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6 頂点に立つ男
第二話
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聖利は言葉を選びながら差し支えない範囲で、來のことを伝えた。抑制剤を飲んでも甘い匂いを感じると言われたこと。離れた場所にいても、匂いをたどって探されてしまうこと。
「彼はその……気遣ってくれているんです。自分のような鼻の利くアルファがいたら危ない、と」
「その彼は、聖利くんのファーストヒート時に保護してくれた青年ですか?」
「……はい」
「彼に対して性的な欲求を感じますか?」
質問に聖利はうつむいた。頬が熱く、なんと答えていいか混乱する。いや、これは真面目な質問だ。バース性にとって生殖の項目は診察の範囲なのだから。ただ、はっきりと答えるのがはばかられ、聖利は小さく頷く程度に留めた。小声で付け足しておく。
「巣作りを……してしまったことが一度」
「なるほど」
言葉を切って、梶は聖利の顔を覗き込むように見つめてくる。先ほどより熱心な様子がうかがえた。
「まずは、聖利くんの数値的に見ると、抑制剤は効いています。きみも自分で定期的に検査する方法は試していますね」
「はい」
極小の医療用注射針で血を取り簡易検査をする方法は、オメガの自己管理として習う。聖利自身、抑制剤が効いているのは数値で知っている。病院の検査なら詳細がわかるかと思ったのに、結果は変わらないようだ。
「なぜ、彼にだけ、抑制剤の効果がないのでしょうか」
「効果がまったくないわけではなく、効果が薄いのでしょう。ふむ、彼だけね」
來は能力が高いアルファだ。通常のアルファよりオメガを感じ取る力が強いのだろうか。
梶が続けた。
「聖利くん、過去の症例ですが、転化オメガには、別のアルファが関わっているケースが多く見られます」
「別のアルファ?」
聞き返す聖利に、梶はPCの液晶に視線を戻しながら頷いた。液晶には論文だろうか、英語の書面が映っている。
「ほとんどのアルファはオメガ遺伝子を持っていて、そのうち一部のアルファだけが転化因子を持っているというのが現段階でわかっていることです。ここからは海外論文の引用ですが、『転化オメガは特定のアルファと継続的、日常的に接し続けることで発現する』という説があります」
特定のアルファ。継続的、日常的に接していたアルファ……。聖利にとってはルームメイトの來だ。
「先生、それは因子を持つアルファを、オメガに転化するよう促せるということですか?」
もし、そんな特別なアルファが來だとしたら。來はアルファをオメガに作り替えられることになる。
「飲み込みが早くて助かります。しかし、私は逆だと思っています」
にっこりと梶が笑った。彼の笑顔を初めて目にし、聖利は少なからず驚いた。
「私が推すのは、選んでいるのはオメガ側であるという説です。転化因子を持つアルファは、『この遺伝子が欲しい』というアルファを見つけると、オメガに身体を作り変え惹きつけるのです。優秀な遺伝子を残すという目的を果たすためにね。“運命の番”というロマンチックな思想より、よほど現実的で理に適った生態だとは思いませんか?」
聖利は言葉が出てこない。その説を信じるなら、來のために自分は身体をオメガに変えたということになる。
(そんなに僕は……來のことを……)
驚きと困惑と、猛烈な羞恥を感じた。梶はどこか楽しそうに続ける。意地悪な目的などなく、純粋に自身の得意分野を語れることが嬉しい様子だ。
「転化オメガは本質的にはアルファなのでしょう。アルファの一系統と言っても過言ではない。優れた子孫を残すことに貪欲。非常に傲慢で知略に富んだ、素晴らしく優秀な種と言えます」
「お医者さまの言葉とは思えないです」
「いや、すみません。私はこの分野が専門なもので。聖利くんの主治医になれたことは、僥倖と思っていますからね」
「正直ですね」
とても楽しそうな梶に苦笑いを返し、聖利は思った。
來のためにオメガになったのだとしたら。來を惹きつけ手に入れるために身体を作り変えたのだとしたら。……確かになんとも傲慢だ。そしてそんな欲深い自分はおおいに頷ける。オメガなら來との未来を望めたかもしれないと、三年間何度も考えたのだから。
「抑制剤、別な種類のものをお出ししましょう。容量は増やさなくてもいいと思います。その彼には効かないかもしれませんが、また状況を教えてください」
一応、真面目な口調に戻り、梶は告げた。
「聖利くんの性成熟が完成し、番を作れるようになるのは三・四年先です。きみはまだ高校一年生ですし、ゆっくり考えてみてもいいのではないですか?」
「……はい」
恥ずかしいような気持ちで頷き、聖利は病院を後にした。
帰り道、空いたバスの座席に座りながらぼうっと考える。
來が欲しくてオメガになった。その事実は、衝撃でもあったが納得もあった。そうだ、だってずっと來が好きだった。
アルファ同士だから告白できない。将来は望めないと気持ちに蓋をしてきたのだ。
それなら、オメガになった今、なぜ來に気持ちを伝えない? 答えは簡単だ。結局アルファであることは、体のいい逃げ口上だったのだ。
怖いだけなのだ。來が好きだから、拒絶されたくない。ライバル関係で切磋琢磨していければいい。少なくとも來の特別な友人ではいられる。……臆病者だ。
聖利は思う。來と話をしてみよう。素直な気持ちで、飾ったり隠したりせずに。
その結果、傷ついても仕方ない。來のためにこの身体は作り変えられた。それでも、聖利自身の身体であることに違いはない。
もし、來への恋に終止符を打つことになったら、新たな気持ちでオメガとして生きて行こう。自分にはそれができるだろう。
「彼はその……気遣ってくれているんです。自分のような鼻の利くアルファがいたら危ない、と」
「その彼は、聖利くんのファーストヒート時に保護してくれた青年ですか?」
「……はい」
「彼に対して性的な欲求を感じますか?」
質問に聖利はうつむいた。頬が熱く、なんと答えていいか混乱する。いや、これは真面目な質問だ。バース性にとって生殖の項目は診察の範囲なのだから。ただ、はっきりと答えるのがはばかられ、聖利は小さく頷く程度に留めた。小声で付け足しておく。
「巣作りを……してしまったことが一度」
「なるほど」
言葉を切って、梶は聖利の顔を覗き込むように見つめてくる。先ほどより熱心な様子がうかがえた。
「まずは、聖利くんの数値的に見ると、抑制剤は効いています。きみも自分で定期的に検査する方法は試していますね」
「はい」
極小の医療用注射針で血を取り簡易検査をする方法は、オメガの自己管理として習う。聖利自身、抑制剤が効いているのは数値で知っている。病院の検査なら詳細がわかるかと思ったのに、結果は変わらないようだ。
「なぜ、彼にだけ、抑制剤の効果がないのでしょうか」
「効果がまったくないわけではなく、効果が薄いのでしょう。ふむ、彼だけね」
來は能力が高いアルファだ。通常のアルファよりオメガを感じ取る力が強いのだろうか。
梶が続けた。
「聖利くん、過去の症例ですが、転化オメガには、別のアルファが関わっているケースが多く見られます」
「別のアルファ?」
聞き返す聖利に、梶はPCの液晶に視線を戻しながら頷いた。液晶には論文だろうか、英語の書面が映っている。
「ほとんどのアルファはオメガ遺伝子を持っていて、そのうち一部のアルファだけが転化因子を持っているというのが現段階でわかっていることです。ここからは海外論文の引用ですが、『転化オメガは特定のアルファと継続的、日常的に接し続けることで発現する』という説があります」
特定のアルファ。継続的、日常的に接していたアルファ……。聖利にとってはルームメイトの來だ。
「先生、それは因子を持つアルファを、オメガに転化するよう促せるということですか?」
もし、そんな特別なアルファが來だとしたら。來はアルファをオメガに作り替えられることになる。
「飲み込みが早くて助かります。しかし、私は逆だと思っています」
にっこりと梶が笑った。彼の笑顔を初めて目にし、聖利は少なからず驚いた。
「私が推すのは、選んでいるのはオメガ側であるという説です。転化因子を持つアルファは、『この遺伝子が欲しい』というアルファを見つけると、オメガに身体を作り変え惹きつけるのです。優秀な遺伝子を残すという目的を果たすためにね。“運命の番”というロマンチックな思想より、よほど現実的で理に適った生態だとは思いませんか?」
聖利は言葉が出てこない。その説を信じるなら、來のために自分は身体をオメガに変えたということになる。
(そんなに僕は……來のことを……)
驚きと困惑と、猛烈な羞恥を感じた。梶はどこか楽しそうに続ける。意地悪な目的などなく、純粋に自身の得意分野を語れることが嬉しい様子だ。
「転化オメガは本質的にはアルファなのでしょう。アルファの一系統と言っても過言ではない。優れた子孫を残すことに貪欲。非常に傲慢で知略に富んだ、素晴らしく優秀な種と言えます」
「お医者さまの言葉とは思えないです」
「いや、すみません。私はこの分野が専門なもので。聖利くんの主治医になれたことは、僥倖と思っていますからね」
「正直ですね」
とても楽しそうな梶に苦笑いを返し、聖利は思った。
來のためにオメガになったのだとしたら。來を惹きつけ手に入れるために身体を作り変えたのだとしたら。……確かになんとも傲慢だ。そしてそんな欲深い自分はおおいに頷ける。オメガなら來との未来を望めたかもしれないと、三年間何度も考えたのだから。
「抑制剤、別な種類のものをお出ししましょう。容量は増やさなくてもいいと思います。その彼には効かないかもしれませんが、また状況を教えてください」
一応、真面目な口調に戻り、梶は告げた。
「聖利くんの性成熟が完成し、番を作れるようになるのは三・四年先です。きみはまだ高校一年生ですし、ゆっくり考えてみてもいいのではないですか?」
「……はい」
恥ずかしいような気持ちで頷き、聖利は病院を後にした。
帰り道、空いたバスの座席に座りながらぼうっと考える。
來が欲しくてオメガになった。その事実は、衝撃でもあったが納得もあった。そうだ、だってずっと來が好きだった。
アルファ同士だから告白できない。将来は望めないと気持ちに蓋をしてきたのだ。
それなら、オメガになった今、なぜ來に気持ちを伝えない? 答えは簡単だ。結局アルファであることは、体のいい逃げ口上だったのだ。
怖いだけなのだ。來が好きだから、拒絶されたくない。ライバル関係で切磋琢磨していければいい。少なくとも來の特別な友人ではいられる。……臆病者だ。
聖利は思う。來と話をしてみよう。素直な気持ちで、飾ったり隠したりせずに。
その結果、傷ついても仕方ない。來のためにこの身体は作り変えられた。それでも、聖利自身の身体であることに違いはない。
もし、來への恋に終止符を打つことになったら、新たな気持ちでオメガとして生きて行こう。自分にはそれができるだろう。
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