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第三章
みんなたからもの
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小学二年生の朔空君は、少し痩せっぽっちだったが随分と大きくなって、ぼくをひょいと抱き上げる。
結月さんはすっかりママ振りが板について、学年委員などに推薦されて、絵画活動の合間にそれなりに活躍していた。
父兄参観日。
児童達が親などの前で、ひとりずつ作文を発表する。テーマは[家族]。
結月さんは帰るなり、久しぶりに激しくもふもふぐりぐりして、
「ジン、愛されてるわね!」
気を失わんばかりの愛情表現をぶつける。ぼくはそれを、久しぶりにありがたく受け取った。
「咲月、キリ、妬いちゃだめよ。そういうわたしは妬いてるんだけどね、うふふ」
結月さんは写真に話しかけた後、参観日に読まれた朔空君の作文の内容を披露した。
「ぼくのかぞく
二年一くみ、ひいらぎさくら
ぼくには三才年上のおねえちゃんがいます。名まえは『ジン』です。ジニアという花の名まえからついたそうです。おなかにジニアのたねみたいなもようがあります。
ジンはまっ白だけど、青い目と赤い目をしています。
ぼくとおなじおとこの子みたいだけど、ぼくがうれしいときもおこってるときもかなしいときも、いつもそばにいてくれます。
ジンはねこだけれどとてもやさしくて、ハムスターの『ぼんぼり』をぜったいにかんだりしません。
ぼくは、おねえちゃんのジンが大すきです。
おわり」
作文用紙には、先生の花丸と、「すてきなかぞくですね」という言葉が添えられている。
結月さんは号泣しながら、
「ね、妬けるでしょ?」
と、作文を写真の前に置いた。
ぼくは経験した事のないような体温の上昇と胸の圧迫を感じて、これが歓びの境地というものなのかと思った。
「ジン、居てくれてありがとう」
結月さんが咲月さんのように、ぼくをふわっと抱きしめた。
結月さんに重なって咲月さんが微笑んでいた。
ージンおねえちゃん? おばちゃんだろ
霧人君の囁き声は、ぼくをその場でぐるぐる回転させた。
ーうそだよ。ジン、ありがとう
「キリト、ぼくはずっとサクラの傍に居るよ」
石鹸の匂いがぼくを取り巻いた。
2
ぼんぼりの様子が変だ。
今日は、いつもの騒がしい回し車の音が聴こえてこない。
気になったぼくは、日向ぼっこから立ち上がると、ぼんぼりの様子を見に行った。
たいてい夜中とこの時間は、カラカラカラカラぼくの安眠を妨げるのだが、どうした事か、おとなしく巣箱に寝そべっている。
つい先程まで、おやつを頬袋に溜め込んでいたはずなのに……違う、眠っているのではない。
ぼくは咄嗟に誰もいない家の中で、誰か早く帰って来てと、にゃおんにゃおん泣き続けた。
やがて、ぼんぼりは巣箱からモショモショ出てきて、敷き詰められたウッドチップの上で再び動かなくなった。
尋常じゃないぼくの鳴き声に、結月さんが玄関から飛び込んで来た。
「どうしたの、ジン!」
ぐったりしたぼんぼりを、そっと手のひらに乗せると、
「とにかく病院! ジン、お留守番してて」
結月さんが玄関を飛び出た時、
「ただいま」朔空君が帰ってきた。
あっという間にふたりは、ぼくが大嫌いな予防注射をするドリトル動物病院に、ぼんぼりを連れて行った。
ぼくはふたりが帰るまで落ち着く事を知らず、うろうろし続けた。
ぼんぼりは入院した。
あんなに小さいのに……きっと苦しいだろうに。そう思うと、ぼくの胸はぎゅぎゅっと絞られて、やっぱりうろうろしてしまう。
「ドリトル先生、一晩預かって看てくれるそうよ。ただ……」
結月さんは、心配そうに朔空君を見てから、
「ただ、寿命という事も大いに考えられるとも仰ってたわ」
朔空君の奥歯を噛んだ蒼白な顔、大きな目を少し三白眼気味に一点を見つめた表情は、奇跡を呼び寄せようとしているようにみえた。
翌日、学校から帰った朔空君は、結月さんに連れられて、ぼんぼりの待つ病院に向かう。
結月さんからドリトル先生の伝言を伝えられて、口を一文字に閉じ拳を握りしめて、覚悟を決めた朔空君は、一言も口を利かずにしっかりと結月さんについて行った。
ぼんぼりは寿命だった。
朔空君は涙を見せなかった……少なくともみんなの前では。
ぼくは知っている。
朔空君がカーテンに包まって毎日泣いていたのを。
ひとりでお風呂に入って毎晩泣いていたのを。
今は朔空君の部屋になっている、霧人君のベッドに潜り込んで、泣きながら眠ってしまう事を。
朔空君と過ごせた一年半、ぼんぼりは幸せだった事を。
ぼくは知っているよ。
今、ぼんぼりは百日草の傍で眠っている。
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