Zinnia‘s Miracle 〜25年目の奇跡

弘生

文字の大きさ
49 / 50
最終章

  二十五年目の奇跡

しおりを挟む

      1


 外の冷たい空気から遮られた聖堂内は、静謐せいひつな空気と香りが漂っていた。普段は質素な祭壇が、ポインセチアやモミの枝葉で飾られている。
 信徒達は静かに席に着き、すでに祈りを捧げている者もいる。音のない蝋燭のゆらめきが、初めてクリスマスミサに参加した朔空を敬虔な気持ちにさせた。
 琴音はこの教会での最後のクリスマスミサのオルガンを弾いた。
 今宵ばかりは、ジンもジーニャもジーノも留守番だった。それぞれが聖夜の空を見上げながら、これからの平和な未来を願っていたかもしれないし、温かい太陽の下で蝶々を追いかける事を夢見ていたかもしれないし、蒲公英の綿毛を飛ばしたり早くおやつの時間にならないかと考えていたかもしれないし、兄弟みんなが一緒に暮らせますようにと祈っていたかもしれない。
 それは、まるで決められていたかのように、自然にシンプルに当たり前のようにふたりを導いた。
 クリスマスが終わると、朔空と琴音は、必然であったかもしれない出会いを果たすきっかけになった教会と神父と神に感謝をした。
 そして、その場で神と神父に誓い、ささやかなふたりだけの結婚式を挙げた。もちろん普段着の私服のままで。



       2


 翌年の春、朔空君と琴音はぼく達三兄弟を伴って、朔空君の実家に戻った。
 お父さんの喜びはひとしおで、細い目がなくなってしまうのではないかと思うほど、顔に皺を寄せて笑顔になった。
 結月さんのがちゃがちゃは健在で、
「ううん、ジン、お帰り。マシュマロふわふわ食べちゃう」
 そう言いながら、「わーん」と本気で泣きながらぼくをぎうぎう抱きしめた。
「ジーニャもジーノもよく来たわ。焼き大福と大判焼きね、うまうま」
 と、こちらも大袈裟に舌なめずりして抱きしめてから、
「サク、自然に呼吸出来る場所が居るべき所、在るべき人よ。ね、琴音ちゃん」
 まるで、何年もの間会っていなかった事など飛び越えてしまったかのように、結月さんは自然だった。自然すぎて、
「新生ジンもその兄弟達も、素麺食べるかしら」
 と言って、ぼく達の前に白い素麺をうねうねしてみせるのだった。
「結月……」
 お父さんの呆れた苦笑に、みんなが一気に大笑いして、この平和な新しい家族の形に、写真の咲月さんと霧人君も月乃ママも笑顔になるのだった。
 まだ咲くには早い百日草の庭に出ると、珍しく早咲きの白い花がゆらゆら小さく揺れていた。
「あ、ぼくのこぼれ種だった花の子孫かな」
 ぼくは、花の前にエジプト座りをして、哲学者みたいな顔つきを装ってみた。
 ぼくの目の前では、ジーニャとジーノが土からはみ出た蚯蚓や石の陰に逃げ込んだ蜥蜴を捕まえようと必死である。
「こらこら、ジーニャもジーノも、この百日草から名前をもらったのだから、こちらに来て一緒にこの花を愛でなさい」
 と、言ってはみたものの、彼らはそれどころではないようだった。
 前世で逃げ惑ったぼくの兄弟は、安否不明の行方知れずだった。今度は一緒に生まれた兄弟と同じ家で暮らせるなんて夢のようだ。
 琴音が、早咲きの百日草とぼくの前で、咲月さんの詩を口ずさみ、
「二十五年の魔法って、本当にあったのね」
 ターコイズにぽっかり浮いた綿雲を見上げて言った。
「まさか、この家に住む事になるなんて、あの時は思いもしなかったわ、うふふ」
「二十五年の魔法、ぼくとジンが作ったのさ。琴音先輩をここに連れて来るために……ごほっごほっ」
 慣れない台詞をかっこよく言おうとして、朔空君は失敗したように見えたけれど、琴音は黒目がちの目で朔空君をじっと見つめると、
「柊君、可愛い」
 初めて思い切り朔空君に抱きついた。
「柊君、石鹸くさい」
 そう、ここに来てやっとからだを寄せ合うという、不思議なのんびりした関係がここに本当にあった。

「サツキ、キリト、ぼくがふたりを見守るよ。だから安心して」



       3
 

 朔空君は、地元の大学院での博士課程に進めるように、教授に推薦状と論文の添削を依頼して、面接と試験に挑み、次の年、フリーランスをしながらの大学院への復帰を果たした。
 琴音も母校の中学に転任し、ますます生き生きしていた。家では咲月さんのピアノを弾き熟し、あの詩にメロディを付けて歌っていた。童謡みたいな可愛らしい咲月さんの曲とは違って、半音を多く使った不思議なメロディーで、この曲が聴こえてくると我々ジニア三兄弟は、こぞって鍵盤の上に飛び乗りニャアニャア鳴きながら、琴音の演奏の邪魔をするのだった。
 お父さんは、動きの悪い右手の代わりに、左手で何でも熟すようになっていた。驚くほど字も上手く書くし、最近は立体図形の錯覚を調べていて、折り紙を左手で器用に折るのだ。ちなみに、ぼく達のために、釣竿蝶々の蝶を新しく立体的に作り直してくれた。もちろんぼく達は競ってジャンプするうれしい羽目になった。
 驚くのは結月さんだ。朔空君と入れ替わるように、しばらく家を空ける事になった。博士号を取得した白尾君と共に、聖さん家族のいるベルリンを訪ねるそうだ。聖さんとは良好な関係が続いていて、白尾君を引き合わせる目的もあるようだ。実に不思議で自由な関係だ。
 その結月さんから訊いた話によると、千弦はその後小学校教師を辞め、友人とよく出掛けていた大好きなテーマパークで働こうと、今はダンスを習っているそうだ。猫のキイの次に迎えた猫は、千弦が名前を付けて可愛がっているという。今度は三十歳までに結婚と戸建てと出産を叶えてくれる相手を探しているようだが。環からはそんな報告と謝罪があったそうだが、やっと子離れが出来たようだと随分と明るくなり、今は元気に過ごしているらしい。
 香椎隼矢は退職後、数学を楽しく学べるメソッドを立ち上げ、子供達に遊べる数学を教えているという。その際はお父さんにも相談に来たらしい。自分の家庭を大事にする事を条件に、咲月さんの墓参りもお父さんは赦したという。 
 数真君はサッカーのクラブチームに所属して、レギュラーで頑張っているとの事。
 茉子はドリトル動物病院を継ぐべく、獣医になっていた。
 ぼく達が恐怖の予防注射に訪れた時の、ツインテールの若い女医が茉子だったのだ。ぼくはその揺れる髪先が気になって落ち着かなかった。
「サクラ君! 何年振りかな、また白猫なんだね」
「マコ、変わってないな。夢通り獣医になったんだね、すごいや」
「うん、そうだよ。サクラ君は画家になるのかと思ってた。それと、今でもあの時のサクラ君のママが作ってくれたプリンが忘れられないよ」
 ピュアな朔空君は少しドキッとして琴音の方を振り向いた。
「可愛い思い出は宝物ね。うふふ」
 ぼく達三兄弟は仲良く勝手自由に、今穏やかな柊家に安住している。
 そして百日草は決して絶えることなく命を繋げていくのだった。

 みんなみんな、まんまる幸せに生きている。
 これこそが二十五年という月日の奇跡なんだ。
 何だかぼくは、そう思った。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

処理中です...