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2 異変
第三話
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次に目覚めたとき、聖利の視界には見たことのない天井が映っていた。状況が整理できず、しばし天井を眺めてぼうっとする。
身動ぎすると、母親の声が聞こえた。
「お父さん、聖利が起きたわ」
「聖利、わかるか?」
覗き込んでくるのはイギリスに赴任中の両親だ。帰国は一週間先のはず。
「父さん、母さん……」
「よかった。二日ほど眠っていたのよ。まだ体調が苦しいでしょう。寝ていなさいね」
「先生を呼んでこよう」
父が室内を出て行く。聖利は目だけ動かし、状況を確認した。どうやらここは病院のようだ。
救急車で運ばれたことだけは覚えている。しかしそこからの記憶はまったくない。二日も眠っていたなんて、本当に自分の身体はどうしてしまったのだろう。両親はきっと、仕事を投げ出して駆けつけてくれたのだ。
「楠見野聖利くん、調子はどうですか」
父に伴われ、三十代半ばとおぼしき医師が入室してくる。白衣に梶とネームプレートがついている。この医師が見てくれたのだろうか。そもそも、ここは何科の病棟だろう。
「顔色良さそうですね。少しお話しましょう」
両親が横に控え、聖利はベッドに身体を起こした姿勢で、梶医師の話を聞くこととなった。
「……転化オメガ……ですか?」
聞き慣れない言葉に、聖利は首をかしげた。梶医師は頷いた。
「稀な症例です。私も実際見たのは聖利くんが初めてですが、ほぼ間違いないでしょう。今、アメリカの専門医に血液とデータを送って検証してもらっています」
この梶という男はバース性の専門医のようだ。まだよく理解できないでいる聖利に、梶はタブレットを手渡した。わけがわからないまま覗き込む。
「これは聖利くんの身体のMRI写真です。今映っている臓器がオメガの子宮です。直腸の奥に形成されています。まだ小さいですが」
聖利は息を呑んだ。
子宮? オメガの?
それが自分の身体の中にある?
途端に手が震えだした聖利に、梶は落ち着いた声音で告げた。
「聖利くんはアルファと診断されましたが、現時点ではオメガです。もともとオメガ因子を持ち、後天的にバース性が変化したと考えられます。転化オメガと呼ばれ、国内外で三十件ほど症例があります。周囲の状況に合わせてバース性を変えられるというのは、もっと人間が少なかった頃の名残と言われ、遺伝子的な先祖返りとも考えられています。まだ研究段階ですが」
「待ってください……。それは、僕はアルファではなく、これからオメガとして生活していかなければならない、ということですか?」
梶はわずかに沈黙してから、重く頷いた。それは聖利の狼狽を見てとり、事務的に伝えるだけでは不十分だと思った様子だった。
「転化オメガはアルファの特性をそのまま残す人がほとんどです。きみは勉強や運動の分野で、変わらない活動ができます。突然能力が落ちるようなことはないでしょう」
両親は先に医師から話を聞いていたのだろう。母が聖利の肩を抱いてくれる。
「それにね、お薬が効きやすい性質だそうなの」
「お母様のおっしゃる通り、転化オメガは非常に抑制剤が効きやすく、最低容量の服用でヒートを抑えられるという特徴があります。ヒート自体は起こりますが、ごくごく軽い。きみはすべてにおいて、今までと同等の生活が送れるでしょう」
「でも……!」
オメガなんですよね。その後の言葉は続かなかった。
さすがにショックが大きい。アルファを優等種と考える社会において、その地位をはく奪されたようなものだ。そこまで考えて、我ながらそれなりにアルファであることに優越感を覚えていたのだなと自嘲してしまった。
優秀なオメガは確かにいるが、社会で成功しているのはほんのひと握り。アルファの能力があっても、聖利はこれからすべてにおいてオメガとして扱われる。
大学に入り、両親と同じ省庁勤務の官僚を目指していた。果たせないことではないだろうが、今まで描いていた人生設計が音をたてて崩れるような心地だ。
「今回はファーストヒートということもあって、発情が弱かったと思われます。同室のアルファのお友達も、上手く対処してくれたようですね。今後は抑制剤を飲めば問題ないですが、もし不安ならベータのルームメイトに変更してもらうことも検討した方がいいかもしれません」
友達……そこでいっきにあの朝の光景が蘇った。
來。來はどうしているだろう。
キスをし、組み敷いてきた來。舌を這わせられ、それで……。
羞恥に耐えながら、冷静に思考を組み立てる。そうか、來はオメガのフェロモンにあてられてしまったのだ。自分を殴ってまで堪え、聖利を運んでくれた。
「念のため、ファーストヒートが完全に終わるまで今回は入院です。抑制剤を飲み続けることで、三ヶ月後のヒートはほぼ変調を覚えずに終われるはずです。その頃、また受診してください」
両親が頭を下げ、聖利もならって頭を下げた。まだ信じられなかった。
身動ぎすると、母親の声が聞こえた。
「お父さん、聖利が起きたわ」
「聖利、わかるか?」
覗き込んでくるのはイギリスに赴任中の両親だ。帰国は一週間先のはず。
「父さん、母さん……」
「よかった。二日ほど眠っていたのよ。まだ体調が苦しいでしょう。寝ていなさいね」
「先生を呼んでこよう」
父が室内を出て行く。聖利は目だけ動かし、状況を確認した。どうやらここは病院のようだ。
救急車で運ばれたことだけは覚えている。しかしそこからの記憶はまったくない。二日も眠っていたなんて、本当に自分の身体はどうしてしまったのだろう。両親はきっと、仕事を投げ出して駆けつけてくれたのだ。
「楠見野聖利くん、調子はどうですか」
父に伴われ、三十代半ばとおぼしき医師が入室してくる。白衣に梶とネームプレートがついている。この医師が見てくれたのだろうか。そもそも、ここは何科の病棟だろう。
「顔色良さそうですね。少しお話しましょう」
両親が横に控え、聖利はベッドに身体を起こした姿勢で、梶医師の話を聞くこととなった。
「……転化オメガ……ですか?」
聞き慣れない言葉に、聖利は首をかしげた。梶医師は頷いた。
「稀な症例です。私も実際見たのは聖利くんが初めてですが、ほぼ間違いないでしょう。今、アメリカの専門医に血液とデータを送って検証してもらっています」
この梶という男はバース性の専門医のようだ。まだよく理解できないでいる聖利に、梶はタブレットを手渡した。わけがわからないまま覗き込む。
「これは聖利くんの身体のMRI写真です。今映っている臓器がオメガの子宮です。直腸の奥に形成されています。まだ小さいですが」
聖利は息を呑んだ。
子宮? オメガの?
それが自分の身体の中にある?
途端に手が震えだした聖利に、梶は落ち着いた声音で告げた。
「聖利くんはアルファと診断されましたが、現時点ではオメガです。もともとオメガ因子を持ち、後天的にバース性が変化したと考えられます。転化オメガと呼ばれ、国内外で三十件ほど症例があります。周囲の状況に合わせてバース性を変えられるというのは、もっと人間が少なかった頃の名残と言われ、遺伝子的な先祖返りとも考えられています。まだ研究段階ですが」
「待ってください……。それは、僕はアルファではなく、これからオメガとして生活していかなければならない、ということですか?」
梶はわずかに沈黙してから、重く頷いた。それは聖利の狼狽を見てとり、事務的に伝えるだけでは不十分だと思った様子だった。
「転化オメガはアルファの特性をそのまま残す人がほとんどです。きみは勉強や運動の分野で、変わらない活動ができます。突然能力が落ちるようなことはないでしょう」
両親は先に医師から話を聞いていたのだろう。母が聖利の肩を抱いてくれる。
「それにね、お薬が効きやすい性質だそうなの」
「お母様のおっしゃる通り、転化オメガは非常に抑制剤が効きやすく、最低容量の服用でヒートを抑えられるという特徴があります。ヒート自体は起こりますが、ごくごく軽い。きみはすべてにおいて、今までと同等の生活が送れるでしょう」
「でも……!」
オメガなんですよね。その後の言葉は続かなかった。
さすがにショックが大きい。アルファを優等種と考える社会において、その地位をはく奪されたようなものだ。そこまで考えて、我ながらそれなりにアルファであることに優越感を覚えていたのだなと自嘲してしまった。
優秀なオメガは確かにいるが、社会で成功しているのはほんのひと握り。アルファの能力があっても、聖利はこれからすべてにおいてオメガとして扱われる。
大学に入り、両親と同じ省庁勤務の官僚を目指していた。果たせないことではないだろうが、今まで描いていた人生設計が音をたてて崩れるような心地だ。
「今回はファーストヒートということもあって、発情が弱かったと思われます。同室のアルファのお友達も、上手く対処してくれたようですね。今後は抑制剤を飲めば問題ないですが、もし不安ならベータのルームメイトに変更してもらうことも検討した方がいいかもしれません」
友達……そこでいっきにあの朝の光景が蘇った。
來。來はどうしているだろう。
キスをし、組み敷いてきた來。舌を這わせられ、それで……。
羞恥に耐えながら、冷静に思考を組み立てる。そうか、來はオメガのフェロモンにあてられてしまったのだ。自分を殴ってまで堪え、聖利を運んでくれた。
「念のため、ファーストヒートが完全に終わるまで今回は入院です。抑制剤を飲み続けることで、三ヶ月後のヒートはほぼ変調を覚えずに終われるはずです。その頃、また受診してください」
両親が頭を下げ、聖利もならって頭を下げた。まだ信じられなかった。
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