転化オメガの優等生はアルファの頂点に組み敷かれる

さち喜

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2 異変

第六話

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 勇気を出して軽くノックする。返事を待たずにドアを開けた。
 そこには制服姿の來がいたゴールデンウィーク中は彼も実家にいたのだろうか。大きめのデイバッグがベッドの上に乗っていた。
 聖利の顔を見て、來が切れ長の美しい眼を大きく見開いた。

「聖利……」
「來……先日は」
「身体はもういいのか?」

 くい気味に尋ねられ、勢いで聖利は頷いた。

「ああ。どこも問題ない」

 答えてから荷物のボストンバッグをベッドにおろし、あらためて來と向かい合った。真摯に見つめると、心臓がばくばくと大きな音をたてた。唇を引き結んで、がばっと頭を下げる。

「ヒート発作のときは本当にありがとう。おまえに助けられた。……それと、すまなかった」

 フェロモンに影響されたとはいえ、自分たちは危ういところだった。來にとっては、所謂黒歴史になっているかもしれない。

「意に添わぬことをさせた。僕のフェロモンのせいだ。本当にすまない」
「あれはまあ、……仕方なくねぇ?」

 來が髪を掻き上げ、視線を逸らして言う。

「俺の方こそ頭やばくなってたし。微妙に記憶飛んでるし……」

 記憶が飛んでいる……。その言葉に安堵した。あんな痴態を覚えていてほしくない。

「な、聖利」
「なに……」

 來が聖利をじっと見つめてくる。真剣なまなざしに不覚にも胸が高鳴ってしまった。

「おまえは俺のこと、怖くないか? 一緒の部屋で」

 思わぬ質問に驚く。どうやら、來は気遣ってくれているようだ。
 オメガを理由に寮三役に願い出れば、部屋は代えられるかもしれない。想い人と同室という緊張感から解放される。しかし、今の聖利には來との同室を解消したくない気持ちも芽生えていた。
 近くにいたい。もう何も起こらなくても、來のそばにいたい。

「僕が來を怖く思うわけないだろ。それに、僕はまだオメガとしても完全じゃない。転化オメガは抑制剤がよく効くそうだし、薬さえ飲んでおけば今まで通り暮らせる。だから」

 聖利は歩み寄って、來を見あげた。

「できれば、今まで通り接してほしい。特別扱いせずに」
「……当たり前だろ」

 聖利の言葉に、來がにっと口の端を引き上げた。

「俺が張り合ってやった方が、優等生様はやる気でるみたいだし? それに、俺のお袋はオメガだ。バース差別なんかしねーよ」
「そうか。そうだったんだ。なんだか少し安心した」

 気が緩み、思わず子どもみたいに笑ってしまうと、來が聖利の顔をじっと見下ろしてくる。次の瞬間顔を近づけ、うなじに鼻先をくっつけてきた。

「っ……!」

 聖利は言葉にならない声をあげ、凍りついた。突然の接触だ。
 しかし、すぐに來は顔を離し、無邪気に破顔した。

「うん、甘い匂いはしなくなってんな。俺、鼻が利くから、たまにチェックしてやるよ」
「ああ……そうか。親切にどうも……」

 動揺を押し隠し、聖利は頷いた。やはり同室は心臓に悪い。來はまったくその気はないのに、自分ばかりが意識してしまって恥ずかしい。

「あと、いい機会だからスマホ教えとけ。なんかあったら飛んで行ってやる」
「來が? 期待してないが」
「ばーか。この前、聖利を抱えて走った俺は王子様みたいだったぞ」
「王子様……大きく出たな、おまえ」

 ふざけた応酬をしながら、互いのスマホを取り出した。こんな些細な瞬間が嬉しい。
 以前と変わらぬ関係に戻れそうだ。あのとき抱き合ってしまっていたら、きっと自分たちの未来は変わっただろう。
 これでよかったのだ。あの朝の出来事は、早く忘れてしまおう。


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