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王都
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しおりを挟む王城の夜は、思いのほか静かだった。
高い天井、分厚い壁。
遠くで聞こえるのは、巡回の騎士の足音と、風に揺れる旗の音だけ。
はるはベッドの中で身を丸めながら、規則正しいアルバートの気配を感じていた。
椅子に腰掛け、リラックスしているのが伝わる。
(……ほんとに、ここにいるんだ……)
それだけで胸が落ち着く。
目を閉じても、先ほどまで胸を締めつけていた不安が、少しずつ薄れていく。
――だが。
「……っ」
はるの喉から、かすれた息が漏れた。
夢と現実の境目。
暗い水底のような感覚が、また足元から這い上がってくる。
(……来る……)
額に、じんわりと汗が滲む。
その変化を、アルバートが見逃すはずがなかった。
「……はる?」
低く、抑えた声。
椅子がきしみ、次の瞬間、ベッドのそばに影が落ちる。
アルバートの大きな手が、そっとはるの肩に触れた。
「……大丈夫だ。ここにいる」
その声を聞いた瞬間――
はるの意識が、ずるりと引きずり込まれる。
◆
闇。
だが以前のような、底知れぬ恐怖はなかった。
黒は黒でも、静かで、澄んだ闇。
星ひとつない夜空の内側に立っているような感覚。
『……また、来たね』
聞き覚えのある声。
(……あなたは……)
『“黒の君”と呼ばれた存在の、残滓だよ』
姿は見えない。
だが、確かに“そこにある”。
『王は、きみを使おうとしている』
(……うん……)
『恐ろしいかい?』
はるは、少し考えてから答えた。
(……怖い、けど……でも……)
脳裏に浮かぶのは、
血に濡れた夜のアルバート。
眠れずに椅子で夜を明かすルート。
怒鳴りながらも、必死に看病するセナ。
(……守りたい人が、できた……)
闇が、わずかに揺らいだ。
『……なるほど』
声は、どこか満足そうだった。
『なら、覚えておくといい』
(……なにを?)
『黒の力は、“命を代価にする力”じゃない』
はるの胸が、強く脈打つ。
『それは、“選び取る力”だ』
(……選ぶ……?)
『誰を救い、誰を切り捨てるか』
『誰のために、どこまで踏み込むか』
『きみが選ばなければ――』
『力は、世界に選ばされる』
はるは、ぎゅっと拳を握った。
(……そんなの……)
『だからこそ、きみはまだ“黒の君”じゃない』
声が、少しだけ優しくなる。
『まだ、少年だ』
闇の奥が、深く、深く沈む。
『その時は、必ずくる
ーーまた会おう』
闇が、ゆっくりとほどけていく。
◆
「……はる!」
肩を揺さぶられ、はるははっと目を開けた。
視界いっぱいに、アルバートの顔。
眉間に深い皺が寄り、珍しく焦りが滲んでいる。
「……っ、ごめ……」
「謝るな」
きっぱりとした声。
アルバートは、はるの額に手を当てる。
少し熱があるが、暴走の兆候はない。
「……夢を見ていたな」
「……うん……」
はるは、少し迷ってから言った。
「……ぼく……選ばなきゃ、いけないみたい……」
アルバートの目が、わずかに見開かれる。
「……何をだ」
「……まだ、わからない……」
正直な答えだった。
アルバートは、しばらく黙っていたが――
やがて、はるの手を取る。
「なら」
その手は、揺るがない。
「選ぶときは、一人で抱えるな」
「……え……?」
「俺がいる。ルートも、セナもいる」
低く、重い声。
「お前が“選ばされる”前に――」
「俺たちが、選択肢を守る」
その言葉に、はるの喉が詰まった。
「……アル………」
「大丈夫だ。ゆっくり眠れ」
そう言って、アルバートははるの手を離さなかった。
その温もりに包まれながら、
はるは再び、静かな眠りへ落ちていく。
◆
同じ夜。
王城の最上階。
エクリシア国王は、古い書を開いていた。
――《黒の君、目覚めしとき
王国は救われる
ただし、その命、王の意志に委ねられしときに限る》
「……ふふ」
王は、ゆっくりと目を細める。
「今度こそ……」
その背後で、影が揺れたことに、
誰も気づく者はいなかった。
少年が“選ぶ側”に立ち始めていることを――
まだ、誰も知らない。
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