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愛し君へ
47 side樹理
しおりを挟む買い物に出かけるために部屋を出てエレベータを待っていると、どうやら隣の住人らしい背の高い女性が出てきた。おそらく染めているのだろうきれいなブロンドの髪。顔の半分を覆う大きなサングラス。真っ赤なルージュがひかれたくちびる。
こちらも春ものらしい淡いパステルカラーのコートの前は全開。コートの下は体にぴったり沿ったワンピースで、絵に描いたように見事なプロポーションが惜しげもなくさらされている。日本でこんな格好をした人を見たら半歩引くが、ここではあまり珍しくない類だ。
「Thanks!」
エレベータを待機させていた樹理に初対面とは思えないほどフランクに礼を言って、女性も乗り込む。
『一階ですか? 地下ですか?』
『一階をお願い。それとちょっと聞くんだけど、あなた一五〇三に住んでる?』
『そう、ですけど、何か?』
『うん、さっきピアノ弾いてたの、あなた?』
掛けていたサングラスを外して、女性が小首をかしげるように聞いてきた。綺麗な青い目が、長い睫毛に縁どられている。美人だ。そしてどこかで見たことがあるような気がするが、思い出せない。
『いえ、この子なんです。ごめんなさい。窓が少し開いていて……うるさかったですか?』
『ううん。上手だなーと思って。そっかー お嬢ちゃんが弾いてたのかー』
『あ。ありがとうございます。あの、でも、この子、男の子、です』
『えっ あ。ごっめーん。かわいかったから間違えた。そっか、男の子か。ピアノたのしい?』
「はい」
『ん? ニホンゴ? 日本人? ハイってyesの意味だよね』
「はい」
『私もピアノ好きだったわー 君、すっごい上手。今度また弾いてくれる? おねぇさん歌うたうからさ』
「はい」
『やったー じゃあ約束ね。ねぇ 私ちょっとしばらく留守にするんだけど、帰ってきたら遊びに行っていい?』
すでににエレベータは一階に到着していて、傍から見れば既知の仲と言った様子でエントランスを三人で歩く。
『私、エリー・カールトンって言うの。あ、コレ、あげる!! じゃあね』
玄関に立つドアボーイが、慇懃に礼をする横を通り抜け、待機していたタクシーに乗り込む前に、女性──エリーが名乗って、カバンから四角い何かを出して樹理に押し付ける。
『絶対だからねー!!』
何やら物々しいSPのような大柄の男性が開けたドアから大きな車に乗り込み、あけ放ったリアウインドウの向こうで、エリーが激しく手を振っているのに振り返し、車が見えなくなってから、やっと樹理は押し付けられた四角いものを見た。
四角い、薄い、プラスチックのもの。いわゆる、CDケース。
シンプルに英字がプリントされただけで、何が何だかわからない樹理だったが。
その後、彼女が現在全米をにぎわす歌手だと知って卒倒しかけた。
さらに付け足すと、彼女はこの時北米ツアーに行く直前で、帰ったその足で氷川家を訪れて、廉の弾くピアノに合わせて歌ってくれて、樹理の手料理をおいしいとバクバク食べまくった。
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