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番外編
上級生ふたり
しおりを挟む三井寺融は学内のカフェテラスにいた。寮の食堂ではない。学生や教員が昼食時に使えるカフェだ。昼食は自由で、カフェ以外にもコンビニはあるし、弁当の販売もある。安くて量が多いこのカフェは男子校生たちの胃袋を満たす一番人気の場所だ。
とはいえ、融がカフェにいるのは昼食目的ではない。
十六時半、すでに営業を終えたカフェはがらんとしていて、午後の日差しが差し込んでいた。時折、自動販売機にジュースを買いに来た生徒が、端整な生徒会長の姿を遠目に眺めては去っていく。
さほど待たずに待ち人はやってきた。
「やあ、泰二、時間通りだね」
やってきたのは学生寮を束ねる高坂泰二である。
「コーヒー、買ってくるから少し待っててくれ」
「ああ、もちろん」
高坂泰二は鞄を椅子に置くと、自動販売機へ向かって行った。その姿を、融は見るでもなく見つめる。
片や生徒会長、片や寮長。ともにアルファであり、学業優秀は折り紙付き。そんなふたりが週に一度、放課後に自習をする。どんなに忙しくともお互いのためだけの時間を二時間ほど取る。
それは、中学時代からふたりが決めている唯一の約束事だった。
「……先日の違反者の件、どうなった?」
泰二が席に着くなり融は尋ねた。邪魔が入らないこのひとときに、お互い役職の情報共有をすることが多い。泰二は苦笑いで嘆息し、肩をすくめる。
「夜間の無許可外出な。一応、実家への通告と反省文で済ませた」
「優しいね」
融はタブレットをタップし、テキストを開く。泰二がタブレットとノートを鞄から取り出し、無造作にテーブルに置いた。
「夜間の脱出は海瀬っていう前例があるから強く叱れないんだよな。まあ、寮長として、指導はするけれど」
海瀬來は一年きっての問題児。学園に莫大な出資をしている海瀬グループの御曹司で、クレバーな頭脳を面倒事から逃げることばかりに使うので教師陣も手を焼いていた。寮長の泰二たちには『海瀬については寛大な心で見てほしい』と学校側からお達しがきていたという。
「その海瀬は、ずいぶんおとなしくなったらしいじゃないか。最近は夜間の外出はなくなり、土日に許可付きの外出しかしなくなったと」
「その理由は、融も知っての通りだろ」
融はふっと微笑んだ。生徒会に入ったオメガの一年生の顔を思い出す。修豊真船で唯一のオメガ・楠見野聖利は、才気煥発な生徒だ。
海瀬來が彼の番であるというのは、まことしやかに流れる噂であり、実際海瀬も楠見野を守るように振舞っている。
楠見野曰く、まだ正式な番ではないそうだ。
『いずれはそうなるのかな?』と融が尋ねたとき、いつもは凛々しい楠見野が初々しく頬を染めて、こくんと頷いたのが印象的だった。
「海瀬くらい周囲に牽制バリバリなのは、楠見野のためになるよ。能力を疎まれるだけならまだしも、オメガというだけで不利な立場になりやすい」
泰二が言うのは、一学期に楠見野が襲われかけた事件だろう。主犯は、泰二にとっては長く苦楽をともにしてきた仲間・添川だった。泰二がどれほどショックだったか、そして防げなかったことを悔いているか融は知っている。
「海瀬を見ていると、昔の泰二を思い出すよ」
「はあ? そうか?」
「上級生にいじめられた俺を守ってくれた。忘れたかい?」
フランス人の祖母の血を濃く継ぎ、色素が薄く日本人離れしていた融は、入学当初中等部の上級生に目を付けられ、嫌がらせを受けたのだった。
上級生を殴ってまで止めてくれたのは高坂泰二だ。そのせいで泰二は停学になりかけた。
「そうだったかなあ」
泰二がペンを置いて笑った。とぼけた口調なのは、こちらに気を使わせたくないからだろう。
明るいオーラをまとい、周囲を引き付ける覇気を持った高坂泰二は、中学一年で出会った頃から変わっていない。
(泰二が忘れても、俺は忘れないよ)
融は心の中でつぶやく。
楠見野聖利と海瀬來というお似合いの恋人同士を見て、心がざわめかないわけではない。自分と高坂泰二は彼らより長い期間、互いを見てきたつもりだ。
友情よりも濃い絆があると、実感を持ってわかる。しかし、それを変える気持ちがない。
少なくとも、融には踏み出す踏ん切りはつかない。
泰二といれば、今この瞬間が完璧だと感じる。おそらく、泰二もまたそう感じているだろう。
しかし……。
しばし、ふたりは無言で課題に取り組んだ。
「生徒会選挙も終わって、融の任期もあと半月だな」
視線は課題に向けたまま、泰二が口を開いた。
「そうだね」
「長らくお疲れ様」
「泰二こそ、お疲れ様。寮長の任期が十二月まであると、受験勉強に障らないか?」
「それは平気。でもさ、……てっきり融も帝立大だと思ってた」
泰二が言葉を切って、それから付け足すように言った。
「違うんだな。王敬の推薦だって?」
融は曖昧に微笑む。泰二の視線が一瞬こちらに向けられたように感じたが、顔はあげない。
「うちは父も祖父も王敬大だからね。中学で修豊真船に入るのも本当は反対されたんだよ。王敬の付属に行けって」
「へえ、初耳だな」
「俺が家から離れたかったんだ。家族仲が悪いわけじゃないけれど、うちは姉が優秀だから、比べられる環境が苦手だった」
「それはなんかわかるよ。俺も兄貴が優秀だからなあ。アルファの家庭はどこもデフォルトの値が高いから、言葉にできない息苦しさがあるのかもな」
嘆息して、泰二が続ける。
「でも、俺は融も一緒に帝立だと勝手に思ってた。進路が離れるのが、寂しいっていうかな」
「可愛いことを言うんだね、泰二は」
融はようやく顔をあげ、わかりやすい笑顔を作って見せる。すると、泰二が子どものように不満げな顔を向けた。
「これだけ長く一緒にいたら、そういう気分にもなるだろ」
同じ時間を過ごした人間は学年の人数分いる。そんな中で、泰二が自分を特別に思っていることが、融の心のよりどころでもあった。自分もまた、高坂泰二こそが唯一無二。
「学校が変わっても仲良くしてねぇ」
泰二が幼女のような口ぶりと上目遣いで見つめてくるので、思わず素で笑ってしまった。
「そうだね。泰二が寂しいなら」
「ああ、融がいなかったら、寂しい」
「泰二」
融は顔をあげ、ひと呼吸分息を詰めた。空気が変わったのを泰二は敏感に感じ取る。手を止め、同じように顔をあげた。
「どうした?」
お互いにだけ通じる空気がそこにあった。一度だけ、賭けてみよう。急くような心地で、融は口を開いた。
「俺は今の関係でいいと思ってるよ。だけど、きみがこの関係を変えたいと思う時が来たら、言ってくれ」
泰二は返事をせず、じっとこちらを見つめている。真摯な瞳は狼狽えてはいない。
どう答えれば過たず気持ちが伝わるか思案しているのだろう。この一瞬の沈黙にすら、互いの信頼が満ちている。
「融が大事だ」
ようやく泰二が口を開いた。融は頷く。
「うん」
「その時は俺が決めていいってことだよな」
「そうだよ」
融の返事に、泰二がふうと息を吐き、それから満面の笑みになった。
「わかった。あまり待たせない」
ああ、やはりこの男は同じ温度と質量で応えてくれる。融は安堵と喜びで頬を緩めた。
未来の確約など、今の自分たちには不相応だ。同性のアルファ同士、言い表せない葛藤がある。
だけど、泰二が望んでくれる日がきたら、融は受け入れる。
その約束ができただけで充分だ。
「馬鹿だな、泰二。俺は待ってなんかいない」
照れ隠しには聞こえないだろうか。ふっと笑って融が答えると、泰二がわずかに椅子から腰を浮かせた。顔を近づけてささやく。
「俺が結構我慢してるって、融は知らないだろう。本当に罪深いよ」
その笑みを含んだ言葉に、融は今日初めて表情を揺らがせ、困った顔でうつむいたのだった。
(end)
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