幸せのありか

神室さち

文字の大きさ
236 / 326
OVER DAYS

しおりを挟む
 
 
 
新しいお話に突入! と言いたいところですが、この章は本編の1から2の途中くらいまで、前半、篠田さん、後半瀬崎君の視点でお届け。

サイトに掲載していたころというか、私、古(いにしえ)のホームページマスターだったんで、最後までカウンタを設置していて、それの三百万記念かなんかでリクエスト貰ってこの話を書いた記憶……


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐



 篠田が氷川哉と言う名の社長の次男坊に引き合わされたときの第一印象は、後に引き合わせた秘書課の部下たちと同じ、近未来にはいるかもしれない人型のロボットみたいだと言う、おそらく彼を見た人間が持ち得(う)るであろう有り体な表現しか思い浮かばなかった。


 そのくらい、なんと言うか、ぱっと見た存在に温度がない。温かみを感じないし、かといって冷たそうでもない。



 名刺を差し出して名乗り、よろしくお願いしますと差し出した右手を握った彼のきちんと人並みに柔らかくて温かい右手がその印象を若干修正させたものの、社長秘書からの情報では彼なりに平穏に暮らしていたところをかなり強引に連れ戻されたと言うことなのに、理不尽な状況に憤るでもなく、屋台骨から抜かれたような部門の一年以内の立て直しという無理難題を吹っかけられても眉一つ動かない表情筋だとか、フォーカスがどこにも合っていない感情を見せないガラス球のような瞳だとか、それなのにやたらと無駄のない動きだとか、抑揚のあまりない喋り方だとか、とにかく人間のニオイがあまりしない生き物、だった。



 顔合わせ後すぐ、哉に宛がわれた副社長室での篠田や他の担当者の説明に理解しているのかいないのか返事ひとつ──頷くことさえなく、殆ど反応を示さない。

 前任の長男坊は別の者が付いていたので、噂でしか知らないが、あっちは笑顔が標準装備で、いつもニコニコしているのに実は物凄く頑固なところがあって柔和な表面にだまされていると、甘い方向に物事を転がしてしまうので、とても扱いが難しかったと聞く。

 対する次男の哉は、これまで勤務してきた神戸支社での評判も評価もとても高い。幹部候補試験を受けてもいないのにすでに係長まで昇進を果たしていたのは、本人の実力であると大方の人間が、哉の素性を知らない頃から口を揃えていたという。

 だが、目の前にいる哉を見て、もしやこちらのほうが遥かに面倒なのではなかろうかと心の中で思いつつも、篠田は淡々と彼とて引き継いだばかりの業務について手元の分厚い引継書に沿って確認がてら読み上げる。


 とは言え、事前に内容を把握して重要な箇所だけ読んでいるので、A四版両面刷りで三センチ近くある引継書も、一日で説明は終了だ。明日は顔見せを兼ねて本社内を回り、土日を挟んで月曜以降、かなり強行なスケジュールで国内外の主だった支社と取引先を巡る弾丸ツアーに出発である。時差の関係もあるが、機内一泊して三日で五ヵ国を回る、などと言う詰め込み具合だ。


「本日の説明は以上ですが、ご質問は?」

「今のところはない」

 昼食と、一時間ごとに五分程度の休憩を挟んで現在午後七時を少し過ぎた頃。


 引継書に目を落としたまま、哉が短く応えた。彼も幾度か女性秘書が持ってきた飲み物を飲み、トイレに立ったが、他の者のように篠田の少し休みましょうとの声を聞いてほっと伸びをしたりもせずに背骨はおろかそれを支える筋肉さえ鉄筋で出来ているのかと思うほど、きちんと背を伸ばした体勢を崩さなかった。


しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

大好きな背中

詩織
恋愛
4年付き合ってた彼氏に振られて、同僚に合コンに誘われた。 あまり合コンなんか参加したことないから何話したらいいのか… 同じように困ってる男性が1人いた

それは、ホントに不可抗力で。

樹沙都
恋愛
これ以上他人に振り回されるのはまっぴらごめんと一大決意。人生における全ての無駄を排除し、おひとりさまを謳歌する歩夢の前に、ひとりの男が立ちはだかった。 「まさか、夫の顔……を、忘れたとは言わないだろうな? 奥さん」 その婚姻は、天の啓示か、はたまた……ついうっかり、か。 恋に仕事に人間関係にと翻弄されるお人好しオンナ関口歩夢と腹黒大魔王小林尊の攻防戦。 まさにいま、開始のゴングが鳴った。 まあね、所詮、人生は不可抗力でできている。わけよ。とほほっ。

すれ違う心 解ける氷

柴田はつみ
恋愛
幼い頃の優しさを失い、無口で冷徹となった御曹司とその冷たい態度に心を閉ざした許嫁の複雑な関係の物語

雪の日に

藤谷 郁
恋愛
私には許嫁がいる。 親同士の約束で、生まれる前から決まっていた結婚相手。 大学卒業を控えた冬。 私は彼に会うため、雪の金沢へと旅立つ―― ※作品の初出は2014年(平成26年)。鉄道・駅などの描写は当時のものです。

片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜

橘しづき
恋愛
 姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。    私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。    だが当日、姉は結婚式に来なかった。  パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。 「私が……蒼一さんと結婚します」    姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。

逢いたくて逢えない先に...

詩織
恋愛
逢いたくて逢えない。 遠距離恋愛は覚悟してたけど、やっぱり寂しい。 そこ先に待ってたものは…

溺婚

明日葉
恋愛
 香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。  以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。  イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。 「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。  何がどうしてこうなった?  平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?

25年の後悔の結末

専業プウタ
恋愛
結婚直前の婚約破棄。親の介護に友人と恋人の裏切り。過労で倒れていた私が見た夢は25年前に諦めた好きだった人の記憶。もう一度出会えたら私はきっと迷わない。

処理中です...