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愛し君へ
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しおりを挟む広い玄関。上がり框は厚い檜の一枚板で、顔が映りそうなくらいに艶やかに磨き上げられている。框(かまち)の三和土(たたき)にあたる部分は無理に四角く切り出さず、その自然な反りさえ見事だ。
玄関には、ちょっと座って靴を履くための、どっしりとした腰掛けがいくつか置かれていて、そこにそっと降ろされた時、からからと玄関戸が開かれた。
「え。あら? もう帰るの?」
「じゅいちゃんっ!」
現れたのは、三年ほど前に結婚して氷川姓を離れた琉伊で、何やらぐずっていたらしい娘の萌花(ほのか)が樹理を見つけて、しがみ付いていた琉伊の足からぱっと離れて駆けてくる。
「じゅいちゃん、だっこ!」
「萌花ちゃん、久しぶり」
両手を広げた樹理に、琉伊によく似た子供が飛びつく。あと少しで二歳になるのだが、既におしゃべりは一人前だ。
「あー しんどい。もう、抱っこ抱っこってうるさくて」
大きな荷物を置いて、琉伊が体を反らせて伸び、腰を拳で叩く。そうすると少し目立ち始めた腹がより一層前に出た。まだ五ヶ月になったばかりだが、もともとが細いので、そこだけ強調されやすいのだ。
「その様子はすでに決別? 樹理ちゃんに今日のこと聞いて仲裁にと思って来たんだけど、ごめんね、なかなか出かけられなくて」
がっつり両手両足で樹理にしがみついた娘を見つつ、琉伊が樹理に聞く。
「ううん。琉伊さんがいてもいなくても、なんて言うか、変わらなかったと思うし。ありがとう、いつも気に掛けてくれて」
疲れきった顔でそれでもなお微笑もうとした樹理に、無理しなくていいと苦笑いにしかならない笑みを見せた琉伊が、ため息を吐く。
「……って言うか、すごい怒ってない?」
「あー……うん。」
ちらりと哉を見た琉伊につられて、樹理もそちらを見る。琉伊にもすぐにわかるほど、ひんやりした空気を醸しているのだ。
「ちょっと、ね」
「琉伊」
言葉を濁した樹理のセリフが終わるのと同時に、哉が口を開いた。
「紹介してもらった病院だが、もう利用しない」
唐突な言葉に、琉伊が一瞬目を丸くしたのち、長い溜息を吐いた。
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