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3 学園でただひとりのオメガ
第一話
しおりを挟む連休明け、聖利は堂々と復学した。帰寮した昨日から無遠慮な視線はそこかしこで感じてきた。無理もない。アルファとベータで構成されたこの学校で、唯一のオメガとなってしまったのだ。
さらにはそれが一学年トップ成績の男である。
しばらくはあからさまな差別や遠慮会釈の無い扱いを受けるのだろう。……そう思っていた。
知樹と一緒に入った約二週間ぶりの一年一組の教室。周囲が波のようにざわめくのを感じながら席についた。
「聖利、あんまり気にするなよ」
知樹が声をかけてくれる。おそらく、知樹なりに聖利の防波堤になろうと考えてくれているのだろう。
「ありがとう。でも、知樹が心配するほど気にしてないから大丈夫だ。僕自身、大きく変化した実感もないしな」
「確かに俺から見たら、全然変化ないよ。俺がベータだからかな」
おそらくはアルファにも聖利の変化はわからないだろう。入院中から服薬している抑制剤は、よく効いているようだ。変調は一度も起こっていない。
「なあ、楠見野」
突然、ふたりに割って入るように話しかけてきた男がいる。隣のクラスの斉藤だ。きちんと話したことはないが、中等部はサッカー部に所属していた。ぱっと明るく、目立つタイプのアルファだ。
「急に悪い。楠見野、俺と付き合わないか?」
いきなりの告白に周囲がどよめいた。さすがの聖利も面食らった。学内で同性から交際を申し込まれたのは一度や二度ではないが、こんなに堂々とした告白は初めてだった。
「おい、待て!」
クラスの端の方から別な声があがる。声の主は、同じクラスで柔道部の木崎だ。彼もアルファである。
「斉藤、てめぇ、抜け駆けしてんじゃねえよ。楠見野、俺にしとけ。俺、ずっとおまえのこといいなって思ってたんだよ」
「はぁ? 横入りすんな。なあ、楠見野、オメガになったんだろ? おまえみたいな優秀で美人な番がほしい。俺とのこと、真剣に考えてくれないか?」
斉藤が熱心に言い、木崎が押しのけて前に出る。
「楠見野、こいつが見てるのはおまえのスペックだけだ。俺はおまえのこと、前から全部いいって思ってる。正式に番候補として交際を申し込みたい」
知樹が横でなんと口を挟んだものかとあわあわとしている。さらには一番後ろの席で、ルーズに椅子に座った來が、面白そうな顔でこちらを見ているのが視界の端に映った。聖利が困惑する様子が楽しいのだろう。
意を決して聖利は立ち上がった。斉藤と木崎に向かってなるべくにこやかに言う。
「悪いけど、誰かと交際する気はないんだ」
「でも、楠見野」
「オメガだからって、すぐに誰かと番にならなければいけないわけじゃないだろう? 僕たち、まだ高校一年なんだ。そんなに簡単に未来は決められないよ」
穏やかで理知的な回答に、ふたりが黙る。知樹が慌てて「ほら、ホームルーム始まるから」とふたりを追い払った。
聖利は小さく嘆息し、知樹に礼を言ってから席に座り直した。教師が入ってくる。
大勢の手前、毅然とした態度を取れたのはよかったが、正直に言えば驚いた。はっきり断ったとはいえ、あのふたりが簡単に諦めたようには見えない。オメガという存在は思いのほか、アルファの心情を掻き乱すのかもしれない。
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