幸せのありか

神室さち

文字の大きさ
198 / 326
華灯

12 side樹理

しおりを挟む
 
 
 
 先ほど三島を待ったときよりもさらに長かったと思うが、せいぜい二分ほどだ。事の顛末を見たいのか、用はないから行っていいわよと実冴に言われたにもかかわらず、所在無げにまだいる三島がゆらゆら体を揺すっている。


 どのエレベータも昇り降りとも結構な人が乗っているのに、どうもたった一人だった瀬崎がエレベータから飛び出してきた。一度自分の足で躓いてこけかけてその勢いもつけて走ってやってくる。



「うわあ、どうしよう、本物の樹理さんだ」

「あ、ご無沙汰しております」

 深々と瀬崎にお辞儀をする樹理に、慌てて瀬崎も頭を下げる。



「あの、どうしてここに? もしかして副社長に呼ばれたとか?」

「いえ、呼ばれたのではなくて……なんていうかその……」

「だましうちね」

「そうですね……じゃなくて。連れてきてもらったんです」


 後ろでぼそりとつぶやいた実冴に同意しかけて、樹理が慌てて言い直す。


「あはははは。んじゃ 樹理ちゃんまたねぇ 哉くんによろしく言っといて。三島、ついでだから九階まで案内しなさい」

 片手を上げた実冴が逃げそびれた三島を従えてエレベータのほうへ去っていく。


「あ、ご案内します。こっちです」

 乗り込んだエレベータの扉が閉まるまで手を振っていた実冴と、その隣で苦虫を潰したような顔をしている三島を見送って、なんだか手間を取らせてしまった受付にも一礼して先に行く瀬崎を追って樹理はその場を後にしたので、その後受付嬢がつぶやいた言葉は樹理に届かなかった。





「なにあれ、反則じゃない。若いし。学生?」

「噂って尾ひれつくから実際たいしたことないんじゃないって思ってたけど……」

「はいはい。いいから笑顔笑顔。受付がシケた顔してちゃだめでしょう」



 瀬崎と何か会話を交わしながら役員用のエレベータの到着を待っている樹理をちらちらと眺めながらため息混じりに上を仰ぐ後輩たちを、真ん中の受付嬢がたしなめるように笑いながら言った。


しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

それは、ホントに不可抗力で。

樹沙都
恋愛
これ以上他人に振り回されるのはまっぴらごめんと一大決意。人生における全ての無駄を排除し、おひとりさまを謳歌する歩夢の前に、ひとりの男が立ちはだかった。 「まさか、夫の顔……を、忘れたとは言わないだろうな? 奥さん」 その婚姻は、天の啓示か、はたまた……ついうっかり、か。 恋に仕事に人間関係にと翻弄されるお人好しオンナ関口歩夢と腹黒大魔王小林尊の攻防戦。 まさにいま、開始のゴングが鳴った。 まあね、所詮、人生は不可抗力でできている。わけよ。とほほっ。

すれ違う心 解ける氷

柴田はつみ
恋愛
幼い頃の優しさを失い、無口で冷徹となった御曹司とその冷たい態度に心を閉ざした許嫁の複雑な関係の物語

溺婚

明日葉
恋愛
 香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。  以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。  イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。 「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。  何がどうしてこうなった?  平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?

大好きな背中

詩織
恋愛
4年付き合ってた彼氏に振られて、同僚に合コンに誘われた。 あまり合コンなんか参加したことないから何話したらいいのか… 同じように困ってる男性が1人いた

雪の日に

藤谷 郁
恋愛
私には許嫁がいる。 親同士の約束で、生まれる前から決まっていた結婚相手。 大学卒業を控えた冬。 私は彼に会うため、雪の金沢へと旅立つ―― ※作品の初出は2014年(平成26年)。鉄道・駅などの描写は当時のものです。

今宵、薔薇の園で

天海月
恋愛
早世した母の代わりに妹たちの世話に励み、婚期を逃しかけていた伯爵家の長女・シャーロットは、これが最後のチャンスだと思い、唐突に持ち込まれた気の進まない婚約話を承諾する。 しかし、一か月も経たないうちに、その話は先方からの一方的な申し出によって破談になってしまう。 彼女は藁にもすがる思いで、幼馴染の公爵アルバート・グレアムに相談を持ち掛けるが、新たな婚約者候補として紹介されたのは彼の弟のキースだった。 キースは長年、シャーロットに思いを寄せていたが、遠慮して距離を縮めることが出来ないでいた。 そんな弟を見かねた兄が一計を図ったのだった。 彼女はキースのことを弟のようにしか思っていなかったが、次第に彼の情熱に絆されていく・・・。

Fly high 〜勘違いから始まる恋〜

吉野 那生
恋愛
平凡なOLとやさぐれ御曹司のオフィスラブ。 ゲレンデで助けてくれた人は取引先の社長 神崎・R・聡一郎だった。 奇跡的に再会を果たした直後、職を失い…彼の秘書となる本城 美月。 なんの資格も取り柄もない美月にとって、そこは居心地の良い場所ではなかったけれど…。

逢いたくて逢えない先に...

詩織
恋愛
逢いたくて逢えない。 遠距離恋愛は覚悟してたけど、やっぱり寂しい。 そこ先に待ってたものは…

処理中です...