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第一章 幸せのありか
26 side樹理
しおりを挟む服を脱いで風呂場に入ってから、しまったと気付く。
シャンプーなどは、全部哉のものだ。当たり前だけれど。
「気付かなかった……」
今日のところはボディーソープだけ借りて、お湯に浸かるだけにしておこう。明日また買出しの時に買って来たらいい。まだ母からもらったお金も残っている。
三つ編みにした髪をピンで留めて、体を洗ったあと肩まで湯に浸かる。
樹理一人くらい、軽々寝転がることができそうな大きな浴槽。というより、洗い場を含めた風呂自体、一戸建てであるはずの樹理の家のそれよりずっと広い。
「こういうのをお金持ちって言うのよねぇ……うわっ」
自分の家ならすでに浴槽のヘリに足がついているところがまだ水中だった。目算を誤って思いきり湯の中に滑りこみそうになって、慌てて手をつく。広いのも考えものかもしれない。人の家だけれど。
「もうあがろう……」
そして寝よう。転寝(うたたね)をしたけれど朝起きることができなかったら困る。部屋が離れているので平気かもしれないけれど万が一めざましをかけて彼の貴重な睡眠時間を妨げるのもいやだった。自力で起きるより他にない。
浴槽から出て脱衣所との間のすりガラスのドアを樹理が開けたのと同時に。
廊下側のドアが開いて、哉が入ってきた。
「いっぎゃっ……!!!」
「ああ、歯、磨くから中にいろ」
二秒ほどそのまま固まって、かろうじて悲鳴を飲み込んだ樹理が思いきりドアを閉めた。ドアの取っ手をつかんだままさらに五秒ほど動けなくて、目の前がすりガラスであることに、奥で動く哉の姿をみてやっと気付いて体をずらす。
心臓が寿命を縮めようかという勢いで動いている。風呂に入ったこととは違う理由で体が熱い。
ぐるぐる目が回る。心の悲鳴はどもったままで、ずっと『どうしよう』の『ど』から進まない。
カベに貼りついて息をするのも忘れてパニックを起こしている樹理のことなどお構いなしで、歯を磨き終わったらしい哉が出ていった。
「終わったぞ」
言われなくてもドアが開く音が聞こえて人の気配がなくなった。それでも消えない緊張の中で樹理がドアを開ける。
足拭き用のマットの上にそのままぺたんと座りこむ。
言われた通り、これからは先にお風呂を使ってしまおう。彼が平気でも自分の身が持たない気がした。
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