191 / 326
華灯
5 side樹理
しおりを挟むその後はそれぞれの学校の話でもりあがり、服の話題のときは、理右湖が思いのほか桜の成長が早いことを嘆いていた。
車の中は話題と笑いが途切れることがなく、いまいち乗り切れていなかった樹理も自然に笑って相槌が打てるようになり、気がついたら目的地だったらしいとても有名な百貨店の駐車場ゲートをくぐっていたが、出発からはすでに一時間近く経っていた。
土曜ということもあるのか、駐車場はほぼいっぱい……というより、満車の掲示だ。どうやって車を止めるのだろうと思っていたら、駐車場最上階の入り口付近で黒いスーツの男性が手を振っている。何の躊躇もなくその誘導にしたがって、実冴が車を止める。
「いらっしゃいませ氷川様。お待ちしておりました」
ぞろぞろと車から降りると、四十代くらいのその男性が最敬礼で実冴に頭を下げている。
「ごめんね急に。早速だけど案内してもらえる?」
謝っているが態度は偉そうだ。何が入っているのか大きな白い紙袋を渡している。
「あの人は?」
「お母さん担当の外商の人。基本ほしいもの家に持ってきてくれるのが仕事だけど、こうやって来たときもいつもついてくれるよ。車を止めるとこも確保してくれるし」
誘われるままエレベータの前まで歩きながら近くにいた逢に小さな声で尋ねるとこともなげにさらりと返された。
まもなくついたエレベータで二階分降りる。みんな慣れた様子で男性について歩いていくが、何度かここを訪れたことのある樹理も、この階は来た事がない。というか、寝具などがメインの階に用がなかった。
「下のディスプレイに展示していたものもこちらに運ばせましたので、どうぞごゆっくりご覧になってください」
何を買うのだろうと思いながらついていくと、奥の一角が呉服売り場であることがわかった。ますますご縁のない売り場だ。こんな場所があったことさえ樹理は知らなかった。
きれいな着物や帯がずらずらとかけられている。時代劇の呉服屋のように、丸められた反物も棚の中にたくさん置かれている。
「着物買うんですか?」
「着物は売るほどあるから今のところ買う予定はないわよ。今日はこっち」
そう言って実冴が指差した先は、仕立て上がりの浴衣がかかった棚だ。桜と椿、そして逢がすでにめぼしいものを取り出してお互い首元にあてている。
「あ、これかわいい、樹理ちゃん来てー」
水色の生地にピンクと紫のなでしこの柄の浴衣を持って桜が呼んでいる。
「こっちは? かわいいと思うんだけど」
逢が持っているのは薄い黄色地に薄緑で月とウサギがプリントされている。
「ああ、これ私ほしい」
赤い地に大小の水玉が白く抜かれた幾何学模様の浴衣を持った椿に、理右湖がまだその柄はアンタには早いとその手から取って棚に返す。きゃあきゃあと自分の着たい柄行を品定めを始めた娘たちに、実冴があきれたように声をかけた。
「あんたたち、今日のメインは樹理ちゃんの選びに来たんでしょうが」
「え? 私の?」
娘たちを苦笑しながら見ていた理右湖がつぶやいた言葉に、樹理が不思議そうに理右湖を見て問い返す。樹理の顔を見て、おどけたようにしまった、口が滑った……と口元を押さえて笑って実冴に視線を移す。
「そ。樹理ちゃん、お誕生日でしょ、今日」
理右湖にごめんねというような目を向けられて、実冴が仕方ないなぁというような顔をしながら微笑んだ。
0
あなたにおすすめの小説
それは、ホントに不可抗力で。
樹沙都
恋愛
これ以上他人に振り回されるのはまっぴらごめんと一大決意。人生における全ての無駄を排除し、おひとりさまを謳歌する歩夢の前に、ひとりの男が立ちはだかった。
「まさか、夫の顔……を、忘れたとは言わないだろうな? 奥さん」
その婚姻は、天の啓示か、はたまた……ついうっかり、か。
恋に仕事に人間関係にと翻弄されるお人好しオンナ関口歩夢と腹黒大魔王小林尊の攻防戦。
まさにいま、開始のゴングが鳴った。
まあね、所詮、人生は不可抗力でできている。わけよ。とほほっ。
雪の日に
藤谷 郁
恋愛
私には許嫁がいる。
親同士の約束で、生まれる前から決まっていた結婚相手。
大学卒業を控えた冬。
私は彼に会うため、雪の金沢へと旅立つ――
※作品の初出は2014年(平成26年)。鉄道・駅などの描写は当時のものです。
溺婚
明日葉
恋愛
香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。
以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。
イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。
「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。
何がどうしてこうなった?
平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?
今宵、薔薇の園で
天海月
恋愛
早世した母の代わりに妹たちの世話に励み、婚期を逃しかけていた伯爵家の長女・シャーロットは、これが最後のチャンスだと思い、唐突に持ち込まれた気の進まない婚約話を承諾する。
しかし、一か月も経たないうちに、その話は先方からの一方的な申し出によって破談になってしまう。
彼女は藁にもすがる思いで、幼馴染の公爵アルバート・グレアムに相談を持ち掛けるが、新たな婚約者候補として紹介されたのは彼の弟のキースだった。
キースは長年、シャーロットに思いを寄せていたが、遠慮して距離を縮めることが出来ないでいた。
そんな弟を見かねた兄が一計を図ったのだった。
彼女はキースのことを弟のようにしか思っていなかったが、次第に彼の情熱に絆されていく・・・。
Fly high 〜勘違いから始まる恋〜
吉野 那生
恋愛
平凡なOLとやさぐれ御曹司のオフィスラブ。
ゲレンデで助けてくれた人は取引先の社長 神崎・R・聡一郎だった。
奇跡的に再会を果たした直後、職を失い…彼の秘書となる本城 美月。
なんの資格も取り柄もない美月にとって、そこは居心地の良い場所ではなかったけれど…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる