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2 異変
第四話
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病室を出る寸前に振り返り、梶は思いだしたように付け加えた。
「そうそう、大事なことを言い忘れていました。転化オメガは後天的なものなので、生殖機能はまだ未成熟です。ヒートは起こりますが、子宮は子どもを育める状態ではないので妊娠しません。性成熟まではあと三・四年かかると思ってください。アルファに首を噛まれても番は成立しませんので、そこはご留意くださいね」
オメガ、番、子ども……。頭がいっぱいいっぱいだ。
「あの……、本当に僕は……転化オメガなんですよね」
最後のあがきのように呟いてしまう。梶は至極冷静に答えた。
「きみはオメガです。しかし、アルファと同等の能力を有したオメガです。引け目に感じることはありませんよ。何か不安なことがあったら尋ねてください」
それ以上の言葉は期待できない。聖利は頭を下げるしかできなかった。医師が立ち去ると、父も母も暗い表情でうつむき加減にしている。父が口を開いた。
「おまえが生まれる前に亡くなった俺の曾祖母がオメガだ。そちらの遺伝だろう。聖利、すまない。苦労をかける」
「因子を持ちながら、一生転化しないでアルファのまま終える人もいると聞いたわ。それなのに、なぜ聖利が……」
母はしきりに聖利の手を撫でていた。その言葉に両親が落胆より心配をしていることに気づいた。オメガはまだ生きづらい社会だ。
「父さん、母さん、ごめん。僕が転化してしまったせいで、迷惑をかけるかもしれない」
聖利もまたうなだれて言った。両親はせっかく期待してくれていたのに、こんな予想外のことが起こるなんて。
正直にいえば、まだショックで混乱している。アルファではなくなった自分がどう生きていくけばいいかわからない。
ふと脳裏に來の姿が過った。
アルファではなくなったら、來には到底勝てないのではなかろうか。もう、ライバルとして張り合うことはできないのかもしれない。
「いや……」
ひとり呟いた聖利を両親が心配そうに見つめる。聖利は眦を決して顔をあげた。
駄目だ。來に負けていられない。
医師は、個人の能力は変わらないと言っていた。それなら今まで通りに努力を続ければいい。アルファでもオメガでも関係ない。來に無様な姿を見られるくらいなら死んだ方がマシだ。來のライバルでいたい。來に勝って胸を張りたい。
「オメガだって、負けないよ。今まで通り頑張ってトップを守る。父さんと母さんの自慢の息子だと証明するから……!」
不意に、母が聖利を抱き締めた。幼い子どもにするような母の行動に、聖利は驚いて目を見開いた。
「いいのよ、あなたは充分自慢の息子。バース性は関係ないわ」
「そうだ。俺たちは動揺して聖利を傷つけてしまったな。すまない。アルファでもオメガでも、おまえの思う通りに生きてくれれば、父さんと母さんは何も言うことはないよ」
父も聖利の頭を撫で、そう言ってくれた。思えば、遠い赴任地から駆けつけてくれた両親が、自分を愛していないわけがない。まだ何もわからないし、完全には受け止められない。不安ばかりだけれど、両親だけは味方なのだと思うと、少しだけほっとした。
そうだ。これほど愛してくれる両親のために、できることをするしかないのだ。
「しっかり休みも取ってきたし、あなたの入院中も一緒にいるからね。ゴールデンウィークは家族水入らずでゆっくり過ごしましょう」
「学校の手続きは父さんたちに任せなさい。……そうだ、聖利を助けてくれたルームメイトくんには御礼を言わないといけないな」
父の言葉で再び來の顔を思い浮かべる。
抱きかかえて運んでくれた來の力強さを覚えている。唇が熱かったことも、触れられたところに電流が奔ったようになったことも。熱い肌、來の匂い。忘れたくとも忘れられない。
「事故が起こらなくて本当によかった。そのお友達には感謝してもしきれないわね」
事故とはレイプなどの性被害である。アルファもオメガもヒート発作には抗えない。そのため、過去も不幸な事故は起こってきた。今回は聖利のファーストヒートが軽かったことと、何より來が不屈の精神で正気を取り戻してくれたことで、事故を防げたのだろう。
「よく礼を言っておくよ」
両親の前で赤面もできないので、聖利は精一杯平静をたもち、わずかに頷くだけにとどめた。
オメガとして來に並び立つ。負けないライバルでいる。
それは、聖利の密かな目標となり、寄る辺ない今の心を支える指標となっていた。
「そうそう、大事なことを言い忘れていました。転化オメガは後天的なものなので、生殖機能はまだ未成熟です。ヒートは起こりますが、子宮は子どもを育める状態ではないので妊娠しません。性成熟まではあと三・四年かかると思ってください。アルファに首を噛まれても番は成立しませんので、そこはご留意くださいね」
オメガ、番、子ども……。頭がいっぱいいっぱいだ。
「あの……、本当に僕は……転化オメガなんですよね」
最後のあがきのように呟いてしまう。梶は至極冷静に答えた。
「きみはオメガです。しかし、アルファと同等の能力を有したオメガです。引け目に感じることはありませんよ。何か不安なことがあったら尋ねてください」
それ以上の言葉は期待できない。聖利は頭を下げるしかできなかった。医師が立ち去ると、父も母も暗い表情でうつむき加減にしている。父が口を開いた。
「おまえが生まれる前に亡くなった俺の曾祖母がオメガだ。そちらの遺伝だろう。聖利、すまない。苦労をかける」
「因子を持ちながら、一生転化しないでアルファのまま終える人もいると聞いたわ。それなのに、なぜ聖利が……」
母はしきりに聖利の手を撫でていた。その言葉に両親が落胆より心配をしていることに気づいた。オメガはまだ生きづらい社会だ。
「父さん、母さん、ごめん。僕が転化してしまったせいで、迷惑をかけるかもしれない」
聖利もまたうなだれて言った。両親はせっかく期待してくれていたのに、こんな予想外のことが起こるなんて。
正直にいえば、まだショックで混乱している。アルファではなくなった自分がどう生きていくけばいいかわからない。
ふと脳裏に來の姿が過った。
アルファではなくなったら、來には到底勝てないのではなかろうか。もう、ライバルとして張り合うことはできないのかもしれない。
「いや……」
ひとり呟いた聖利を両親が心配そうに見つめる。聖利は眦を決して顔をあげた。
駄目だ。來に負けていられない。
医師は、個人の能力は変わらないと言っていた。それなら今まで通りに努力を続ければいい。アルファでもオメガでも関係ない。來に無様な姿を見られるくらいなら死んだ方がマシだ。來のライバルでいたい。來に勝って胸を張りたい。
「オメガだって、負けないよ。今まで通り頑張ってトップを守る。父さんと母さんの自慢の息子だと証明するから……!」
不意に、母が聖利を抱き締めた。幼い子どもにするような母の行動に、聖利は驚いて目を見開いた。
「いいのよ、あなたは充分自慢の息子。バース性は関係ないわ」
「そうだ。俺たちは動揺して聖利を傷つけてしまったな。すまない。アルファでもオメガでも、おまえの思う通りに生きてくれれば、父さんと母さんは何も言うことはないよ」
父も聖利の頭を撫で、そう言ってくれた。思えば、遠い赴任地から駆けつけてくれた両親が、自分を愛していないわけがない。まだ何もわからないし、完全には受け止められない。不安ばかりだけれど、両親だけは味方なのだと思うと、少しだけほっとした。
そうだ。これほど愛してくれる両親のために、できることをするしかないのだ。
「しっかり休みも取ってきたし、あなたの入院中も一緒にいるからね。ゴールデンウィークは家族水入らずでゆっくり過ごしましょう」
「学校の手続きは父さんたちに任せなさい。……そうだ、聖利を助けてくれたルームメイトくんには御礼を言わないといけないな」
父の言葉で再び來の顔を思い浮かべる。
抱きかかえて運んでくれた來の力強さを覚えている。唇が熱かったことも、触れられたところに電流が奔ったようになったことも。熱い肌、來の匂い。忘れたくとも忘れられない。
「事故が起こらなくて本当によかった。そのお友達には感謝してもしきれないわね」
事故とはレイプなどの性被害である。アルファもオメガもヒート発作には抗えない。そのため、過去も不幸な事故は起こってきた。今回は聖利のファーストヒートが軽かったことと、何より來が不屈の精神で正気を取り戻してくれたことで、事故を防げたのだろう。
「よく礼を言っておくよ」
両親の前で赤面もできないので、聖利は精一杯平静をたもち、わずかに頷くだけにとどめた。
オメガとして來に並び立つ。負けないライバルでいる。
それは、聖利の密かな目標となり、寄る辺ない今の心を支える指標となっていた。
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