それは素晴らしきメイド達の世界

夏ノ木の実

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最終章 異世界のメイドさんを救うのは

第六十四話 ”最弱”の切り札

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 戦場を巻き戻して最初の状態に戻す方法、脳裏には漫画やアニメでよく見る一つの可能性が思い浮かぶ。
 
「まさか、時間を巻き戻せるのか…………?」

 リリアならそんなスキルを持っていてもおかしくない。自分の危険を顧みずに興味本位で戦場に同行するようなお嬢様だ。それに、どこか作り物めいた白い肌や生気の抜けた表情、不思議なほどマイペースな話し方も、タイムスリップ能力を持っているような雰囲気がある…………かもしれない。

 そんな期待を高めている俺とは対照的に、リリアを睨みつけていたディークの表情はさらに険しさを増した。『話にならない』と吐き捨てていたときと同じ顔だ。リリアの方を向いているメイドさん達と、部屋の隅でほぼ瀕死状態のバテラロは、半信半疑の目をしている。
 それらの視線を受けてもリリアは飄々と、俺を見つめたまま、くにっと口元を吊り上げた。

「面白い発想ですね。けれど、違いますよ。私はシルフェント最弱ですから」

 言われてみれば、時間退行スキルを持っているなら今ごろリリアは世界の頂点に経っているだろう。真顔でこんな発想を口にするなんて、さっき脳にダメージを受けすぎたか……。
 自虐しながら頭をさすっていると、リリアは長い指をピンと伸ばして、手のひらを向けてきた。

「世界に一つしか存在しないオリジナルスキル――眠(プリス)。触れた相手を五分間眠らせることができるものです」
「…………は、眠らせる?」
「ええ、眠らせるものです」

 弱い……。なんだそれ。
『付与した相手を戦闘不能にする』という点では俺の操作(ミリカ)に通じるものがあるけど、戦闘力のないリリアが持っていても意味がない。
 それで何をやり直すって言うんだ…………?

 俺の訝し気な表情を感じ取ったのか、リリアはふと視線を揺らし、こちらへ戻した。

「眠(プリス)の眠りは通常の眠りではありません。付与された人は、通常の九十六倍の深い眠りに落ちることができます。その本質は”睡眠”ではなく、”癒し”なのです」
「なるほど……そういうことか……」

 ディークがリリアに呆れと怒りの混じった視線を向けているのも当然だ。メイドさん達は首を捻っているけど、目を丸くしているトマトもおそらく気付いている。
 このスキルは、通常なら使おうとすら思わない。使い道がない、いわゆるゲームなどでいう『死にスキル』だ。

 相手を眠らせるのではなく、味方を眠らせることで、『スキルの使用制限をリセットする』効果。通常、五~八時間の睡眠で行うリセットを、五分間で行うことができる。成功すれば俺は再び全てのスキルを使い、文字通り戦いをやり直せる。
 しかし、戦場で五分間眠り、無防備を晒さなければ効果は得られない。リリアでなければこのスキルを使うという提案すらしなかっただろう。

「馬鹿げている…………」

 ディークが呟き、鋭く目を細めた。その視線は白ドレスの令嬢に向けられている。

「リリア・フィリヌス、やはり貴様は常軌を逸している。戦場で睡眠を取るなどただの自殺だ。世界の命運を決める神聖な戦いで、私はそのような無様な行為を認めない。そのスキルを付与した瞬間、それが葉風にとって最後の眠りとなる」

 言われなくてもわかってる。何かの競技ならともかく、戦闘に休憩などないのだから。
 リリアはその答えを想定していたのか、俺を見つめたまま、ディークに瞬き一つの反応も示さず続けた。

「葉風さん、二つの道から選んでください。一つは、私に残されたスキルを葉風さんが身に纏って戦うことです。けれど、私のスキルに青目を倒す決定打はありません。残っているスキルはほとんどが防御系です」

 スキルを失った俺にとってはこれでも十分すぎる提案だ。限りなくゼロに近い勝率が、数%になる。
 戦闘が止んだ室内には、リリアの言葉だけが響き渡る。

「二つ目は、葉風さんが眠(プリス)で眠り、スキルの使用制限をリセットしてから再戦することです。葉風さんが眠っている五分間は、私の残りのスキルを、白(アルブ)とあなたのメイド達に付与して凌ぎます。どちらを選びますか?」

 リリアが言い終わると同時に、「鳥太様っ!」とメイドさん達数人が叫んだ。
 クシィはホワイトタイガーを思わせる戦闘時の足運びで振り向き、小さく顎を引く。チズは拳を強く握り、足先でトンッと一度リズムを刻み、ディークへ殺気を放つ。他の戦闘メイド達も、非戦闘員のメイドさん達も、二つの道の片方へ希望の目を向けている。

 隣を見ると、トマトは全てを見透かしたように笑顔を見せた。

「鳥太様、どちらにしますか?」
「俺がどっちを選ぶか、わかってる顔だな」
「ええ、もちろんです」

 トマトはふっと目を閉じた。ずっと側にいたこの子は、知っている。
 俺はメイドさん達を傷つけたくない。どんな小さな脅威からも、彼女達を守りたい。

 けれど、俺は彼女達に支えられて生きてきた。
 守ってきたのはお互い様だ。メイドさん達がいなければ……この世界に来てトマトやみんなと出会っていなければ、俺はメイドさん達が邪険に扱われているこの世界に、絶望していたかもしれない。
 けれど、みんなと出会い、メイドさん達が前を向いて生きていることを知った。ルッフィランテで楽しそうにしている彼女達を見てきた。職場で虐めに遭っても、主人に冷たくされても、邪険な扱いを受けても、投げ出さずにこの世界と向き合っていた彼女達を見てきた。

 メイドさんが強いこと、守られるだけの存在じゃないことを知っている。
 俺は世界の誰よりも、メイドさんの力を信じてる。

「トマト、少しの間だけ…………いつも通り、俺を守ってくれ」
「はいっ! もちろんですっ!」

 トマトの明るい声が、緊張感の増したホールに響き渡る。
 メイドさん達は一斉に、口元を緩め、力強い眼差しを俺に向ける。
 部屋の中央ではディークだけが苦い顔で呟く。

「正気か…………葉風鳥太。たった一人の執事とメイド、世間知らずの最弱に命を預けるというのか」
「俺が命を預けるのはメイド達だよ。俺は世界一のメイド好きだ。メイド達が側にいる限り、俺はもうお前には負けない」

 トマトにもう一度目を合わせた。
『あとは任せた』と視線で伝え、リリアに向き直る。
 夢の中で、復活した後ディークに勝つ方法でも考えよう。

 真剣な顔のオレンとココナが近寄ってきて、俺を囲むように両手を広げた。

「いや、倒れないから大丈夫だよ」
「あ、そうですよね! 失礼しました……!」
「かしこまりました。おやすみなさいませ、鳥太様」

 オレンは照れくさそうに頭をかき、ココナはペコリと丁寧におじぎをした。
「おやすみ」と呟いて、床に座る。

「では、いきますよ」

 リリアと目が合う。
 桃色の瞳は虹が映り込んだように、ユラリと煌めく。

 目を閉じると、心地よい気だるさが全身に満ちていく。ぼんやりとした感覚に身を任せる。
 ふと誰かが寄ってきて、体が優しく横に倒された。
 誰だろう?
 確認しようと思ったが、一度閉じた瞼は重たくて開かない。ふわりと柔らかな温もりが体を覆う。


「おやすみなさい、鳥太君。あなたはきっと世界を救います」


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