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3 学園でただひとりのオメガ
第三話
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添川の告白に疲れ果てて自室に戻ると、來がいた。來は週のうち何日も学園外に脱出したり、学園内をぶらぶらしていたりして、部屋に居着かない。
夕食に参加するのは週の半分ほど。今日は出かけない日らしい。ベッドの上で漫画雑誌を読んでいる。
「おかえり。修豊真船のプリンセス」
身体を起こしてにやりと笑う。ふざけたことを言われ、聖利は苛立たしく鞄を置いた。
「からかうなよ。こっちは大変なんだ」
「見てりゃわかるよ。どいつも必死ですげえウケるな。学年首席の美人がオメガだったもんだから、番の欲しいアルファは目の色変えてやがる」
「冗談じゃない。手近にオメガがいたからって、それで間に合わせようとするか? 頭がおかしい!」
苛々と返す聖利。來が自分の机の上に乗っていた缶コーヒーを放ってくれるので、キャッチした。まだ冷たい。
「落ち着けよ、短気なプリンセス。あながち、連中手近で済ませたいわけじゃねえよ。みんな、おまえに思うところがあんの。気になったり、声かけたいって思ってたんだろ? 学園トップクラスのアルファを簡単に口説けないけど、オメガなら口説く理由になるかも……ってこと」
馬鹿らしいと言いかけて、否定しきれないと思った。相手が自分より優れたアルファなら、男として声をかけづらいという気持ちはあるだろう。性差を理由にすれば、口説くハードルが下がるというわけか。
「アルファがオメガを求めるのは本能だからな。本能に、上手に恋心を隠して誘えるんだよ」
「だけど、僕はそうした気持ちに応える気はないんだ」
オメガになった途端に、誘いやすい相手として求婚されるのは、聖利の気持ちとしては複雑だ。なにより、日々あちこちからそういった視線を浴びるのが嫌だ。性の対象とされているのかと思うとなんとも居心地が悪い。今までだって、同性に告白されることは多かったけれど、これはまた違う気がする。
「じゃあ聖利、俺と番になるか? 誰も文句言えないだろ」
不意に言われ、どくんと心臓が大きな音をたてた。
番? 來が?
驚いて顔をあげた聖利に、ベッドから立ちあがった來が歩み寄ってくる。聖利に渡した缶コーヒーを開け、ひと口飲んだ。
「飲めよ。ブラック嫌いか?」
「そ、うじゃなくて……」
缶を聖利の手に戻して、來は目を細めた。
「俺と番になっておけばラクじゃん。まず、俺に敵うヤツなんていねえもんな。頭、顔、身体能力、おまけに親の金」
茶化すようにうそぶいて笑う。
「馬鹿を言うな。フリだって、そんなこと……!」
「おまえが望むなら、首噛んで本物の番になってやってもいいけど?」
「ぼ、僕はまだ未成熟なオメガだから、番を作れるのは数年先だ」
「ふぅん、でもそんなの周りは知らねーだろ? 俺が首筋に噛み痕を付けてやればみんな信じる」
噛み痕……本気で言っているのだろうか。來がどこまで考えているのかわからない。顔はいつものからかうような笑顔だし、聖利の狼狽を可笑しそうに観察している。
赤面なんかしちゃいけない、と必死に落ち着こうとするのに、心臓の鼓動に押し出されるように頬に熱がのぼる。
「楠見野聖利の番が海瀬來だとしたら、みんな納得する。奪うなんて考える馬鹿はいない」
目を細めて見下ろしてくる來。この一瞬だけ切り取れば、その目は優しく慈愛に満ちていた。まるで愛しい恋人を見るような目だ。
「おまえに釣り合う能力のある男なんて俺くらいだ。似合いの番の完成」
聖利はきりっと眉を張った。駄目だ。期待から來の言葉を都合よく解釈するな。
「來、そんなことをして、おまえになんのメリットが?」
「メリットは別に? 強いて言うならおまえが苛々しなくなるから、八つ当たりされる回数が減るってことくらいか?」
「八つ当たりなんかしてないだろう!」
つい口調がきつくなる。やはり來は冗談で言っている。ひどい冗談だ。そんなつもりはなくともこちらは動揺してしまうし、惑わされてしまう。
聖利とて考えなかったわけではない。オメガ性になった自分は、來と番になれる可能性がある。今すぐは無理だが、ゆくゆくは子を成せる身体になる。彼の伴侶としての条件をクリアできる。
しかし、すぐに思い直した。來が自分のことなど好きになるわけがない。いつもからかってばかりで、まともに相手しようともしてこない。それに、來は不完全とはいえ聖利のヒート発作をかわすことができた。それは本能の部分で聖利を求めていないのだ。きっとその証明だ。
「いーじゃん。聖利、俺のこと好きだろ?」
軽薄な口調に、あの日の出来事がいっきに蘇った。やっぱりばれているのか? 嫌な脂汗が滲む。
聖利を組み敷いた來は言った。『俺のこと好きだもんな』と。あれが熱に浮かされた言葉で、本人は忘れているとしても、聖利には恐ろしい言葉だった。絶対に知られたくない気持ちだった。
「スカした斉藤とかゴリラみたいな木崎より、俺や原沢の方が好きだろ? じゃあ、俺でいいじゃん。俺が番なら気楽でいいぞ」
拍子抜けした。どうやら、來の言いたかった『好き』は意味合いが違ったようだ。からかい言葉の延長。よくて友情の範疇。それなのに、しっかり振り回されて馬鹿みたいだ。
「確かにおまえや知樹は気心も知れてるけど、だからこそ番なんてごめんだね」
ふんとそっぽを向くと、再び聖利の手からコーヒーを奪い取って來はひと口飲んだ。
「ま、ホントに困ったら言えよ。フリくらいならいくらでもしてやる。アルファ除けになるぞ」
まったく、と聖利は嘆息した。散々からかわれ、ひとりで狼狽してしまった。
好意的に見れば來なりに気遣ってくれているのだろう。味方になってやると言いたいだけ。それなら怒っていても仕方ない。
「気持ちだけ、もらっておくよ。ところで、來、寮の仕事の件だが」
「なに? 高坂寮長になんか言われた?」
「僕は直接言われてないけれど、他の一年が困っていたぞ。來が掃除や当番をサボるから」
「あとで高坂寮長と話すわ。連帯責任にはすんなって」
「おまえが真面目に出ればいいだけの話だ」
いつものやりとりをしていれば、自分と來の間に起こったことなど夢のまた夢のような心地がしてくる。あのひとときを心に刻んているのは自分だけ。そう思うと、言いようのない切なさが聖利の胸に去来する。
叶わないなら引きずらない方がいいのだ。充分すぎるくらいわかっているのに、ままならない。
オメガになったって、自分の気持ちは何ひとつ変わらないままだ。
夕食に参加するのは週の半分ほど。今日は出かけない日らしい。ベッドの上で漫画雑誌を読んでいる。
「おかえり。修豊真船のプリンセス」
身体を起こしてにやりと笑う。ふざけたことを言われ、聖利は苛立たしく鞄を置いた。
「からかうなよ。こっちは大変なんだ」
「見てりゃわかるよ。どいつも必死ですげえウケるな。学年首席の美人がオメガだったもんだから、番の欲しいアルファは目の色変えてやがる」
「冗談じゃない。手近にオメガがいたからって、それで間に合わせようとするか? 頭がおかしい!」
苛々と返す聖利。來が自分の机の上に乗っていた缶コーヒーを放ってくれるので、キャッチした。まだ冷たい。
「落ち着けよ、短気なプリンセス。あながち、連中手近で済ませたいわけじゃねえよ。みんな、おまえに思うところがあんの。気になったり、声かけたいって思ってたんだろ? 学園トップクラスのアルファを簡単に口説けないけど、オメガなら口説く理由になるかも……ってこと」
馬鹿らしいと言いかけて、否定しきれないと思った。相手が自分より優れたアルファなら、男として声をかけづらいという気持ちはあるだろう。性差を理由にすれば、口説くハードルが下がるというわけか。
「アルファがオメガを求めるのは本能だからな。本能に、上手に恋心を隠して誘えるんだよ」
「だけど、僕はそうした気持ちに応える気はないんだ」
オメガになった途端に、誘いやすい相手として求婚されるのは、聖利の気持ちとしては複雑だ。なにより、日々あちこちからそういった視線を浴びるのが嫌だ。性の対象とされているのかと思うとなんとも居心地が悪い。今までだって、同性に告白されることは多かったけれど、これはまた違う気がする。
「じゃあ聖利、俺と番になるか? 誰も文句言えないだろ」
不意に言われ、どくんと心臓が大きな音をたてた。
番? 來が?
驚いて顔をあげた聖利に、ベッドから立ちあがった來が歩み寄ってくる。聖利に渡した缶コーヒーを開け、ひと口飲んだ。
「飲めよ。ブラック嫌いか?」
「そ、うじゃなくて……」
缶を聖利の手に戻して、來は目を細めた。
「俺と番になっておけばラクじゃん。まず、俺に敵うヤツなんていねえもんな。頭、顔、身体能力、おまけに親の金」
茶化すようにうそぶいて笑う。
「馬鹿を言うな。フリだって、そんなこと……!」
「おまえが望むなら、首噛んで本物の番になってやってもいいけど?」
「ぼ、僕はまだ未成熟なオメガだから、番を作れるのは数年先だ」
「ふぅん、でもそんなの周りは知らねーだろ? 俺が首筋に噛み痕を付けてやればみんな信じる」
噛み痕……本気で言っているのだろうか。來がどこまで考えているのかわからない。顔はいつものからかうような笑顔だし、聖利の狼狽を可笑しそうに観察している。
赤面なんかしちゃいけない、と必死に落ち着こうとするのに、心臓の鼓動に押し出されるように頬に熱がのぼる。
「楠見野聖利の番が海瀬來だとしたら、みんな納得する。奪うなんて考える馬鹿はいない」
目を細めて見下ろしてくる來。この一瞬だけ切り取れば、その目は優しく慈愛に満ちていた。まるで愛しい恋人を見るような目だ。
「おまえに釣り合う能力のある男なんて俺くらいだ。似合いの番の完成」
聖利はきりっと眉を張った。駄目だ。期待から來の言葉を都合よく解釈するな。
「來、そんなことをして、おまえになんのメリットが?」
「メリットは別に? 強いて言うならおまえが苛々しなくなるから、八つ当たりされる回数が減るってことくらいか?」
「八つ当たりなんかしてないだろう!」
つい口調がきつくなる。やはり來は冗談で言っている。ひどい冗談だ。そんなつもりはなくともこちらは動揺してしまうし、惑わされてしまう。
聖利とて考えなかったわけではない。オメガ性になった自分は、來と番になれる可能性がある。今すぐは無理だが、ゆくゆくは子を成せる身体になる。彼の伴侶としての条件をクリアできる。
しかし、すぐに思い直した。來が自分のことなど好きになるわけがない。いつもからかってばかりで、まともに相手しようともしてこない。それに、來は不完全とはいえ聖利のヒート発作をかわすことができた。それは本能の部分で聖利を求めていないのだ。きっとその証明だ。
「いーじゃん。聖利、俺のこと好きだろ?」
軽薄な口調に、あの日の出来事がいっきに蘇った。やっぱりばれているのか? 嫌な脂汗が滲む。
聖利を組み敷いた來は言った。『俺のこと好きだもんな』と。あれが熱に浮かされた言葉で、本人は忘れているとしても、聖利には恐ろしい言葉だった。絶対に知られたくない気持ちだった。
「スカした斉藤とかゴリラみたいな木崎より、俺や原沢の方が好きだろ? じゃあ、俺でいいじゃん。俺が番なら気楽でいいぞ」
拍子抜けした。どうやら、來の言いたかった『好き』は意味合いが違ったようだ。からかい言葉の延長。よくて友情の範疇。それなのに、しっかり振り回されて馬鹿みたいだ。
「確かにおまえや知樹は気心も知れてるけど、だからこそ番なんてごめんだね」
ふんとそっぽを向くと、再び聖利の手からコーヒーを奪い取って來はひと口飲んだ。
「ま、ホントに困ったら言えよ。フリくらいならいくらでもしてやる。アルファ除けになるぞ」
まったく、と聖利は嘆息した。散々からかわれ、ひとりで狼狽してしまった。
好意的に見れば來なりに気遣ってくれているのだろう。味方になってやると言いたいだけ。それなら怒っていても仕方ない。
「気持ちだけ、もらっておくよ。ところで、來、寮の仕事の件だが」
「なに? 高坂寮長になんか言われた?」
「僕は直接言われてないけれど、他の一年が困っていたぞ。來が掃除や当番をサボるから」
「あとで高坂寮長と話すわ。連帯責任にはすんなって」
「おまえが真面目に出ればいいだけの話だ」
いつものやりとりをしていれば、自分と來の間に起こったことなど夢のまた夢のような心地がしてくる。あのひとときを心に刻んているのは自分だけ。そう思うと、言いようのない切なさが聖利の胸に去来する。
叶わないなら引きずらない方がいいのだ。充分すぎるくらいわかっているのに、ままならない。
オメガになったって、自分の気持ちは何ひとつ変わらないままだ。
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