才能を腐らせるのは世界の損失だと思わないかね?」 

 その時、温室の扉が激しく蹴破られた。

「僕のユナから離れろ、老いぼれ!!」

 剣を抜いたエルが、狂気的な速度で割り込んだ。背後には天井から飛び降りたリサが得物を構えて現れる。

「教授。今すぐ記憶を消して消えるか、ここで僕に斬られるか。好きな方を選べ」

 満開の花の香りに、生々しい鉄の匂いと殺気が混じり始めた。
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