186 / 387
第186話:最終調整と、夜食に込めた想い
しおりを挟む
ブォォォン……!
聖域の叡智が結集した動力炉が、力強く、そして安定した鼓動を始めた。工房に満ちる純粋なエネルギーの奔流を前に、アキオ、凛、そしてドルガン親方は、しばし言葉もなく、その歴史的な光景に見入っていた。
「やった…! やりましたわ、アキオ様!」
最初に沈黙を破ったのは、凛だった。彼女の冷静な表情は、抑えきれない興奮と感動に紅潮し、その瞳は喜びの涙で潤んでいた。
「ああ…! 俺たちの夢の、心臓が生まれた…!」
アキオもまた、感無量の面持ちで頷く。ドルガン親方も、その厳つい顔をくしゃくしゃにしながら、満足げに腕を組んでいた。
しかし、この感動的な瞬間は、新たな挑戦の始まりでもあった。凛はすぐに専門家の顔に戻ると、動力炉に接続された様々な測定用の魔石の数値を素早く読み取り、眉をひそめた。
「…アキオ様。動力は安定していますが、これはあくまで『アイドリング』状態での話です。実際に車体を動かす負荷をかけた場合、魔力の消費効率に、まだ大きなブレが生じる可能性があります」
彼女は羊皮紙に書き留めた複雑な数式を指し示す。
「このまま車体に搭載して走らせるのは、時期尚早です。暴走の危険こそありませんが、最悪の場合、エネルギーを無駄に消耗し、森の真ん中で立ち往生しかねません。走行テストの前に、最低でも三日間の調整期間をいただきたく存じます」
その真摯な進言に、アキオは深く頷いた。
「分かった。焦って失敗しては元も子もない。凛殿の判断を信じよう。親方、頼めるか?」
「おうよ。こいつの性能を100%引き出すための調整だ。いくらでも付き合ってやるぜ」
こうして、初の走行テストを数日後に控え、工房では昼夜を問わない動力炉の最終調整が始まった。
凛は、膨大な計算とシミュレーションを重ね、魔石と生命樹の枝から生まれる二つのエネルギーを、いかに効率よく調和させ、動力に変換するかの最適解を導き出そうと奮闘していた。ドルガン親方とドワーフたちは、凛が導き出した理論を元に、炉心の部品をミクロン単位で研磨し、組み直していく。アキオもまた、その「生命の祝福」の力で、部品同士の結合を原子レベルで補強し、エネルギーの流れをより滑らかにするという、神業のような役割を担っていた。
調整開始から二日目の夜。工房に集中と緊張の空気が満ちる中、ひょっこりとアヤネとシルヴィアが、大きな籠を抱えて顔を出した。
「アキオ様、皆さん、夜食をお持ちしましたわ」
籠の中には、湯気の立つ温かいスープと、恵みの果実を練り込んだ栄養満点のパンが並んでいた。その香ばしい匂いに、張り詰めていた空気がふわりと和らぐ。
「すまないな、二人とも」
アキオは、休憩を取るよう促され、妻たちの心遣いに感謝しながらパンを頬張った。
「エルドリアの皆にも、これを食べさせてやりたいな…」
ふと漏らしたアキオの言葉に、シルヴィアは優しく微笑んだ。
「ええ。そのために、この『鉄の馬』を完成させるのでしょう? あなたの想いは、きっとセレスティーナ様とレオノーラ様に届きますわ。私たちも、その日を心からお待ちしています」
その言葉に、アキオは改めて、このプロジェクトが自分一人の夢ではないことを実感し、胸を熱くした。
皆が束の間の休息を取る中、凛だけはまだ、一人難しい顔で羊皮紙とにらめっこを続けていた。
「凛殿、君も少し休んだらどうだ」
アキオが声をかけると、彼女ははっとして顔を上げた。
「も、申し訳ありません。ですが、あと少しで、このエネルギー効率を、さらに3%は改善できるはずなのです…!」
「君の熱意は嬉しいが、倒れられては意味がない。君がいなければ、この心臓はただの鉄の塊なんだからな」
アキオからの、気遣いと絶対の信頼が込められた言葉。凛は、その言葉を胸の中で大切に反芻し、頬をわずかに染めながら、こくりと頷いた。
「…ありがとうございます。では、少しだけ…」
彼女がアヤネの淹れた温かいお茶を一口飲むと、その強張っていた表情が、少しだけ穏やかなものになった。
そして、三日目の朝。
徹夜の作業の末、凛はついに、完璧な制御プログラムを完成させた。
「…できました、アキオ様。これなら、試作機のテスト走行に、十分に耐えられます!」
彼女の確信に満ちた声を受け、最終調整が施された部品が組み込まれ、再び動力炉に火が入れられる。以前とは比較にならないほど、滑らかで力強い安定した鼓動が、工房に響き渡った。
「よし、完璧だ! いつでも車体に載せられるぜ!」
ドルガン親方のその声が、最終調整の完了を告げた。
アキオは、静かに、しかし力強く脈動する「聖域の心臓」を見つめる。仲間たちの知恵と技術、そして家族の想いが詰まったこの鉄の心臓は、今、大地を駆け抜けるための、全ての準備を整えたのだった。
聖域の叡智が結集した動力炉が、力強く、そして安定した鼓動を始めた。工房に満ちる純粋なエネルギーの奔流を前に、アキオ、凛、そしてドルガン親方は、しばし言葉もなく、その歴史的な光景に見入っていた。
「やった…! やりましたわ、アキオ様!」
最初に沈黙を破ったのは、凛だった。彼女の冷静な表情は、抑えきれない興奮と感動に紅潮し、その瞳は喜びの涙で潤んでいた。
「ああ…! 俺たちの夢の、心臓が生まれた…!」
アキオもまた、感無量の面持ちで頷く。ドルガン親方も、その厳つい顔をくしゃくしゃにしながら、満足げに腕を組んでいた。
しかし、この感動的な瞬間は、新たな挑戦の始まりでもあった。凛はすぐに専門家の顔に戻ると、動力炉に接続された様々な測定用の魔石の数値を素早く読み取り、眉をひそめた。
「…アキオ様。動力は安定していますが、これはあくまで『アイドリング』状態での話です。実際に車体を動かす負荷をかけた場合、魔力の消費効率に、まだ大きなブレが生じる可能性があります」
彼女は羊皮紙に書き留めた複雑な数式を指し示す。
「このまま車体に搭載して走らせるのは、時期尚早です。暴走の危険こそありませんが、最悪の場合、エネルギーを無駄に消耗し、森の真ん中で立ち往生しかねません。走行テストの前に、最低でも三日間の調整期間をいただきたく存じます」
その真摯な進言に、アキオは深く頷いた。
「分かった。焦って失敗しては元も子もない。凛殿の判断を信じよう。親方、頼めるか?」
「おうよ。こいつの性能を100%引き出すための調整だ。いくらでも付き合ってやるぜ」
こうして、初の走行テストを数日後に控え、工房では昼夜を問わない動力炉の最終調整が始まった。
凛は、膨大な計算とシミュレーションを重ね、魔石と生命樹の枝から生まれる二つのエネルギーを、いかに効率よく調和させ、動力に変換するかの最適解を導き出そうと奮闘していた。ドルガン親方とドワーフたちは、凛が導き出した理論を元に、炉心の部品をミクロン単位で研磨し、組み直していく。アキオもまた、その「生命の祝福」の力で、部品同士の結合を原子レベルで補強し、エネルギーの流れをより滑らかにするという、神業のような役割を担っていた。
調整開始から二日目の夜。工房に集中と緊張の空気が満ちる中、ひょっこりとアヤネとシルヴィアが、大きな籠を抱えて顔を出した。
「アキオ様、皆さん、夜食をお持ちしましたわ」
籠の中には、湯気の立つ温かいスープと、恵みの果実を練り込んだ栄養満点のパンが並んでいた。その香ばしい匂いに、張り詰めていた空気がふわりと和らぐ。
「すまないな、二人とも」
アキオは、休憩を取るよう促され、妻たちの心遣いに感謝しながらパンを頬張った。
「エルドリアの皆にも、これを食べさせてやりたいな…」
ふと漏らしたアキオの言葉に、シルヴィアは優しく微笑んだ。
「ええ。そのために、この『鉄の馬』を完成させるのでしょう? あなたの想いは、きっとセレスティーナ様とレオノーラ様に届きますわ。私たちも、その日を心からお待ちしています」
その言葉に、アキオは改めて、このプロジェクトが自分一人の夢ではないことを実感し、胸を熱くした。
皆が束の間の休息を取る中、凛だけはまだ、一人難しい顔で羊皮紙とにらめっこを続けていた。
「凛殿、君も少し休んだらどうだ」
アキオが声をかけると、彼女ははっとして顔を上げた。
「も、申し訳ありません。ですが、あと少しで、このエネルギー効率を、さらに3%は改善できるはずなのです…!」
「君の熱意は嬉しいが、倒れられては意味がない。君がいなければ、この心臓はただの鉄の塊なんだからな」
アキオからの、気遣いと絶対の信頼が込められた言葉。凛は、その言葉を胸の中で大切に反芻し、頬をわずかに染めながら、こくりと頷いた。
「…ありがとうございます。では、少しだけ…」
彼女がアヤネの淹れた温かいお茶を一口飲むと、その強張っていた表情が、少しだけ穏やかなものになった。
そして、三日目の朝。
徹夜の作業の末、凛はついに、完璧な制御プログラムを完成させた。
「…できました、アキオ様。これなら、試作機のテスト走行に、十分に耐えられます!」
彼女の確信に満ちた声を受け、最終調整が施された部品が組み込まれ、再び動力炉に火が入れられる。以前とは比較にならないほど、滑らかで力強い安定した鼓動が、工房に響き渡った。
「よし、完璧だ! いつでも車体に載せられるぜ!」
ドルガン親方のその声が、最終調整の完了を告げた。
アキオは、静かに、しかし力強く脈動する「聖域の心臓」を見つめる。仲間たちの知恵と技術、そして家族の想いが詰まったこの鉄の心臓は、今、大地を駆け抜けるための、全ての準備を整えたのだった。
54
あなたにおすすめの小説
異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました
雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。
気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。
剣も魔法も使えないユウにできるのは、
子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。
……のはずが、なぜか料理や家事といった
日常のことだけが、やたらとうまくいく。
無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。
個性豊かな子供たちに囲まれて、
ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。
やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、
孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。
戦わない、争わない。
ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。
ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、
やさしい異世界孤児院ファンタジー。
祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活
空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。
最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。
――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に……
どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。
顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。
魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。
こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す――
※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。
勇者パーティを追放されてしまったおっさん冒険者37歳……実はパーティメンバーにヤバいほど慕われていた
秋月静流
ファンタジー
勇者パーティを追放されたおっさん冒険者ガリウス・ノーザン37歳。
しかし彼を追放した筈のメンバーは実はヤバいほど彼を慕っていて……
テンプレ的な展開を逆手に取ったコメディーファンタジーの連載版です。
平凡冒険者のスローライフ
上田なごむ
ファンタジー
26歳独身、動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物や魔法、獣人等が当たり前に存在する異世界に転移させられる。
彼が送るのは、時に命がけの戦いもあり、時に仲間との穏やかな日常もある、そんな『冒険者』ならではのスローライフ。
果たして、彼を待ち受ける出会いや試練とは如何なるものか。
ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。
異世界に転移したらぼっちでした〜観察者ぼっちーの日常〜
キノア9g
ファンタジー
※本作はフィクションです。
「異世界に転移したら、ぼっちでした!?」
20歳の普通の会社員、ぼっちーが目を覚ましたら、そこは見知らぬ異世界の草原。手元には謎のスマホと簡単な日用品だけ。サバイバル知識ゼロでお金もないけど、せっかくの異世界生活、ブログで記録を残していくことに。
一風変わったブログ形式で、異世界の日常や驚き、見知らぬ土地での発見を綴る異世界サバイバル記録です!地道に生き抜くぼっちーの冒険を、どうぞご覧ください。
毎日19時更新予定。
シスターヴレイヴ!~上司に捨て駒にされ会社をクビになり無職ニートになった俺が妹と異世界に飛ばされ妹が勇者になったけど何とか生きてます~
尾山塩之進
ファンタジー
鳴鐘 慧河(なるがね けいが)25歳は上司に捨て駒にされ会社をクビになってしまい世の中に絶望し無職ニートの引き籠りになっていたが、二人の妹、優羽花(ゆうか)と静里菜(せりな)に元気づけられて再起を誓った。
だがその瞬間、妹たち共々『魔力満ちる世界エゾン・レイギス』に異世界召喚されてしまう。
全ての人間を滅ぼそうとうごめく魔族の長、大魔王を倒す星剣の勇者として、セカイを護る精霊に召喚されたのは妹だった。
勇者である妹を討つべく襲い来る魔族たち。
そして慧河より先に異世界召喚されていた慧河の元上司はこの異世界の覇権を狙い暗躍していた。
エゾン・レイギスの人間も一枚岩ではなく、様々な思惑で持って動いている。
これは戦乱渦巻く異世界で、妹たちを護ると一念発起した、勇者ではない只の一人の兄の戦いの物語である。
…その果てに妹ハーレムが作られることになろうとは当人には知るよしも無かった。
妹とは血の繋がりであろうか?
妹とは魂の繋がりである。
兄とは何か?
妹を護る存在である。
かけがいの無い大切な妹たちとのセカイを護る為に戦え!鳴鐘 慧河!戦わなければ護れない!
転生したみたいなので異世界生活を楽しみます
さっちさん
ファンタジー
又々、題名変更しました。
内容がどんどんかけ離れていくので…
沢山のコメントありがとうございます。対応出来なくてすいません。
誤字脱字申し訳ございません。気がついたら直していきます。
感傷的表現は無しでお願いしたいと思います😢
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
ありきたりな転生ものの予定です。
主人公は30代後半で病死した、天涯孤独の女性が幼女になって冒険する。
一応、転生特典でスキルは貰ったけど、大丈夫か。私。
まっ、なんとかなるっしょ。
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる