244 / 326
OVER DAYS
9
しおりを挟む少し待っていてくれと言い置いて、哉が古めかしい観音開きになった診療所のドアをくぐって、たっぷり十五分。
さすがに待つには少々長く、一度車の中に戻ろうかと思った矢先に、ギイギイと遠慮なく軋みながら木製のドアが開かれた。
先に哉が出てきて、その後からふわふわした長い髪の少女が付いてきた。さらに見送りらしき男女が二人。
どう見てもまだ十代。一応後半か。哉の近くに誰か──異性がいることは薄々気付いていたものの、想定外に若い。いや、若すぎる。
この存在はどうしたものかと思案する篠田をよそに、少女がその二人にお辞儀をして別れを告げているのを、哉が一度足を止めて待ち、彼女が再びこちらを向いたのを確認してやってくるのを見て、篠田は後部座席のドアをいつもよりやや慇懃な身振りで開けた。
そんな篠田を一瞥して、何も言わず哉が乗り込む。その様子を見て自分も同じようにしていいのかと少女が戸惑うように篠田と哉、交互に視線を動かしているが、車の中の人物は全く気付いていないらしい。
「どうぞ」
促した篠田にぺこんと頭を下げて、さりげなくスカートを気にしながら、哉の横に乗り込んだのを見て、ドアを閉める。車が出るまで見送るつもりらしい男女にも一礼をして、アイドリングを続けていた車の運転席に戻って車を発進させた。
車に乗っても、哉は少女に顔を向けようとせず外を見たままだ。少女の方は知らないケージに入れられた小動物の様になにやら落ち着かない様子で微妙な緊張感を漂わせている。
暫く説明を求めるような視線を哉に向けていたが、微動だにしない様子に諦めて視線をさ迷わせ、不意にバックミラー越しに視線が合ってしまい、あからさまにばっと逸らされた。しかしそれは不愉快なものではなく、むしろなにやら微笑ましい。
診療所から哉の住むマンションまでなど、十分少々しかかからない。無言の空気ごと、車はあっと言う間に人間たちを目的地へ運んでしまった。普段どおりエントランス前に車を止めると、歩道側に座している少女がまたもや挙動不審だ。
自分で降りるべきか、先ほどのように開けてもらうのを待つべきなのか。全くの初対面で部外者の篠田でさえ、彼女の疑問は手に取るように判るのに、視線で必死に問うているのに、哉は全く気付いていない。
放っておいたら益々パニックを深めそうな少女の為に、篠田が降りてドアを開けてやると、それを見て慌てて車から降りて、礼を言いながら頭を下げてくれる。
「すいません、ありがとうございました」
「いえ」
下げた頭を上げて、車から降りてくる哉を不思議そうに見ている。
「あの、仕事は?」
「キーを持っていないだろう。篠田、すぐ戻る」
「わかりました」
送ってもらうのはここまでだと思っていたらしい。その質問にため息と一緒に答えて、彼女の返事を待たずにさっさとエントランスへ向かってしまう。
その背中を見て、追おうとして止まって、篠田を振り返って少女が再びお辞儀をした。
「えっと、すいません。ご迷惑おかけしました」
そう言って、少女が走って哉を追いかけていく。すぐに奥にその姿が消えてしまう。
控えめで自己主張がないので目立たないが、すれ違った後、振り返ってしまうようなタイプ。
どうしたものか。
彼女は『誰』なのか。
0
あなたにおすすめの小説
それは、ホントに不可抗力で。
樹沙都
恋愛
これ以上他人に振り回されるのはまっぴらごめんと一大決意。人生における全ての無駄を排除し、おひとりさまを謳歌する歩夢の前に、ひとりの男が立ちはだかった。
「まさか、夫の顔……を、忘れたとは言わないだろうな? 奥さん」
その婚姻は、天の啓示か、はたまた……ついうっかり、か。
恋に仕事に人間関係にと翻弄されるお人好しオンナ関口歩夢と腹黒大魔王小林尊の攻防戦。
まさにいま、開始のゴングが鳴った。
まあね、所詮、人生は不可抗力でできている。わけよ。とほほっ。
溺婚
明日葉
恋愛
香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。
以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。
イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。
「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。
何がどうしてこうなった?
平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?
今宵、薔薇の園で
天海月
恋愛
早世した母の代わりに妹たちの世話に励み、婚期を逃しかけていた伯爵家の長女・シャーロットは、これが最後のチャンスだと思い、唐突に持ち込まれた気の進まない婚約話を承諾する。
しかし、一か月も経たないうちに、その話は先方からの一方的な申し出によって破談になってしまう。
彼女は藁にもすがる思いで、幼馴染の公爵アルバート・グレアムに相談を持ち掛けるが、新たな婚約者候補として紹介されたのは彼の弟のキースだった。
キースは長年、シャーロットに思いを寄せていたが、遠慮して距離を縮めることが出来ないでいた。
そんな弟を見かねた兄が一計を図ったのだった。
彼女はキースのことを弟のようにしか思っていなかったが、次第に彼の情熱に絆されていく・・・。
雪の日に
藤谷 郁
恋愛
私には許嫁がいる。
親同士の約束で、生まれる前から決まっていた結婚相手。
大学卒業を控えた冬。
私は彼に会うため、雪の金沢へと旅立つ――
※作品の初出は2014年(平成26年)。鉄道・駅などの描写は当時のものです。
Fly high 〜勘違いから始まる恋〜
吉野 那生
恋愛
平凡なOLとやさぐれ御曹司のオフィスラブ。
ゲレンデで助けてくれた人は取引先の社長 神崎・R・聡一郎だった。
奇跡的に再会を果たした直後、職を失い…彼の秘書となる本城 美月。
なんの資格も取り柄もない美月にとって、そこは居心地の良い場所ではなかったけれど…。
Perverse second
伊吹美香
恋愛
人生、なんの不自由もなく、のらりくらりと生きてきた。
大学三年生の就活で彼女に出会うまでは。
彼女と出会って俺の人生は大きく変化していった。
彼女と結ばれた今、やっと冷静に俺の長かった六年間を振り返ることができる……。
柴垣義人×三崎結菜
ヤキモキした二人の、もう一つの物語……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる