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第151話:エルドリアへの道と聖域の新たな住人、そしてアキオの苦悩
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アキオの町に春の陽気が満ちる中、中央館では一つの温かい儀式が執り行われていた。長年連れ添い、愛娘ゲルダも生まれたドルガン親方とヘルガさんが、アキオとシルヴィアの立ち会いのもと、町の皆に祝福され、正式に夫婦としての誓いを立てたのだ。シルヴィアが、この世界の慣習に倣ってささやかながらも厳粛な言葉を述べ、ヘルガはドルガン親方の「正妻」として、改めてその絆を確かなものとした。 若いドワーフの娘フレイヤも、その光景を感慨深げに見つめていた。彼女は、ドルガンとヘルガの温かい家庭に家族の一員として迎え入れられ、ドルガン親方から鍛冶の基礎を学び始めたり、ヘルガの家事を手伝ったりと、少しずつこの町に馴染んできている。その純粋で真面目な働きぶりは、早くも町の皆から好感を持たれていた。
そんなある日、商人ヨハンの使いと名乗る者が、ヴァルト子爵からの定期便と共に、エルドリアに関する決定的な吉報を携えてアキオの町に到着した。 「アキオ様、セレスティーナ様、レオノーラ様! エルドリアの『暁の鷲』より、確かな知らせが!」 使者は、興奮した面持ちで語り始めた。ガルニア帝国軍は、本国の政変により、エルドリアの主要地域から完全に撤退。クリストフ王子率いる抵抗勢力は、旧王都こそまだ奪還には至らないものの、その周辺の広大な地域といくつかの重要都市を解放し、新たなエルドリア王国の中核として急速に体制を整えつつあるという。そして何よりも、かつてセレスティーナたちが命からがら逃れてきた山越えの険しい道ではなく、帝国軍が撤退した主要街道の安全が確保され、ヴァルト子爵領からエルドリアの解放地域まで、馬車でも比較的安全に、かつ迅速に到達できるようになったというのだ! アキオたちが送った生命樹の秘薬も無事に届けられ、多くの負傷者の命を救い、抵抗勢力の士気を大いに高めたとも報告された。 「クリストフが…! そして、故郷への道が…!」 セレスティーナは、その知らせに感極まり、レオノーラと手を取り合って涙を流した。故国への帰還という選択肢が、今、現実のものとして目の前に現れたのだ。
その吉報から数日後。ヴァルト子爵(あるいは子爵夫人リーゼロッテ)から約束されていた、「産婆見習い」としてのアキオの町への派遣団が、立派な数台の馬車と、贈答品である数頭の良質な馬と共に到着した。 一行を率いてきたのは、以前も使者として訪れたゲルトだった。そして、彼に連れられてきたのは、二十代から三十代を中心とした、十数名の若い女性たち。彼女たちこそ、先の森の主の暴走や、それに続く混乱の中で夫を亡くした未亡人たちだった。 アキオは、シルヴィアから事前に聞かされていた「彼女たちの本当の願い(子を成し、新しい家庭を築きたい)」と、「その中にアキオの好みかもしれない女性がいる」という言葉を胸に、複雑な思いで彼女たちを出迎えた。 未亡人たちは、長旅の疲れも見せず、しかしどこか緊張した面持ちでアキオの前に整列した。明るく快活そうな女性、物静かで伏し目がちな女性、少しぶっきらぼうだが芯の強そうな女性と、その個性は様々だ。だが共通しているのは、その瞳の奥に宿る、未来への僅かな希望と、そして生き抜いてきた者だけが持つ、ある種の覚悟だった。 彼女たちは、産婆見習いとしてマーサの指導を受ける傍ら、中央館の拡張された居住区画(かつて使用人部屋として計画されていたが、今は快適な個室群となっている)に住まい、共同で館の管理(清掃、洗濯、炊事、育児の手伝いなど)も受け持つことになった。その仕事ぶりは驚くほど真面目で手際が良く、特に館の整理整頓に関しては「家を散らかすと容赦がない」と、早くもアキオ家の子供たち(特にやんちゃ盛りの男の子たち)にとっては、少し手強い存在となりつつあった。
アキオは、そんな彼女たちの姿を目にするたび、シルヴィアから聞いた言葉を思い出しては、内心穏やかではいられなかった。彼女たちが子を望んでいるとしても、そしてその中に自分の「好み」の女性がいたとしても、夫を亡くしたばかりの彼女たちに、そのような下心を持って接することはできない。しかし、彼女たちの真摯な働きぶりや、時折見せる寂しげな表情に触れると、何か力になってやりたいという気持ちも湧き上がってくる。 (俺は、どうすべきなんだ…? あの子たちは、新しい人生を求めてここに来たんだ。俺が、その…) 一方で、未亡人たちは、アキオに対しては町の長として、また多くの妻と子を持つ家長として、敬意を払いこそすれ、どこか一線を引いた、サバサバとした態度で接することが多かった。子を望むという切実な想いは内に秘め、決して媚びたり、男性に安易に頼ったりするような素振りは見せない。その潔さが、アキオをさらに戸惑わせ、そして彼女たちの強さと健気さに、深く心を打たれるのだった。 (もしかしたら、俺が油断しているだけなのかもしれないな…いつか、何かのきっかけで、俺は…) アキオは、そんな予感を胸の奥に感じつつも、今はただ、彼女たちがこの町で安心して新しい生活を始められるよう、温かく見守るしかないと考えていた。その「うっかり」が現実のものとなるのは、まだ少しだけ先の話である。
アヤネとキナの二人目・三人目のご懐妊も順調が進み、シルヴィアのお腹も日に日に大きくなっている。アウロラは、双子の御子アキラとアケミの育児の傍ら、いよいよ「廃墟の再生準備」に本格的に着手し始めており、生命樹の下で瞑想し、その計画を練る姿が度々見かけられた。 アキオの町は、エルドリアへの道が開かれ、そして新たな住人たちを迎えたことで、また一つ、大きな変化の時を迎えようとしていた。
そんなある日、商人ヨハンの使いと名乗る者が、ヴァルト子爵からの定期便と共に、エルドリアに関する決定的な吉報を携えてアキオの町に到着した。 「アキオ様、セレスティーナ様、レオノーラ様! エルドリアの『暁の鷲』より、確かな知らせが!」 使者は、興奮した面持ちで語り始めた。ガルニア帝国軍は、本国の政変により、エルドリアの主要地域から完全に撤退。クリストフ王子率いる抵抗勢力は、旧王都こそまだ奪還には至らないものの、その周辺の広大な地域といくつかの重要都市を解放し、新たなエルドリア王国の中核として急速に体制を整えつつあるという。そして何よりも、かつてセレスティーナたちが命からがら逃れてきた山越えの険しい道ではなく、帝国軍が撤退した主要街道の安全が確保され、ヴァルト子爵領からエルドリアの解放地域まで、馬車でも比較的安全に、かつ迅速に到達できるようになったというのだ! アキオたちが送った生命樹の秘薬も無事に届けられ、多くの負傷者の命を救い、抵抗勢力の士気を大いに高めたとも報告された。 「クリストフが…! そして、故郷への道が…!」 セレスティーナは、その知らせに感極まり、レオノーラと手を取り合って涙を流した。故国への帰還という選択肢が、今、現実のものとして目の前に現れたのだ。
その吉報から数日後。ヴァルト子爵(あるいは子爵夫人リーゼロッテ)から約束されていた、「産婆見習い」としてのアキオの町への派遣団が、立派な数台の馬車と、贈答品である数頭の良質な馬と共に到着した。 一行を率いてきたのは、以前も使者として訪れたゲルトだった。そして、彼に連れられてきたのは、二十代から三十代を中心とした、十数名の若い女性たち。彼女たちこそ、先の森の主の暴走や、それに続く混乱の中で夫を亡くした未亡人たちだった。 アキオは、シルヴィアから事前に聞かされていた「彼女たちの本当の願い(子を成し、新しい家庭を築きたい)」と、「その中にアキオの好みかもしれない女性がいる」という言葉を胸に、複雑な思いで彼女たちを出迎えた。 未亡人たちは、長旅の疲れも見せず、しかしどこか緊張した面持ちでアキオの前に整列した。明るく快活そうな女性、物静かで伏し目がちな女性、少しぶっきらぼうだが芯の強そうな女性と、その個性は様々だ。だが共通しているのは、その瞳の奥に宿る、未来への僅かな希望と、そして生き抜いてきた者だけが持つ、ある種の覚悟だった。 彼女たちは、産婆見習いとしてマーサの指導を受ける傍ら、中央館の拡張された居住区画(かつて使用人部屋として計画されていたが、今は快適な個室群となっている)に住まい、共同で館の管理(清掃、洗濯、炊事、育児の手伝いなど)も受け持つことになった。その仕事ぶりは驚くほど真面目で手際が良く、特に館の整理整頓に関しては「家を散らかすと容赦がない」と、早くもアキオ家の子供たち(特にやんちゃ盛りの男の子たち)にとっては、少し手強い存在となりつつあった。
アキオは、そんな彼女たちの姿を目にするたび、シルヴィアから聞いた言葉を思い出しては、内心穏やかではいられなかった。彼女たちが子を望んでいるとしても、そしてその中に自分の「好み」の女性がいたとしても、夫を亡くしたばかりの彼女たちに、そのような下心を持って接することはできない。しかし、彼女たちの真摯な働きぶりや、時折見せる寂しげな表情に触れると、何か力になってやりたいという気持ちも湧き上がってくる。 (俺は、どうすべきなんだ…? あの子たちは、新しい人生を求めてここに来たんだ。俺が、その…) 一方で、未亡人たちは、アキオに対しては町の長として、また多くの妻と子を持つ家長として、敬意を払いこそすれ、どこか一線を引いた、サバサバとした態度で接することが多かった。子を望むという切実な想いは内に秘め、決して媚びたり、男性に安易に頼ったりするような素振りは見せない。その潔さが、アキオをさらに戸惑わせ、そして彼女たちの強さと健気さに、深く心を打たれるのだった。 (もしかしたら、俺が油断しているだけなのかもしれないな…いつか、何かのきっかけで、俺は…) アキオは、そんな予感を胸の奥に感じつつも、今はただ、彼女たちがこの町で安心して新しい生活を始められるよう、温かく見守るしかないと考えていた。その「うっかり」が現実のものとなるのは、まだ少しだけ先の話である。
アヤネとキナの二人目・三人目のご懐妊も順調が進み、シルヴィアのお腹も日に日に大きくなっている。アウロラは、双子の御子アキラとアケミの育児の傍ら、いよいよ「廃墟の再生準備」に本格的に着手し始めており、生命樹の下で瞑想し、その計画を練る姿が度々見かけられた。 アキオの町は、エルドリアへの道が開かれ、そして新たな住人たちを迎えたことで、また一つ、大きな変化の時を迎えようとしていた。
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