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3 学園でただひとりのオメガ
第四話
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『聖利、おまえって格好いいな』
來の声が響く。聖利の額の髪を指で除け、精悍に笑う。
『たいしたことない』
『いや、尊敬するよ』
目を逸らした聖利を覗き込んではっきり告げる。
『聖利は格好いい』
学園の廊下には通りかかる人もいたはずだ。だけど、あの瞬間、世界は自分と來だけだった。少なくとも聖利にはそう感じられたし、まっすぐな來の美しい瞳に映っているのが自分であることが嬉しかった。
―――俺は、おまえのこと……。
はっと目を開けると、そこは高等部寮の自室だった。控えめなアラームの音。朝五時だ。
アラームを止め、聖利は身体を起こす。夢を見ていた。随分昔、中等部一年の頃のこと。なんで今更あんな夢を見たのだろう。
ちらりと横のベッドを見ると、來が背中を向けて眠っている。昨夜も遅かったことを知っている。どこで遊び歩いているのだろう。案外、学園のある山を下りた先に、恋人でもいるのだろうか。
想像したら不快な気分になり、首をふるふると振るう。立ち上がり、素早くランニング用のTシャツとジャージに着替えた。部屋を出て、玄関でランニングシューズをはく。
朝の日課はオメガになっても欠かしていない。ランニングだけでなく、時間がある時は校内のジムでも汗を流すようにしている。自己鍛錬はひとりでもできる。やはり部活はやめて生徒会に所属しようか。所属届けの期限は近づいている。
現生徒会長の三井寺は、温厚で笑顔の優しい人だという。寮長の高坂とも仲が良い。例年、生徒会と寮三役は不仲であることが多いらしいが、今年は良好な関係と聞いている。寮長の高坂は聖利のオメガ転化から、シャワーや着替えなどに便宜を図ってくれ、ヒート期の当番関係の免除などを提案してくれている。あの高坂と良い関係の生徒会長なら、実際に話したことはなくとも信頼がおける気がする。
「楠見野」
考え事をしながらランニングをしていたら声をかけられた。後ろから追いかけてきたのは小村だ。以前、聖利に告白してきたベータの同級生は、横に並んで走り出す。
「おはよう」
「おはよう、小村。今日も会ったね」
「ああ、まだ部活を決めかねていて、運動不足だからさ」
何気なく言って横を走る小村。実は数日前も、朝のランニング中に出会っている。確か彼は中等部時代ソフトボール部だった。部活がなければ、運動不足にもなるだろう。
「理系は来週また学力テストがあるんだって? 大変だな」
「ああ、文系はその分、小論文の作成と発表が一学期中に二度あると聞いているよ。お互い忙しいね」
時折、世間話をしながら走る。小村は楽しそうだ。
「その……楠見野、身体は平気なのか?」
オメガの話題だとすぐにわかった。聖利は慣れた口調で答える。
「問題ないよ。抑制剤さえ飲んでいれば、アルファの頃と何も変わらない。医師のお墨付きなんだ」
「そっか、そうなんだ」
彼が告白してきたひと月半前、聖利はまだオメガに転化していなかった。彼が今、自分をどう見ているかは知らないが、番候補のアルファが群がっていることは知っているだろう。聖利本人は不本意なことだが。
「オメガが珍しいのか、今は話しかけてくる人間が多いけれど、いずれ落ち着くと思うよ」
「迷惑してるだろう? 馬鹿みたいだ。みんな急に楠見野に夢中になって」
小村が眉をひそめて言う。歩調が緩む。
「小村?」
合わせて走りを緩め、立ち止まった小村を振り返った。小村はうつむいて言う。
「俺は、楠見野がアルファでもオメガでも好きなのに」
聖利の脳裏に、來の言葉が蘇る。期待を持たせるような断り方は残酷。來はそう言った。
今も彼が気持ちを持て余しているのなら、聖利の断り方はやはり間違っていたのだろう。
「小村、僕は誰かと付き合う気はない。きみとも、今僕に声をかけてきているやつらとも」
「友達ではいてくれるんだろ……」
うつむく小村に近寄ると、ばっと彼は顔をあげた。追い詰められたような切迫した表情をしていた。
「楠見野、きみが可愛くて綺麗で、誰よりも優れているって最初に気づいたのは俺なんだよ。それなのに、あんなやつらと同列に並べないでくれ。俺たちは友達だろ?」
「……ああ、友人だ。だが恋愛感情はこの先も期待しないでほしい」
小村は思い詰めている。だからこそ言うべきだった。そもそも聖利の心には海瀬來がいる。來以外を好きになる未来は、今は見えない。
「きついな……。絶対に俺なんか好きにならないってことか。……頭はやっぱアルファのままなんだな。ベータじゃ無理か」
バース性の問題じゃない。気持ちの問題だ。しかし、そんなことを言って小村に伝わるかもわからない。
「戻ろう、小村。朝食が始まってしまう」
声をかけると、勢いよく腕を掴まれた。不意のことでぎょっとする。
振り払おうか考えた次の瞬間、聖利ではない腕が小村の手を叩き落としていた。
「ら、來!」
後方を見あげて、聖利は叫んだ。小村の拘束を解き、聖利を背中側から守るように引き寄せたのは來だ。
「小村、だったよな。知ってるか? 聖利はお触り厳禁なんだよ」
偉そうにせせら笑ってみせる來は、とても挑発的だ。先ほどから興奮冷めやらぬ小村が怒りに顔を歪め、來をねめつける。
「海瀬、それならおまえこそ楠見野に触るな! おまえはアルファだから危険だ!」
「残念ながら、高坂寮長から聖利のことを任されてんだよね。俺はこいつのヒートに耐性があるようだから」
本当に高坂寮長が頼んだのだろうか。そして、耐性があるなどと調べたわけでもない。おそらく來が適当に言っているだけだ。
「聖利に下心を持ってんだろ? 物欲しげなツラしやがって。金輪際、聖利の近くをうろつくな。こいつはこいつで大変なんだから、おまえの気持ちを押し付けんじゃねーよ」
「來!」
「行くぞ、聖利」
言葉を返せない小村を無視し、來が聖利の腰を抱いて歩き出した。逃がすまいと強く戒めながら。
來の声が響く。聖利の額の髪を指で除け、精悍に笑う。
『たいしたことない』
『いや、尊敬するよ』
目を逸らした聖利を覗き込んではっきり告げる。
『聖利は格好いい』
学園の廊下には通りかかる人もいたはずだ。だけど、あの瞬間、世界は自分と來だけだった。少なくとも聖利にはそう感じられたし、まっすぐな來の美しい瞳に映っているのが自分であることが嬉しかった。
―――俺は、おまえのこと……。
はっと目を開けると、そこは高等部寮の自室だった。控えめなアラームの音。朝五時だ。
アラームを止め、聖利は身体を起こす。夢を見ていた。随分昔、中等部一年の頃のこと。なんで今更あんな夢を見たのだろう。
ちらりと横のベッドを見ると、來が背中を向けて眠っている。昨夜も遅かったことを知っている。どこで遊び歩いているのだろう。案外、学園のある山を下りた先に、恋人でもいるのだろうか。
想像したら不快な気分になり、首をふるふると振るう。立ち上がり、素早くランニング用のTシャツとジャージに着替えた。部屋を出て、玄関でランニングシューズをはく。
朝の日課はオメガになっても欠かしていない。ランニングだけでなく、時間がある時は校内のジムでも汗を流すようにしている。自己鍛錬はひとりでもできる。やはり部活はやめて生徒会に所属しようか。所属届けの期限は近づいている。
現生徒会長の三井寺は、温厚で笑顔の優しい人だという。寮長の高坂とも仲が良い。例年、生徒会と寮三役は不仲であることが多いらしいが、今年は良好な関係と聞いている。寮長の高坂は聖利のオメガ転化から、シャワーや着替えなどに便宜を図ってくれ、ヒート期の当番関係の免除などを提案してくれている。あの高坂と良い関係の生徒会長なら、実際に話したことはなくとも信頼がおける気がする。
「楠見野」
考え事をしながらランニングをしていたら声をかけられた。後ろから追いかけてきたのは小村だ。以前、聖利に告白してきたベータの同級生は、横に並んで走り出す。
「おはよう」
「おはよう、小村。今日も会ったね」
「ああ、まだ部活を決めかねていて、運動不足だからさ」
何気なく言って横を走る小村。実は数日前も、朝のランニング中に出会っている。確か彼は中等部時代ソフトボール部だった。部活がなければ、運動不足にもなるだろう。
「理系は来週また学力テストがあるんだって? 大変だな」
「ああ、文系はその分、小論文の作成と発表が一学期中に二度あると聞いているよ。お互い忙しいね」
時折、世間話をしながら走る。小村は楽しそうだ。
「その……楠見野、身体は平気なのか?」
オメガの話題だとすぐにわかった。聖利は慣れた口調で答える。
「問題ないよ。抑制剤さえ飲んでいれば、アルファの頃と何も変わらない。医師のお墨付きなんだ」
「そっか、そうなんだ」
彼が告白してきたひと月半前、聖利はまだオメガに転化していなかった。彼が今、自分をどう見ているかは知らないが、番候補のアルファが群がっていることは知っているだろう。聖利本人は不本意なことだが。
「オメガが珍しいのか、今は話しかけてくる人間が多いけれど、いずれ落ち着くと思うよ」
「迷惑してるだろう? 馬鹿みたいだ。みんな急に楠見野に夢中になって」
小村が眉をひそめて言う。歩調が緩む。
「小村?」
合わせて走りを緩め、立ち止まった小村を振り返った。小村はうつむいて言う。
「俺は、楠見野がアルファでもオメガでも好きなのに」
聖利の脳裏に、來の言葉が蘇る。期待を持たせるような断り方は残酷。來はそう言った。
今も彼が気持ちを持て余しているのなら、聖利の断り方はやはり間違っていたのだろう。
「小村、僕は誰かと付き合う気はない。きみとも、今僕に声をかけてきているやつらとも」
「友達ではいてくれるんだろ……」
うつむく小村に近寄ると、ばっと彼は顔をあげた。追い詰められたような切迫した表情をしていた。
「楠見野、きみが可愛くて綺麗で、誰よりも優れているって最初に気づいたのは俺なんだよ。それなのに、あんなやつらと同列に並べないでくれ。俺たちは友達だろ?」
「……ああ、友人だ。だが恋愛感情はこの先も期待しないでほしい」
小村は思い詰めている。だからこそ言うべきだった。そもそも聖利の心には海瀬來がいる。來以外を好きになる未来は、今は見えない。
「きついな……。絶対に俺なんか好きにならないってことか。……頭はやっぱアルファのままなんだな。ベータじゃ無理か」
バース性の問題じゃない。気持ちの問題だ。しかし、そんなことを言って小村に伝わるかもわからない。
「戻ろう、小村。朝食が始まってしまう」
声をかけると、勢いよく腕を掴まれた。不意のことでぎょっとする。
振り払おうか考えた次の瞬間、聖利ではない腕が小村の手を叩き落としていた。
「ら、來!」
後方を見あげて、聖利は叫んだ。小村の拘束を解き、聖利を背中側から守るように引き寄せたのは來だ。
「小村、だったよな。知ってるか? 聖利はお触り厳禁なんだよ」
偉そうにせせら笑ってみせる來は、とても挑発的だ。先ほどから興奮冷めやらぬ小村が怒りに顔を歪め、來をねめつける。
「海瀬、それならおまえこそ楠見野に触るな! おまえはアルファだから危険だ!」
「残念ながら、高坂寮長から聖利のことを任されてんだよね。俺はこいつのヒートに耐性があるようだから」
本当に高坂寮長が頼んだのだろうか。そして、耐性があるなどと調べたわけでもない。おそらく來が適当に言っているだけだ。
「聖利に下心を持ってんだろ? 物欲しげなツラしやがって。金輪際、聖利の近くをうろつくな。こいつはこいつで大変なんだから、おまえの気持ちを押し付けんじゃねーよ」
「來!」
「行くぞ、聖利」
言葉を返せない小村を無視し、來が聖利の腰を抱いて歩き出した。逃がすまいと強く戒めながら。
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