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プロローグ
まさか
しおりを挟むルートが少年の顔を覗き込み、眉を上げた。
「……しかし、ずいぶん珍しい顔立ちだねぇ。
黒髪なんて、この国どころか大陸中でも見ない色だよ?」
その言葉に、セナが舌打ちした。
「……伝承が頭をよぎっちまうな。まさかとは思うが。」
「俺も確認した。黒髪に黒目で間違いない。」
アルバートは低い声で言う。
ルートの表情の笑みがわずかに薄れた。
黒目黒髪――
古くから王族が信じ続ける、“奇跡の魔法を扱う守人”の伝承。
太古、王国ができる前の話。大陸は魔物に溢れていた。魔物からの直接的な被害や瘴気により人々は住む場所はおろか生命維持すら危ぶまれていたその時、黒目黒髪の巫女が現れた。傷ついた人々を光魔法で癒し、
本来はただの昔話だ。
だが現王はその伝承を盲信している。
「……団長」
ルートが声を潜める。
「もし国王に知られたら……この子、どんな扱いを受けるか」
「わかっている」
アルバートの返答はいつもより鋭かった。
「この少年が何者なのか、どこから来たのかも分からない。
魔力の気配もほとんどない。……もし利用されるならば、魔物の増えている今…死ぬまで使われるだろう」
セナが腕を組み、吐き捨てる。
「この子、何も知らねぇ顔してやがる。瘴気の結界すら張れねぇ素人だぞ。
とても“最高位の光魔法使い”なんかじゃねぇ」
しばらく三人は黙った。
少年の荒い呼吸だけが天幕に微かに響く。
そしてアルバートが静かに言う。
「――この件、他言無用だ。
名前も出自も分からぬ少年だ。……国王に報告するつもりはない」
ルートとセナが同時にうなずく。
「了解。団長がそう言うなら、僕は従うよ」
「俺もだ。……この子の治療に専念させてもらう」
この世界に漂う“瘴気”は、ただの毒ではない。
吸い込むほどに体内の魔力を蝕み、人間の心と肉体をゆっくりと侵していく。
軽い症状なら発熱や倦怠感だが、深く取り込めば――
人や動物は魔物へと変質する。
意志を失い、肉体は魔物のそれへと組み替えられ、
一度そうなってしまえば元には戻れない。
だからこそ、生物は瘴気の濃い森へ近づかない。
生半可な武装や根性ではどうにもならない場所だった。
唯一それを防ぐ手段が、光魔法による結界。
光属性によく適合している者だけが扱える光属性の結界は、
外気中の瘴気を弾き、体内部に入れないよう保護する。
本来であれば、瘴気の森に入る者は
複数人で結界を張り合いながら行動するのが常識だった。
――だからこそ。
結界を持たないはるが、
“瘴気の濃い森の奥で倒れていた”という事実は、
本来あり得ないはずの光景だった。
天幕の中で、少年の寝息はまだ荒い。
けれど、淡い光の結界の中で、確かに守られていた。
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