十年前の事件で成長が止まった私、年上になった教え子の〝氷の王〟は、私を溺愛しつつ兄たちを断罪するようです

よっしぃ

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【第24話】香薬師の勅命

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「……分かった。君を、信じよう」
 リアンのその一言で、私たちの関係は、確かに新しいステージへと進んだ。
 彼は、私をただ守られるだけの存在ではなく、王である自分と並び立つ、唯一無二のパートナーとして認めてくれたのだ。その事実が、私の心の奥底から、凍てついていた自信を、ゆっくりと溶かしていくようだった。

 翌朝、テラスでの穏やかな、しかし少しぎこちない朝食の席で、その変化は、早速、具体的な形となって現れた。
 リアンの口から語られた、北のドラゴンの牙連峰へ派遣された遠征部隊の苦境。有毒な瘴気による、兵士たちの原因不明の体調不良。その報告を聞いた私は、ほとんど無意識のうちに、口を開いていた。
「リアン。私に、手伝わせて。その瘴気を防ぐための、香薬を、私なら、作れるかもしれないわ」
 私の言葉に、リアンと、そして、彼の隣に控えていた宰相も、驚いたように、目を見開いた。
「ルシエル、しかし……」
 リアンが、私を気遣って、何かを言いかける。だが、私は、彼の言葉を遮るように、続けた。
「私は、もう、守られているだけじゃない。あなたの、力になりたいの。あなたの、共犯者に」
 私は、まっすぐに、リアンの瞳を見つめ返した。
 私の瞳に宿る、揺るぎない決意を見て、リアンは、やがて、力強く、頷いた。
「……分かった。君を、信じよう」

 話は、そこから驚くべき速さで進んだ。
 リアンは、その場で、私を彼の執務室へと伴った。そこには、宰相だけでなく、騎士団総長、そして王宮の侍医長といった、国の重鎮たちが、既に集められていた。彼らは皆、突然現れた私を見て、訝しげな、あるいはあからさまに懐疑的な視線を向けてくる。無理もない。彼らにとって、私は、王を惑わす「素性の知れぬ女」でしかないのだから。
 リアンは、そんな彼らの視線を、一瞥で黙らせた。
「皆に、紹介する。彼女は、ルシエル。……私の、命の恩人であり、この国で最も優れた香薬師だ」
 その紹介の言葉に、私自身が、一番驚いてしまったかもしれない。
「本日より、北の遠征における、瘴気対策の全権を、彼女に一任する」
「へ、陛下! `お待ちください!」
 たまらず声を上げたのは、侍医長だった。白髪の、プライドの高そうな老人だ。
「この者が、いかに優れた香薬師であったとしても、相手は、我々医師団ですら正体をつかめぬ未知の毒気。それを、このような若い女性一人に任せるなど、あまりにも……」
「無謀だ、と?」
 リアンの声が、氷のように冷たく響く。
「では、侍医長。君に、何か、有効な手立てがあるのかね」
「そ、それは……現在、全力で調査を……」
「調査、か。その間に、兵士たちは、一人、また一人と倒れていくのだぞ。私には、そんな悠長な時間はない」
 リアンは、玉座に座ると、冷たく言い放った。
「これは、決定だ。異論は、認めない。……これより、ルシエルの言葉は、私の言葉だと思え。彼女の要求は、王の勅命として、最優先で、かつ迅速に、実行するように」
 その、絶対的な王の宣告に、もはや、誰も何も言うことはできなかった。
 重鎮たちは、不承不承ながらも、私に向かって、臣下の礼を取る。
 私は、その光景を、背筋が伸びる思いで見つめていた。リアンは、私に、ただ機会を与えてくれただけではない。彼の権威そのものを、私に貸し与えてくれたのだ。その信頼に、私は、必ず応えなければならない。

 会議が終わると、私は、リアンに連れられて、再び、私の「店」へと戻った。
 そこには、既に、北の遠征隊から送られてきた、詳細な報告書が山のように積まれていた。
「……これが、現地の状況だ。兵士たちの症状、瘴気が発生する時間帯、場所の地理的特徴……。君が必要とするであろう情報は、全てここにある」
「ありがとう、リアン」
 私は、早速、それらの報告書に目を通し始めた。
 兵士たちの症状は、頭痛、吐き気、そして呼吸困難。特に、鉱物資源が豊富な岩場地帯で、症状が顕著に出るらしい。
「……これは、魔法や呪いの類ではないわね」
 私は、呟いた。
「おそらく、火山性の地熱によって、地中の特定の鉱物が気化した、天然の毒ガスよ。硫黄や、水銀、あるいは、もっと未知の鉱物が含まれているのかもしれない」
 私の見立てに、リアンは、黙って頷く。
「治療薬を作るには、まず、その瘴気そのものを分析する必要があるわ。現地の空気、そして、汚染された土壌のサンプルが、どうしても必要よ」
「分かった。すぐに、早馬を飛ばそう。だが……」
 リアンは、そこで言葉を濁した。
「サンプルを採取しに行く、その兵士の安全は、どう確保する?」
「それも、考えてあるわ」
 私は、自信を持って、彼に言った。
「瘴気の効果を、一時的に無力化するための、〝防護の香り〟を、私が作る。それがあれば、安全にサンプルを持ち帰ることができるはず」

 私は、すぐに調合に取り掛かった。
 必要なのは、呼吸器系を守り、毒素を中和する効果のある香りだ。
 私は、棚から、ユーカリとティーツリーの精油を取り出した。この二つは、強力な殺菌作用と、気管支を広げる効果がある。瘴気の侵入を、物理的に防いでくれるだろう。
 そして、毒素を分解するための、鍵となる香り。私は、レモンとシダーウッドを選んだ。レモンの持つ強い酸性は、鉱物性の毒を中和する力がある。そして、シダーウッドは、古くから、悪しきものを浄化する神聖な木として、扱われてきた。
 これらの香りを、私が独自に編み出した調合技術で、一つの香油へと昇華させていく。
 それは、私が今まで作ったどの香りよりも、複雑で、そして、明確な「力」を宿した香りだった。
 清涼で、しかし、決して揺らがない、力強い意志の香り。

 完成した香油を、私は、小さな革袋に染み込ませた。
「これを、兵士の首から下げさせて。そして、瘴気が濃い場所に入る前に、一度、この香りを深く吸い込むように、と伝えて。効果は、半刻(一時間)ほどしか持たないけれど、その間なら、瘴気の影響を、最小限に抑えられるはず」
 私は、その革袋を、リアンに手渡した。
 リアンは、それを受け取ると、まるで、初めて見る奇跡でも見るかのように、驚きの目で、私を見つめていた。
「……君は、本当に……。私の、想像を、いつも超えてくる」
 彼は、そう言うと、私の手を、強く、握りしめた。
「ありがとう、ルシエル。……頼りに、している」
 その言葉と、手のひらから伝わってくる熱が、私の心を、勇気で満たしていった。

 その日のうちに、私が作った〝防護の香り〟は、最速の伝令によって、北の最前線へと届けられた。
 私は、もう、ただの籠の中の鳥ではない。
 王の隣に立ち、その知恵と技術で、国の危機を救う、秘密の香薬師。
 私の戦いは、まだ、始まったばかりだ。
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