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番外編
若葉の頃
しおりを挟む『こんなに綺麗な男がいるのか』
中学一年、入学式で初めて楠見野聖利を見たとき、海瀬來はそう思った。
陶器のように白く透明感のある肌、艶のある黒髪、他の人間よりも黒が深い瞳は大きく、華奢な背格好も相まって人形のようだった。
中学一年の新入生たちは、ほんの数週間前までランドセルを背負っていた年頃だけあって、誰もがまだ子どもの顔立ちである。楠見野聖利がいかに愛らしく麗しくとも、同じく女子と見紛うような者だっている。
しかし、來は楠見野聖利から目が離せなかった。
別格だ。いや、むしろ楠見野聖利の周りだけが白く光ってクリアに見える。
新入生代表の挨拶で壇上に上がったのは楠見野聖利で、その名前もこの瞬間に知った。
『……新入生代表、楠見野聖利』
声変わり前の甘い声が名乗る。小さな唇は果実のように赤く、正面から見た瞳はいっそう大きく濡れたように輝いていた。
あれは、男だ。來は自分に言い聞かせる。同じブレザーを着て、この名門の男子校にいる。
十二歳、來の身長はすでに百七十センチを超え、ありとあらゆるスポーツに親しんできた身体は同世代と比べて厚みがあった。
自分と比べたら、楠見野聖利は確かに華奢だが、それでも男。同性から目が離せないなんて、変な話ではないか。
さらに代表ということなら、学科試験の成績はトップのはず。
そして、もれなくそういった人間はアルファだ。
(おもしれー……)
あの綺麗な男の視界に入りたい。來は自然とそう思っていた。
理由は自分でも説明できないが、優秀な人間は好きだ。そして、あの愛らしいのにツンとした容貌に心惹かれた。
ひと目見て気位が高そうだとは思った。誰彼構わず仲良くする親しみやすいタイプではない。
勉強ばかりしてきた優等生なら、友人は少ないだろうし、どちらかというと他者への興味は薄いはず。
どうやったら気を引けるか、來は真剣に考えた。
元より成績は優秀である。少々真面目にやってみることにして、見事最初の定期テストでは一位を取った。
貼り出された成績に、楠見野聖利は愕然としたようだ。表情こそ必死に冷静さを保とうとしていたが、顔色は明らかに悪く、唇をかすかに噛み締めていた。
そこへ近づいて行ってひと言。
『おまえ、ホント真面目ちゃんだよな』
來の言葉に聖利が顔をあげた。自分から一位の座を奪った存在に最初に見せたのは、ぎらついた敵愾心。
そのわかりやすい様子に、來の胸は高鳴った。
『僕は普通だ』
『入試トップっておまえだろ。この前のテストで俺に負けて悔しい?』
わざと煽る言葉を吐くと、堂々とした視線を向けられた。そこにはすでに怒りはなく、純然たる競争意識と誇りが垣間見えた。
『そんなこと気にならない。どうせ次は僕が勝つから』
『へえ、気ィ強』
来は初めて交わした会話に浮かれていた。楠見野聖利は綺麗なだけじゃない。賢く、胆力のある男だ。この男は面白い。きっと一緒にいて、退屈しない。
來の十二年間は概ね平穏すぎた。何を課されてもたいした努力もなくこなせたし、ライバル足りえる存在もなかった。そんな自分の高い能力と、海瀬グループの跡継ぎという決まり切った将来に少々飽き飽きしていた。
(こんなところで面白いヤツと会えた)
来は十センチ以上下にある聖利の頭をぽんぽんと撫で、軽い口調で言う。
『楠見野聖利、苗字呼びづらいから名前で呼ぶわ。おまえも名前で呼べよ』
『そこまで親しくする気はない』
『わかんないよ。案外、親友になれるかも』
あきらかに『は?』という顔をする聖利を見たら、おかしくて笑ってしまった。冷静ぶろうとしているのに、ちょいちょい感情が顔に出る。そのわかりやすいところが可愛い。
最初は自然発生的な引力を感じた。興味を持って近づけば、思わぬ力強さを見せられた。
この男に勝つのは骨が折れるだろう。だけど、勝とうという意思を見せ続ける限り、彼は対抗し闘ってくれるはず。
楽しい六年間は確約である。
『仲良くしようぜ、聖利』
『いや、遠慮しておくよ』
まさか、この感情がそう時間を置かず変質していくなど、このときの來は知る由もなかった。
*
「來? どうした?」
呼ばれて隣を見ると、コーヒー牛乳のパックを手に聖利が來の顔を覗き込んでいた。ふたりは昼休みの喧騒を逃れて、家庭科室のベランダで休憩をしているところである。専科の教室は施錠されていない部屋もあるので、教室に人が多い時などはこうしてふたりで抜け出してきて過ごしている。
とはいえ、同じように人の多い場所を避けている生徒もいるし、廊下は誰でも通りかかるので完全にふたりきりではない。そして、來も聖利もよく目立つ生徒だ。
「あ―――……」
「考え事か?」
聖利は大きな黒い目でじっと來を観察してくる。ぼんやりしていた原因を探ろうとしているのだろう。來はふっと笑う。
「ちょっと昔を思い出してた」
「昔?」
「俺が聖利のことを好きになった頃のこと」
「なんで急に」
聖利がわかりやすく照れた顔になった。アルファ同士として出会い、ライバルとして切磋琢磨してきた自分たち。まさか聖利がオメガになるとは思わなかったが、そんな運命がなくとも來は聖利への気持ちを消せはしなかっただろう。
「おまえが可愛くて、気を引きたくて一生懸命だったな、俺って」
「からかってただけじゃないか」
「バーカ。からかいたいだけで毎回学年二位なんか取り続けられるかっての。まあ、毎回一位を目指しておまえに勝てなかったわけなんだが」
成績で引き離されれば、聖利の興味は自分から離れるだろう。そう思って、來は努力してきた。結果、今日までずっと聖利に次ぐ成績を修めている。
「僕は……來は努力しなくても頭がいいんだと思ってた。ずるいなって」
「んなわけあるかよ。……最初は聖利の視界に映りたかった。本当にそれだけだった」
來はふうと息をつき、聖利のコーヒー牛乳を奪うとひと口飲んで返す。
「それがいつのまにか、おまえに好かれたいって感情に変わってた」
「ぼ、僕だって、來に追い越されたくなくて必死だった。來は勉強も運動もできるから、格好良くて、目が離せなくなって……」
聖利の語尾は小さくなって聞こえなくなった。恥ずかしそうにしている姿も愛しいと思う。
聖利に惹かれていた感情がアルファの本能なのか、純粋な恋なのか、來にはわからない。しかし、執着が恋だと気づき、もし聖利がこちらを見てくれたときには実家すら捨てようと思い詰めていた自分の感情は、深い愛に根差したものだろう。そこに性差はおそらく関係ないのだ。
「なんか照れるから、この話はやめない?」
今更な告白をし合ったせいか、聖利は目に見えて頬を赤くして困っている。可愛い恋人の横顔を見ていたら、來の中で愛情と欲望がむくむくと湧き上がってきた。
「そんな顔すんな。この場で抱くぞ」
「駄目だ」
ささやいて腰を抱こうすると、腕を突っ張って距離を取られた。
「來と僕が番だって噂は流れてるし、否定する気はないけど、パブリックな場で性的な触れあいは駄目だ」
「番なら、腰抱くくらい普通だろう」
「僕らはまだ学生だからね。そういったふれあいも、大人になってからだよ」
何を言っているのやら。昨晩も來の腕の中で甘い声をあげていたのは誰だったか。きつく締め付け、『もっとして』『いっぱい突いて』とおねだりしていたのは誰だったか。
來の不満げな表情と言わんとしていることを察したのか、聖利はいっそう赤い顔になり、眉を吊り上げた。
「とにかく! いずれ來の正式な番になったら、どこへだっておまえに腰を抱かれて登場してあげるさ」
「言ったな。海瀬グループのパーティーを楽しみにしておけ」
聖利が「受けて立つよ」と笑い、來も笑った。それから、どうしても我慢できなくて、一瞬だけ唇を重ねた。
不意を突かれた聖利がゆでだこ状態で声を失っていたけれど、構うものかと思った。
來の最愛は、今となりにいる。愛しい愛しいたったひとりのオメガ。未来の番。
(end)
お読みいただきありがとうございました。
2025.2.10 さち喜
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