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4章
この上ない味方 1
しおりを挟む翌日、閉店後の店にモンバルトがやってきた。
「モンバルト先生! あれ、その人は……?」
数日ぶりに会ったモンバルトの背後には、見知らぬすらりとした容姿の青年が立っていた。
(あれ、この人どこかで……?)
面立ちにどことなく覚えがある気がする。とは言え、こんな整った容姿のいかにも育ちのよさそうな男性の知り合いなどいない。
(気のせい……かしらね)
気を取り直し、モンバルトを見やった。するとモンバルトはにやり、と笑みを浮かべ男を紹介してくれた。
「お前さんに言ってた強力な助っ人を呼んできたぞ。アグリア」
「え?」
どうやらこの青年が、モンバルトの言っていた人物てあるらしい。
「やぁ、君がアグリアだね。どうぞよろしく」
男ははっとするほど美しい微笑みを浮かべ、流れるような仕草で手を差し出した。
「あ、はい! よろしくお願いします……」
「私のことは、そうだな……。フィーとでも呼んでくれたら嬉しいな」
「は、はぁ……」
どうも様子がおかしい。
ちらと不安を浮かべモンバルトを見れば、モンバルトがおかしそうに噴き出した。
「くくくっ! やっぱり平民のふりはさすがに無理があるらしいぞ。フィー?」
からかうようにフィーとやらにモンバルトを見れば、男は苦笑し肩をすくめた。
「やっぱりだめか。服装も髪型も最大限工夫して、これなら大丈夫だと思ったんだけどな……」
残念そうに、けれどどこか楽しげにつぶやき、男はあきらめたように口を開いた。
「じゃああらためて……、私の本当の名前はフェリクスだ。モンバルトに今回の一件に手を貸してほしいと言われてね。立場上見逃すわけにもいかないし、協力させてもらうよ」
「フェリクス……さん? 立場……って……?」
ぱちくりと目を瞬き、あらためて男の顔を見やった。
すらりと通ったきれいな鼻筋に整った目鼻立ち。どこか貴公子然とした、やわらかな物腰と身にまとう高貴な雰囲気にはっとした。
「も……もももももも、もしかして……! あなたって……第三王子のフェリクス王子殿下じゃ!?」
じり、と後ずさり男を見やった。
「くくくくっ! やっと気づいたか。アグリア」
おかしげに笑い声を上げるモンバルトを、じろりとにらみつけた。
「モンバルト先生っ! だったらそうとはじめから言ってくださいよっ。不敬罪で捕まっちゃうところだったじゃないですか」
混乱しながらそう叫べば、フェリクスが「はははっ」と笑い声を上げた。
「モンバルトを責めないでやってくれ。一度平民のふりでお忍びに出てみたくてね。うまくいくと思ったんだけど、残念」
「でもどうしてモンバルト先生が、フェリクス殿下とここに……? もしかして先生が言ってた、助っ人って……?」
モンバルトがこくりとうなずいた。
「あっちが第二王子を後ろ盾にしてるんなら、こっちは第三王子で対抗ってわけだ。悪くない手だろ? くくっ」
悪いも何も、なぜモンバルトが一国の王子とこんな軽口を叩き合っているのか、さっぱり解せない。
「実は昔、私はモンバルトに命を助けてもらったことがあってね。モンバルトにはいつかその恩を返さなくちゃと思ってたんだ。いい機会だと思ってね」
聞けば、まだフェリクスが若かった折に命を落としかけたところをモンバルトに救われたのだという。それ以来、モンバルトと親交があるらしかった。
「でもどうして一軍人に関わる事件に、殿下が……? いくらモンバルト先生の頼みだからって……」
もちろん軍の中で起きた隣国も絡む不祥事となれば、国としても一大事ではあるだろう。けれどわざわざ王子が出張ってくるほどの事件とは言えない気もする。
ましてクロイツが単独で起こした横領事件なのだ。軍の機密を漏らしたとかならばともかく、武器や物資を横流しして利を得たくらいのことで王子が出てくる必要なんてない。
けれどどうやらそこには、王子同士の対立が絡んでいるらしかった。
「ガイクスが一軍人に過ぎないクロイツと近しいことは、元から知っていた。一緒になって何か後ろ暗いこともしているなんて噂もあったくらいでね。だが今回の一件は、どうやらそれだけじゃないらしいんだよ」
フェリクスはそう言って表情を曇らせた。
「どういうことですか? それだけじゃないって……」
「実はね、ガイクスもクロイツの横領に加担していることがわかったんだよ。王子自ら隣国と結託していたなんてことがもし明るみに出れば、それこそ外交問題だ。軍どころか国の機密だって持ち出していないとは限らないからね」
「……!?」
思いのほか大きな事態に、目を白黒させるしかない。
これはもうシオンひとりの身を救い出せばどうにかなる、といった事態ではないのかもしれない。だからこそフェリクスは、モンバルトの要請にこうして変装までして出てきたのかもしれなかった。
「ま、ガイクスにはゆくゆく失脚して表舞台から去ってもらわなきゃいけなかったし、兄を王位継承候補から引きずり下ろすちょうどいい機会だった、ってところかな」
「え……」
優美な微笑みとは裏腹に、言っていることはなかなかに腹黒だ。でもまぁ確かにガイクスは人柄、能力ともに悪評しか聞こえてこないし、あんな王子が次期国王になればこの国はどうなるのか、と憂う声が大きかったのも確かだった。
「この国の第一王子は病弱でとても次期国王の激務は務まらないと言われているしな。第二王子のガイクスはあんなだし、となればこのフェリクスこそが玉座にもっとも近いと言われているんだよ」
モンバルトの説明に、ふむと納得した。
確かにそう言う話は聞いたことがある。でもガイクスは自分こそが次期国王になるのだと言い張り、一歩も引く姿勢を見せていないと噂だったし。
「だがガイクスなんぞに国を任せたら、間違いなくこの国は破滅だ。あんなのに命を預けてたまるか! だからガイクスを失脚させるにも、クロイツ諸共葬り去るのが一番好都合なんだよ。それで手を貸してくれるって話になったんだ」
「なるほど……」
王子であるフェリクスがこちら側についてくれれば、確かに心強い。第二王子には第三王子、というわけだ。
「わかりました……! フェリクス殿下が味方についてくださったら、これ以上なく心強いですっ。私、どうしてもシオンの身の潔白を証明して牢から助け出したいんです! ですから……」
まっすぐにフェリクスを見つめ、深々と頭を下げた。
「ですから……! どうか力を貸してくださいっ。お願いしますっ」
シオンを助け出すためならなんだってする。あっちか汚い手でシオンを陥れようとするのなら、こっちだって少しくらい汚い手を使ってでも全力で立ち向かう。
そうでもしないと、大切なものは守れないのだから。
決意をみなぎらせ、もう一度まっすぐにフェリクスを見やればフェリクスがふわり、と微笑んだ。
「もちろん! こちらこそよろしく頼む。アグリア。君の大切な人を、必ず助け出すと誓うよ」
こうしてこの日から、新たな強力な助っ人が加わったのだった。
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