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第二章 恋におちたら
68 side樹理
しおりを挟む立派な応接セットにはすでに学校長と女性担任がついていた。促されるままに二人の前に座ると、担任が学校長と自分たち双方になんだか要領を得ない説明をぐだぐだと始める。
担任は知っているはずだ。この週頭から、クラスが微妙な空気に包まれていることを。呉緒は彼女が受け持つ生活科学の授業でも、今まで歯牙にもかけてこなかった樹理のことを、これ見よがしにこき下ろしてくれていたのだから。
それにいちいち頷く学校長もまた知っているのだ。呉緒が今回の件の主犯だと言うことを。けれどもそれを自分たちの口からはいえないのだろう。はっきりと呉緒にいじめられましたと伝えたところで、最善策がとられるとも思えない雰囲気だ。
そのくらい、呉緒は……呉緒の父はこの学園に対して影響力を持っているということなのだろう。
端(はな)から期待をしていなかったので、コレといってこの対応に裏切られた感はない。
「……ですからその、この学校に通うのがつらいようでしたら、こちらのほうではいつでも系列の姉妹校もございますし、そちらでしたら転入出の手続きも簡単で……」
「あの、先生」
身も実(じつ)もないことをしゃべり続けてやっと本音を漏らした担任をさえぎったのは樹理の母だった。
「樹理をいじめていた方を擁護したいのはわかりました。で、これからどうしてくださるのですか? ここくらい良い学校なら、こんなこともないだろうと思っていましたのに、こんなことになるのは残念です。確かにこちらは相手様ほどこの学校に貢献しているとは言いがたいですが、それでも授業料や規定口数の寄付を収めて、大事な娘を通わせているんですよ? それをまあ簡単に転校だなんて」
至極もっともな意見に、担任が学校長に助けを求めるように視線を動かす。
「別に相手のお嬢様に頭を下げさせろとか、そんなことを言いに来たわけではないんです。なるべく穏便に元に戻していただければそれで結構。とにかく、月曜からは普通に通えるようご配慮ください」
毅然とした態度で前を向いてそう言い、もう相手をしたくないとでも言いたげな態度の母を見て、三年前を思い出す。
あの時も母は何度も学校に掛け合ってくれた。けれど状態は改善されなかった。元友達たちの親も交えて話し合ったが、親同士が熱を上げて口論になり、挙句の果てに散々な嫌味を言われて終わった。
あのときの担任も目の前の担任と同じく、なんだかんだと理由をつけて逃げようとしていた。ありありと、もう一年そこそこで卒業なんだから我慢しろという態度が見えて、劇的な改善を期待していたわけではないつもりだったのに、やっぱり少しがっかりした。
そこでドアがノックされ、事務員の女性が現れて、学校長になにやら耳打ちをした。ちらりと樹理たちを見て、失礼と小さく断った後、学校長が事務員とともに部屋を出て行く。
残された担任が、なんとも居心地悪そうに身じろきをした。
「先生。私はなにも悪いことをしていません。学年は違いますがやっと親しい友人もできましたし、来週からもこれまでと同じように学校に通うつもりです」
琉伊に言われたとおり練習しているのだ。こういうときに使わなくてどうするのか。にっこりと口角をあげて軽く微笑んで見せる。大体、系列の姉妹校と言えば、かろうじて関東圏と思われるのでも鎌倉と箱根ではないか。どうしてそんなところに飛ばされなければならないのだ。
平行線を脱しえない会話が途切れ、それと同じくして、廊下の方が騒がしくなる。
何事だろうと腰を浮かせて振り返ったそのとき、ドアがノックもなく開けられ、もともときつい眦(まなじり)をさらに吊り上げて、肩を怒らせた藤原呉緒が入ってきた。
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