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1 四年目の片想い
第一話
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修豊真船学園は中高一貫の全寮制男子校である。偏差値の高さと国内外の難関大学への進学率の高さから、全国から学生が集まる名門校だ。
神奈川県の山際に広い敷地を有し、外界から隔絶された学園は、ひとつの社会だった。
楠見野聖利はこの春、高等部に進級する。中等部の卒業式では答辞を読んだ優等生は、皆と同じく三月末に中等部寮から高等部寮に引越すこととなっていた。
高等部は校舎も違い、教師陣も違う。外部受験者を受け付けていないので同級生の顔ぶれこそ同じだが、四人部屋の中等部寮と違い、高等部寮はふたり部屋だ。
今日、聖利は他の同級生たちと荷物を抱えて高等部寮にやってきた。
「ようこそ、高等部寮へ」
寮のエントランスでは、高等部寮長の高坂と二名の副寮長が待っていた。
「部屋割は事前に聞いているな? 夕方まで部屋の整理をしてくれ。夜はオリエンテーリングと歓迎会だ。夕食も兼ねているから、必ず出席だぞ」
はい、と口々に返事をする新一年生たち。
聖利は晴れ晴れしさと複雑な心地をないまぜに、ただ背筋を伸ばしその群れの中にいた。黒い髪に同じ色の大きな瞳、陶器のように白い肌。175センチの身長と青年の骨格を持ってしても、中性的な麗しさをそなえている。
聖利の腕を横からつつく者がある。見れば、友人の原沢知樹だ。
「聖利、おまえ誰と同室だっけ」
「……海瀬來」
ぼそっと答えると、知樹が大仰にのけぞった。
「マジか。学年首席と学年二位が同じ部屋? ライバル意識煽って成績あげさせようってヤツ?」
「知らないよ。ともかく最悪だね」
聖利はため息交じりに答えた。一年生たちが順に寮の階段を上っていき、ふたりも後を追う。
学年首席。聖利が中等部一年からたゆまぬ努力で手にしてきた地位である。同室予定の海瀬來は、聖利に次いで常に二位を取り続けている。過去三年間、勝率は八割で聖利が上だ。
「そもそも海瀬の姿、見てないけど。ちゃんと引越ししてんのか?」
「さあ、また学校を脱出しているかもしれないな。ルームメイトとして、あいつの素行の連帯責任を取らされなければいいと思ってるよ」
海瀬來は問題児だ。学校を抜け出す常習犯で、気に食わなければ教師や先輩の叱責など聞きもしない。そもそも、授業や試験とて本気を出していない気がする。
そんな男がどうしてこの名門にいられるかといえば、彼の父親がこの学校の有力な支援者だからだ。來は海瀬グループと呼ばれる大企業の御曹司でもある。
「連帯責任にはならないだろ。問題だらけで、気は散るかもしれないけど。まあ、聖利の成績が少しくらい下がってくれないと、誰も太刀打ちできないから、ちょうどいいんじゃないか?」
「ひどい理由だな。ともかく、僕の平穏な日々を邪魔するなら、さすがに黙っていないつもりだ」
五階に到着したところで知樹と別れ、自室である最奥の部屋を目指した。ドアを開けると、そこにはすでにルームメイトの姿があった。聖利はひそかに息を呑む。
「よぉ、聖利。同室だって? 俺たち」
けだるげな声で言うのは海瀬來だ。身長はざっと百八十五センチ。高校一年生の割には、筋肉質で男らしい体つきをしている。切れ長の瞳と高い鼻梁、薄い唇の端正な容貌。誰が見ても美しく凛々しい男だ。
「來、どこに行ったかと思えば、ちゃんと新しい寮に来ていたのか」
聖利は動揺を押し隠し、平静の口調で言った。
「さすがに部屋なくなっちゃうのは困るし?」
來はふたつあるデスクの片方をすでに占領している。ベッドも日の当たらない奥まった方を選択し、荷物を広げていた。相変わらずマイペースで勝手だ。
聖利は預かっていた鍵をひとつ、來に渡した。
「これから二年の終わりまでよろしく」
「あー、よろしく。でも、おまえは来年には副寮長とか生徒会役員とかで個室が与えられそうだよな」
「……僕も早く個室を与えてもらうため頑張るつもりだ。おまえと同じ部屋は気詰まりだからね」
ふたりの間に数言分の沈黙が挟まる。ふっと來が口の端をあげて笑った。
「言うね。まあ、違いない」
そう言うと來は制服のブレザーを脱ぎ、財布とスマホを手にした。あきらかに出かける様子である。
「來、この後、オリエンテーリングがあるんだぞ」
シャツの上にフード付きのトレーナーをばさりとかぶり、下はトラウザーズのまま、來はドアノブに手をかけた。
「悪いけど、聖利に任せる」
「任せるとかそういう問題じゃないだろ」
「じゃな」
來はさっさと出て行ってしまった。閉じたドア、遠くなる足音。聖利は嘆息した。
おそらく來は学園のある山を下り、タクシーなどで街場に出かけるのだろう。
まったくどうしてああなのだろう。真面目にやれば、誰より優秀な頭脳を持ち、身体能力も高いのに、いつだってやる気を出さない。あんな男をライバル視して、自分が馬鹿みたいだ。
そして……。
「あんなヤツを……、好きだなんて」
ぽつりとつぶやいた言葉は誰もいない部屋に響き、聖利を居心地悪くさせた。ああ、本当になんでだろう。なんで海瀬來なのだ。
聖利はもう丸三年、來に恋している。叶うあても、叶えるつもりもない恋を。
神奈川県の山際に広い敷地を有し、外界から隔絶された学園は、ひとつの社会だった。
楠見野聖利はこの春、高等部に進級する。中等部の卒業式では答辞を読んだ優等生は、皆と同じく三月末に中等部寮から高等部寮に引越すこととなっていた。
高等部は校舎も違い、教師陣も違う。外部受験者を受け付けていないので同級生の顔ぶれこそ同じだが、四人部屋の中等部寮と違い、高等部寮はふたり部屋だ。
今日、聖利は他の同級生たちと荷物を抱えて高等部寮にやってきた。
「ようこそ、高等部寮へ」
寮のエントランスでは、高等部寮長の高坂と二名の副寮長が待っていた。
「部屋割は事前に聞いているな? 夕方まで部屋の整理をしてくれ。夜はオリエンテーリングと歓迎会だ。夕食も兼ねているから、必ず出席だぞ」
はい、と口々に返事をする新一年生たち。
聖利は晴れ晴れしさと複雑な心地をないまぜに、ただ背筋を伸ばしその群れの中にいた。黒い髪に同じ色の大きな瞳、陶器のように白い肌。175センチの身長と青年の骨格を持ってしても、中性的な麗しさをそなえている。
聖利の腕を横からつつく者がある。見れば、友人の原沢知樹だ。
「聖利、おまえ誰と同室だっけ」
「……海瀬來」
ぼそっと答えると、知樹が大仰にのけぞった。
「マジか。学年首席と学年二位が同じ部屋? ライバル意識煽って成績あげさせようってヤツ?」
「知らないよ。ともかく最悪だね」
聖利はため息交じりに答えた。一年生たちが順に寮の階段を上っていき、ふたりも後を追う。
学年首席。聖利が中等部一年からたゆまぬ努力で手にしてきた地位である。同室予定の海瀬來は、聖利に次いで常に二位を取り続けている。過去三年間、勝率は八割で聖利が上だ。
「そもそも海瀬の姿、見てないけど。ちゃんと引越ししてんのか?」
「さあ、また学校を脱出しているかもしれないな。ルームメイトとして、あいつの素行の連帯責任を取らされなければいいと思ってるよ」
海瀬來は問題児だ。学校を抜け出す常習犯で、気に食わなければ教師や先輩の叱責など聞きもしない。そもそも、授業や試験とて本気を出していない気がする。
そんな男がどうしてこの名門にいられるかといえば、彼の父親がこの学校の有力な支援者だからだ。來は海瀬グループと呼ばれる大企業の御曹司でもある。
「連帯責任にはならないだろ。問題だらけで、気は散るかもしれないけど。まあ、聖利の成績が少しくらい下がってくれないと、誰も太刀打ちできないから、ちょうどいいんじゃないか?」
「ひどい理由だな。ともかく、僕の平穏な日々を邪魔するなら、さすがに黙っていないつもりだ」
五階に到着したところで知樹と別れ、自室である最奥の部屋を目指した。ドアを開けると、そこにはすでにルームメイトの姿があった。聖利はひそかに息を呑む。
「よぉ、聖利。同室だって? 俺たち」
けだるげな声で言うのは海瀬來だ。身長はざっと百八十五センチ。高校一年生の割には、筋肉質で男らしい体つきをしている。切れ長の瞳と高い鼻梁、薄い唇の端正な容貌。誰が見ても美しく凛々しい男だ。
「來、どこに行ったかと思えば、ちゃんと新しい寮に来ていたのか」
聖利は動揺を押し隠し、平静の口調で言った。
「さすがに部屋なくなっちゃうのは困るし?」
來はふたつあるデスクの片方をすでに占領している。ベッドも日の当たらない奥まった方を選択し、荷物を広げていた。相変わらずマイペースで勝手だ。
聖利は預かっていた鍵をひとつ、來に渡した。
「これから二年の終わりまでよろしく」
「あー、よろしく。でも、おまえは来年には副寮長とか生徒会役員とかで個室が与えられそうだよな」
「……僕も早く個室を与えてもらうため頑張るつもりだ。おまえと同じ部屋は気詰まりだからね」
ふたりの間に数言分の沈黙が挟まる。ふっと來が口の端をあげて笑った。
「言うね。まあ、違いない」
そう言うと來は制服のブレザーを脱ぎ、財布とスマホを手にした。あきらかに出かける様子である。
「來、この後、オリエンテーリングがあるんだぞ」
シャツの上にフード付きのトレーナーをばさりとかぶり、下はトラウザーズのまま、來はドアノブに手をかけた。
「悪いけど、聖利に任せる」
「任せるとかそういう問題じゃないだろ」
「じゃな」
來はさっさと出て行ってしまった。閉じたドア、遠くなる足音。聖利は嘆息した。
おそらく來は学園のある山を下り、タクシーなどで街場に出かけるのだろう。
まったくどうしてああなのだろう。真面目にやれば、誰より優秀な頭脳を持ち、身体能力も高いのに、いつだってやる気を出さない。あんな男をライバル視して、自分が馬鹿みたいだ。
そして……。
「あんなヤツを……、好きだなんて」
ぽつりとつぶやいた言葉は誰もいない部屋に響き、聖利を居心地悪くさせた。ああ、本当になんでだろう。なんで海瀬來なのだ。
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