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第二章 恋におちたら
23 side哉
しおりを挟む柔らかい髪が左右とも上下とも取れるようにふわふわと揺れる。
「もう絶対、ダメです。もったいないです。だって第一あんなに買ってもらっても、そんなにお出かけもしないし、いつ着たらいいんですか」
どれもこれもとてもかわいいが実用的ではない。正真正銘お出かけの為の服で、汚れたらクリーニング直行の服では、普段着にはならないし、第一に家事ができない。
しかし哉はそうはとらなかった。ドレスのときと同じ解釈をした。つまり、着ていく場所があればいいのだと。
いい加減、この状況に気詰まりを感じていた哉にとっては、出かけるのは好都合だった。じゃあ今から出かければいい。どこでも好きなところへ。
というわけで、行き先が水族館になり、樹理は買ってもらった中からクリーム色のすそがふわふわしたワンピースを着て出かけた。
みやげ物を扱う売店で素振りができそうなサイズのシャチのぬいぐるみを購入した頃にはご機嫌が回復しており、哉は小さく安堵の息をついたのだ。
古今東西、恋人に対して何かしら失敗した男性のとる行動はほぼ同じで、さらに女性も許してくれるものらしい。とりあえず当分は、忘れないようにせっせと樹理を外に連れ出す必要がありそうだ。
樹理にそんな計算ができるとは思わなかったけれど、なんだか結局樹理の思うままに動いてしまったような気がする。
けれど、こんな一日も悪くはない。久しぶりにただふよふよと漂っているだけの海の生き物を見て、なんだか気分が晴れたのは哉も同じだった。
そんな休みも終わり今日から普段どおりの仕事や学校が始まる。今朝も長かった休みが嘘のようにいつもどおりの顔で篠田が迎えにやってくる。
「おはようございます」
ドアを開けて待っていた篠田に小さくうなずいて応え、車に乗る。
「休日は何を?」
「読書。散髪……それから水族館だ」
「は?」
「天上会議は予定通りか?」
ほんの少し唇を笑みの形にまげて、哉が問う。それをバックミラーで確認して、篠田も少し笑う。
「はい。今月は皆様おそろいのはずです。いつもどおり九時から四十七階大会議室で行われます」
「わかった」
各地の各グループに分かれている一族の人間がほぼ一堂に会する集まりが、月頭にある定例役員会だ。一般の社員は、その場が設けられることは知っていても、足を踏み入れることはできない会議で、決して生きてはいけないところという皮肉を込めて「天上会議」と呼んでいる。普段は会社に来ることのない会長である祖父はもちろん、最高顧問という肩書きの曽祖父も、この日は出社する。顧問の顔を拝めたら出世が早くなるとか、それ以外でも何かいいことが起こるなど、眉唾なうわさは事欠かない。ただ、社報に顔写真が載るのは会長までなので、平の社員で顧問の顔を知っている人間は少ないのだが。
哉はまだ参加し始めて六回目。会社での地位は副社長でも、ついこの間からその立場にはまった哉は、まだ年少チームなので一番末席だ。
外を見ながら少し楽しげな様子の哉に、篠田は長い休みが明けたばかりだが、年休がまだたくさん残っていたなと考えていた。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
このころは、まだどこの水族館にもそこそこシャチがいたのです・・・
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