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3 学園でただひとりのオメガ
第五話
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「來、あんな言い方」
随分離れてから、聖利は來を見あげてたしなめた。
「おまえが言いづらいことを代わりに言ってやっただけだけど?」
そう言ってニヤニヤ笑うのだからタチが悪い。しかし、正直困っていたタイミングだった。
「……結果、助かったことは否定しない。その……ありがとう」
「どーいたしまして」
「ところで、汗をかいているんだ。離してくれ」
「離したら逃げるだろ?」
「逃げ……寮に向かってないな? どこへ行く気だ」
來の足は学園裏手の丘陵へ向かっている。散策のできる庭園を抜け、林に囲まれた小高い丘へやってきた。実習などで使われる場所だ。朝食前の時間帯、当たり前だが学生は誰もいない。
すっかり顔を出した太陽の光が芝生を染め、朝露をきらめかせている。
「ここでメシ食おう」
そう言って來は芝生にどさりと座る。片手に持っていた袋からコンビニのサンドイッチとおにぎりをガサガサと取りだした。まるで最初からふたり分用意していたかのような量だ。
「聖利を朝飯に誘おうと思ったらおまえ走りに行ってるからさ。迎えに出てきた」
「なんで、僕と朝食なんか」
「そういう気分だったんだよ。聖利、最近いっつもカリカリしてるから、息抜き?」
言い方は挑発的だが、どうやらまた気を遣わせてしまったようだ。オメガになってから、自身を取り巻く環境の変化に若干ついていけないというのが本音だ。もしかして來には一番苛立ちを見せてしまっていたのではなかろうか。
「高坂寮長に頼まれたって件、嘘だろ?」
「ああ、嘘。『楠見野に迷惑かけるな』とは言われたけどな。まあ、ああ言っとけば小村程度の手合いは遠ざけられるだろ」
番の振りではないものの、聖利を守る算段をつけてくれていたのだ。胸がじんと温かい。同時に、聖利は今朝方の夢を思いだす。
「今朝、來の夢を見たよ」
「急になんだよ」
サンドイッチをひとつとペットボトルを放ってよこしながら、來が微笑む。
「中一のとき、ほら来客のご婦人が転んで、僕が保健室におぶって運んだことがあっただろう?」
「あー、誰かのばーちゃんがコケたやつな」
「僕ひとりじゃ運べなくて、おまえがかなり手を貸してくれたのに。全部終わったら來は『俺は何もしてない。聖利が勝手にやった』って言った。さらに、僕に『おまえは格好いい』って」
「そんなこともあったっけな」
とぼけているけれど、きっと覚えている。來の心根は優しい。からかってくるし、素行はよくない。先輩にも教師にもウケが悪い。だけど、温かな心を持っていて、そこに聖利は惹かれてしまったのだろう。
「來はずるいよ。格好いいのはおまえなのに、いつも一歩引いて知らん顔をする。……さっきのこと、本当にありがとう。この朝食も気遣ってくれてありがとう」
「いきなり素直になるなよ。らしくねーぞ、優等生」
苦笑いする來が愛しいと思った。朝陽を浴びる濃いブラウンの髪も、高い鼻梁も、透ける睫毛も全部綺麗だ。
いつか來も、この笑顔を恋した誰かに向けるのだろう。今、聖利が一瞬の幸福を味わえるのは來の気まぐれと優しい気遣いのため。それなら、このひとときを独り占めしたい。
幸福な青春時代が終わりを告げたとき、何度も思い返せるように、心に刻み付けておきたい。
随分離れてから、聖利は來を見あげてたしなめた。
「おまえが言いづらいことを代わりに言ってやっただけだけど?」
そう言ってニヤニヤ笑うのだからタチが悪い。しかし、正直困っていたタイミングだった。
「……結果、助かったことは否定しない。その……ありがとう」
「どーいたしまして」
「ところで、汗をかいているんだ。離してくれ」
「離したら逃げるだろ?」
「逃げ……寮に向かってないな? どこへ行く気だ」
來の足は学園裏手の丘陵へ向かっている。散策のできる庭園を抜け、林に囲まれた小高い丘へやってきた。実習などで使われる場所だ。朝食前の時間帯、当たり前だが学生は誰もいない。
すっかり顔を出した太陽の光が芝生を染め、朝露をきらめかせている。
「ここでメシ食おう」
そう言って來は芝生にどさりと座る。片手に持っていた袋からコンビニのサンドイッチとおにぎりをガサガサと取りだした。まるで最初からふたり分用意していたかのような量だ。
「聖利を朝飯に誘おうと思ったらおまえ走りに行ってるからさ。迎えに出てきた」
「なんで、僕と朝食なんか」
「そういう気分だったんだよ。聖利、最近いっつもカリカリしてるから、息抜き?」
言い方は挑発的だが、どうやらまた気を遣わせてしまったようだ。オメガになってから、自身を取り巻く環境の変化に若干ついていけないというのが本音だ。もしかして來には一番苛立ちを見せてしまっていたのではなかろうか。
「高坂寮長に頼まれたって件、嘘だろ?」
「ああ、嘘。『楠見野に迷惑かけるな』とは言われたけどな。まあ、ああ言っとけば小村程度の手合いは遠ざけられるだろ」
番の振りではないものの、聖利を守る算段をつけてくれていたのだ。胸がじんと温かい。同時に、聖利は今朝方の夢を思いだす。
「今朝、來の夢を見たよ」
「急になんだよ」
サンドイッチをひとつとペットボトルを放ってよこしながら、來が微笑む。
「中一のとき、ほら来客のご婦人が転んで、僕が保健室におぶって運んだことがあっただろう?」
「あー、誰かのばーちゃんがコケたやつな」
「僕ひとりじゃ運べなくて、おまえがかなり手を貸してくれたのに。全部終わったら來は『俺は何もしてない。聖利が勝手にやった』って言った。さらに、僕に『おまえは格好いい』って」
「そんなこともあったっけな」
とぼけているけれど、きっと覚えている。來の心根は優しい。からかってくるし、素行はよくない。先輩にも教師にもウケが悪い。だけど、温かな心を持っていて、そこに聖利は惹かれてしまったのだろう。
「來はずるいよ。格好いいのはおまえなのに、いつも一歩引いて知らん顔をする。……さっきのこと、本当にありがとう。この朝食も気遣ってくれてありがとう」
「いきなり素直になるなよ。らしくねーぞ、優等生」
苦笑いする來が愛しいと思った。朝陽を浴びる濃いブラウンの髪も、高い鼻梁も、透ける睫毛も全部綺麗だ。
いつか來も、この笑顔を恋した誰かに向けるのだろう。今、聖利が一瞬の幸福を味わえるのは來の気まぐれと優しい気遣いのため。それなら、このひとときを独り占めしたい。
幸福な青春時代が終わりを告げたとき、何度も思い返せるように、心に刻み付けておきたい。
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