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6 頂点に立つ男
第五話
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追いすがってきた足の速いひとりを思い切り蹴り倒した。しかし、そのわずかな間で他の四人が追い付いてくる。掴まれた腕を振り払えないでいるうちにタックルのように飛びつかれ、低木の茂みに引き倒された。寮の横にあるプレハブの用具小屋の裏手に引きずり込まれる。大声をあげようとしたが、すぐに口をふさがれた。上にのしかかってきたのは添川だ。
「黙って俺の番になっていればよかったのに。よくも俺をコケにしてくれたな」
他の男たちが四肢を押さえる。まずい、これでは逃げることができない。
添川が醜い愉悦の顔で見下ろしてくる。
「これから、貴様を抱いてやろう。俺のメスになれることを光栄に思え。番にもしてやる。おまえが嫌がろうが、オメガなんて首を噛んでしまえば俺のものだからな」
この男は知らないのだ。聖利がまだ番を作れるオメガにはなっていないと。
ここでこの連中に輪姦されたとして、聖利は誰のものにもならない。かといって、犯罪者たちに身体を自由にされるのは御免だ。
おそらく、何かひとつ騒ぎを起こせば助けはくる。この場所なら、誰かが見つけてくれる。何をしたらいい? 何を……。
冷静に考えているつもりで、頭に浮かぶのは來の顔だった。來に会いたい。こんなやつらに自由にされる前に、來のものになりたかった。
諦めるなと思いながら、涙が滲んでくる。
もっと早く好きだと言えばよかった。素直に伝えればよかった。臆病な自分が馬鹿だったのだ。
來に会いたい。來に。
「そうやっておとなしく泣いていろ。オメガなんて突っ込めばすぐに……」
添川の言葉が途切れたのと、その身体が思い切り真横に吹っ飛ぶのは同時だった。何が起こった?
引き倒されたままの聖利の目に、月光を背負った來の姿が見えた。
息を切らし、冷たいまでの美貌は蒼白で凄みすら感じる。添川を殴り飛ばした拳がぶるぶる震えていた。
「てめぇら、聖利に何をした」
底冷えのする声が響く。整った顔が怒りに染まるのが見えた。男たちが聖利から手を離し、後退る。本能的に來の持つ迫力に気圧されているのがわかる。
「聖利に触ってタダで済むとは思ってねえだろうな。覚悟しろよ」
止める間はなかった。暴漢たちは数秒のうちに、來に殴り倒され、蹴り揚げられ地面に沈んだ。
まるで野生の獣のようにしなやかで力強い立ち回りだった。頬に飛んだ返り血すら美しい。
來は首謀者を逃がす気はないようだ。ずるずると這って逃げようとする添川を捕まえ、前髪を掴み上げた。
「おいおい、好き勝手やっておいて逃げるのはねぇわ」
目は血走り、激しい怒りで声は嘲笑しているように聞こえる。
「一度見逃してやったってのに馬鹿だな。やっちゃいけないことを繰り返すのは、どういう了見だ? 直接身体に教えた方がいいか」
「ゆ、るしてくれ……」
來の目がぎらりと光り、口元がにいっと不穏に引き上げられた。
いけない。聖利は飛び起き、來の腕にすがりついた。
「やめろ、來!」
「駄目だ。こいつはおまえを傷つけた。生かしておいたらおまえのためにならない」
來は引く気はないようだ。しかし、これ以上は過剰防衛である。來の進退に関わる。聖利は必死に來に言い募る。
「僕は大丈夫だ。何もされていない」
「聖利を害そうと考えただけで罪だ」
「これからは、おまえが守ってくれればいい!」
怒鳴るように言った言葉に、來がこちらを見た。凶暴な瞳の色が薄れている。聖利は來の腕を引き、添川から引きはがした。
「……來が僕を守れば、この先危険なことは起こらない。問題ないだろう?」
聖利は來を見上げ訴えるように言った。こんな男のために來が将来を棒に振る必要はない。
すると、來がこくんと子どものように頷いた。
「わかった」
どうやら、納得してくれたようだ。というより、聖利の言葉はかなり効果があったようで、來の怒りと興奮は小康状態となっている。
時を同じくして、遠く聞こえていたざわめきが近づいてきた。ふたりが顔をあげると、高坂や島津、一般の生徒らが複数名こちらに走ってくる。
「楠見野! 怪我はないか?」
高坂が駆け寄ってきた。事態はもうあらかたわかっているようだ。
「はい、お陰様で」
遠くパトカーのサイレンが聞こえる。校門の方向も騒がしい。
「警察を?」
「状況を考えたらそうすべきだと思った」
高坂は苦渋の表情をし、島津と並んで地面に座り込む添川に近づく。
「添川、残念だ。こんなことになるなんて」
添川は放心したように何も答えなかった。
聖利の腰に手を回し、來が寄り添う。髪に顔を埋めてくるのを振り払う気はなかった。來の温度と香りに心から安堵し、聖利はそっとこめかみを來の頬に押し当てた。
「黙って俺の番になっていればよかったのに。よくも俺をコケにしてくれたな」
他の男たちが四肢を押さえる。まずい、これでは逃げることができない。
添川が醜い愉悦の顔で見下ろしてくる。
「これから、貴様を抱いてやろう。俺のメスになれることを光栄に思え。番にもしてやる。おまえが嫌がろうが、オメガなんて首を噛んでしまえば俺のものだからな」
この男は知らないのだ。聖利がまだ番を作れるオメガにはなっていないと。
ここでこの連中に輪姦されたとして、聖利は誰のものにもならない。かといって、犯罪者たちに身体を自由にされるのは御免だ。
おそらく、何かひとつ騒ぎを起こせば助けはくる。この場所なら、誰かが見つけてくれる。何をしたらいい? 何を……。
冷静に考えているつもりで、頭に浮かぶのは來の顔だった。來に会いたい。こんなやつらに自由にされる前に、來のものになりたかった。
諦めるなと思いながら、涙が滲んでくる。
もっと早く好きだと言えばよかった。素直に伝えればよかった。臆病な自分が馬鹿だったのだ。
來に会いたい。來に。
「そうやっておとなしく泣いていろ。オメガなんて突っ込めばすぐに……」
添川の言葉が途切れたのと、その身体が思い切り真横に吹っ飛ぶのは同時だった。何が起こった?
引き倒されたままの聖利の目に、月光を背負った來の姿が見えた。
息を切らし、冷たいまでの美貌は蒼白で凄みすら感じる。添川を殴り飛ばした拳がぶるぶる震えていた。
「てめぇら、聖利に何をした」
底冷えのする声が響く。整った顔が怒りに染まるのが見えた。男たちが聖利から手を離し、後退る。本能的に來の持つ迫力に気圧されているのがわかる。
「聖利に触ってタダで済むとは思ってねえだろうな。覚悟しろよ」
止める間はなかった。暴漢たちは数秒のうちに、來に殴り倒され、蹴り揚げられ地面に沈んだ。
まるで野生の獣のようにしなやかで力強い立ち回りだった。頬に飛んだ返り血すら美しい。
來は首謀者を逃がす気はないようだ。ずるずると這って逃げようとする添川を捕まえ、前髪を掴み上げた。
「おいおい、好き勝手やっておいて逃げるのはねぇわ」
目は血走り、激しい怒りで声は嘲笑しているように聞こえる。
「一度見逃してやったってのに馬鹿だな。やっちゃいけないことを繰り返すのは、どういう了見だ? 直接身体に教えた方がいいか」
「ゆ、るしてくれ……」
來の目がぎらりと光り、口元がにいっと不穏に引き上げられた。
いけない。聖利は飛び起き、來の腕にすがりついた。
「やめろ、來!」
「駄目だ。こいつはおまえを傷つけた。生かしておいたらおまえのためにならない」
來は引く気はないようだ。しかし、これ以上は過剰防衛である。來の進退に関わる。聖利は必死に來に言い募る。
「僕は大丈夫だ。何もされていない」
「聖利を害そうと考えただけで罪だ」
「これからは、おまえが守ってくれればいい!」
怒鳴るように言った言葉に、來がこちらを見た。凶暴な瞳の色が薄れている。聖利は來の腕を引き、添川から引きはがした。
「……來が僕を守れば、この先危険なことは起こらない。問題ないだろう?」
聖利は來を見上げ訴えるように言った。こんな男のために來が将来を棒に振る必要はない。
すると、來がこくんと子どものように頷いた。
「わかった」
どうやら、納得してくれたようだ。というより、聖利の言葉はかなり効果があったようで、來の怒りと興奮は小康状態となっている。
時を同じくして、遠く聞こえていたざわめきが近づいてきた。ふたりが顔をあげると、高坂や島津、一般の生徒らが複数名こちらに走ってくる。
「楠見野! 怪我はないか?」
高坂が駆け寄ってきた。事態はもうあらかたわかっているようだ。
「はい、お陰様で」
遠くパトカーのサイレンが聞こえる。校門の方向も騒がしい。
「警察を?」
「状況を考えたらそうすべきだと思った」
高坂は苦渋の表情をし、島津と並んで地面に座り込む添川に近づく。
「添川、残念だ。こんなことになるなんて」
添川は放心したように何も答えなかった。
聖利の腰に手を回し、來が寄り添う。髪に顔を埋めてくるのを振り払う気はなかった。來の温度と香りに心から安堵し、聖利はそっとこめかみを來の頬に押し当てた。
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