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第四章
将来の夢
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夏休み明けの席替えで隣になったのは、国語の授業でよく手を挙げるツインテールの女の子だ。クラス替えで一緒になってから、あまり話した事はなかった。
女の子の赤いファスナーのペンケースは、鉛筆と数色のサインペンがぎうぎうに詰まっていて、いつも開け閉めに苦労しているように見えた。
朔空君がじろじろ見ていると、
「だいじょうぶ、こわれたりしないから」
と、にこにこ笑った。
朔空君はどきっとして、知らん顔してしまおうかと思ったけれど、
「サクラ君の筆箱の白ねこの絵、ジンちゃんでしょう」
などと、いきなり指差すものだから、知らん顔どころか驚いて、
「何でわかるの?」と、思わず訊き返した。
「パパからジンちゃんのお話をきいてたから」
女の子は二見茉子といって、正体はドリトル先生の娘だった。
知らなかった朔空君は、わかり易いほど唖然と口を開けて驚いた。
「サクラ君、いつもいそいで帰っちゃうから」
「あ、ごめん」
朔空君は理由もなく謝ってしまった。
給食の時間になると、茉子は自宅にいるスコティッシュフォールドの「ミライ」の話を、どんな時よりも楽しそうにする。本当に茉子もミライを大事にしているんだなと、朔空君は感じた。
茉子は給食の牛乳を飲む事が出来なくて、毎日麦茶を持参していた。
「あたしの牛乳アレルギー、ばちが当たったからなの」
学校の帰り道、茉子が何か話してしまいたいような哀しい目をして言った。
「ママが言うには、あたしが三さいくらいの時に、おなかすいてそうだったこねこのミライに、かってに牛乳をあげちゃったの。それでミライがおなかこわして、パパにしかられたの……そのばちなの」
「だれがそんなばち、与えるのさ。今、ミライは元気なんだし、マコが二度とまちがいを起こさなければいいんだよ」
「サクラ君てやさしいね。ミライ連れて遊びに行ってもいい?」
「……べ、べつにいいけど」
「ユウキのプリンて牛乳入ってるの?」
「もちろん。何、サク、どうした?」
「うん、何でもない」
結月さんは、朔空君の両頬を指で摘んで、にょーっと伸ばす。
「何でもないわけないね、結月ママに言いなさい」
ーおばちゃんだろ
「何か言った?」
「ぼくじゃない、たぶんキリ兄だよ」
次の日、茉子はミライを抱いて、本当に遊びに来た。
「はじめまして、ミライでぇす」
茉子が朔空君にミライを紹介している。
可愛い。まあるい顔だし耳が折れている。少し垂れ目なのか。柔らかそうにふわふわして、結月さんだったら「食べちゃう」とか言うのだろう。
朔空君は茉子からふわふわのミライを渡されて、その感触を気持ちよさそうに楽しんでいる。少しじりじりするが、ぼくは悟っているから妬いたりはしない。
「ミライは何さいなの?」
「六さいの女の子」
茉子の手に戻されると、ミライは熱心に茉子のツインテールに戯れつく。
仔猫のように可愛いくて、とても成猫に思えない。
朔空君は、結月さん特製プリン豆乳バージョンを、慣れないおもてなしをするように、
「牛乳入ってないから、ん」と言って渡している。
「牛乳以外アレルギーないって言ってたから、ん」
「ありがとう、やっぱりサクラ君てやさしいね」
2
それからというもの、茉子とミライはよく遊びに来た。
ミライは朔空君を気に入ってたし、隣のノリとも相性が合うらしく、仲良く遊ぶ時もあった。
ぼくはその間もずっと咲き続け、ふたりの会話を微笑ましく聴いていたが、ぼくがここに咲いている事は内緒だった。そう、これはまだ、ぼくと朔空君ふたりだけの秘密なのだから。
茉子は、中身がぎうぎうに詰まった赤いペンケースから何色かのサインペンを取り出し、百日草を描き始めた。
ミライやノリと釣竿蝶々で遊んでいる朔空君に、
「サクラ君て絵がうまいよね」
と、自分の描いた花の絵を残念そうに見つめながら、茉子は言った。
「ユウキ……じゃなくて、お母さんが絵かきなんだ」
「へえ、じゃあ将来絵かきさんになるの?」
「……決めてないよ」
「あたしは決めてる。将来はパパみたいに獣医さんになるの」
茉子は、あまり上手ではない花の絵から目を離さずに言った。
「すごいね。おとなになった自分のすがたなんて、ぼく想像できない」
茉子が帰った後、
「ねえジン、ぼくはいったい何者になっていくんだろう」
遠くの赤い空を見つめながら言った朔空君の顔つきが、霧人君とよく似ていた。
*
「マコは獣医になるのか。カズマはサッカー選手になるって決めてたし。ぼくも決めなくちゃいけないの? ジン。
はぁー、決められないよ。好きなことと、楽しいことと、やりたいことと、なりたいものって、かならずしも同じじゃないって思うんだよ。
ぼくがわくわくして、もっと知りたいって思ったのは、お父さんが教えてくれた黄金比の話。
ユウキのキャンバスもサツキのピアノの音階も黄金比からできてるっていう話。ふしぎだけど正解があるんだ。
夢はいっぱいあるけど……なりたいものって、『ねこ』とかじゃだめなんだろうな。
化け猫ジンでいいから、ぼくにすがたを見せてよ。ジン、そばにいてよ」
*
「自分を信じなさいって、お父さんがいつも言ってるじゃない。だからゆっくりおとなになっていけばいいよ。サクラが忘れない限り、ずっとずっと傍にいる。万が一、忘れらてもずっと見守ってるよ」
白い花を揺ら揺らさせたぼくの意思表示は、朔空君に届いただろうか。
木枯らし一号がやって来た後、ぼくの体にも変化が現れ、わしゃわしゃと種を生み出した。やがて零れ種になって地面に落ちると、ぼくは少し眠くなった。
「ジン、お休み」
枯れて姿を消したぼくに、優しい朔空君の声が遠くの方で聴こえた。
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