光と瘴気の境界で

天気

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王都

9

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王城の夜は、思いのほか静かだった。

高い天井、分厚い壁。
遠くで聞こえるのは、巡回の騎士の足音と、風に揺れる旗の音だけ。

はるはベッドの中で身を丸めながら、規則正しいアルバートの気配を感じていた。
椅子に腰掛け、リラックスしているのが伝わる。

(……ほんとに、ここにいるんだ……)

それだけで胸が落ち着く。
目を閉じても、先ほどまで胸を締めつけていた不安が、少しずつ薄れていく。

――だが。

「……っ」

はるの喉から、かすれた息が漏れた。

夢と現実の境目。
暗い水底のような感覚が、また足元から這い上がってくる。

(……来る……)

額に、じんわりと汗が滲む。

その変化を、アルバートが見逃すはずがなかった。

「……はる?」

低く、抑えた声。
椅子がきしみ、次の瞬間、ベッドのそばに影が落ちる。

アルバートの大きな手が、そっとはるの肩に触れた。

「……大丈夫だ。ここにいる」

その声を聞いた瞬間――
はるの意識が、ずるりと引きずり込まれる。









闇。

だが以前のような、底知れぬ恐怖はなかった。

黒は黒でも、静かで、澄んだ闇。
星ひとつない夜空の内側に立っているような感覚。

『……また、来たね』

聞き覚えのある声。

(……あなたは……)

『“黒の君”と呼ばれた存在の、残滓だよ』

姿は見えない。
だが、確かに“そこにある”。

『王は、きみを使おうとしている』

(……うん……)

『恐ろしいかい?』

はるは、少し考えてから答えた。

(……怖い、けど……でも……)

脳裏に浮かぶのは、
血に濡れた夜のアルバート。
眠れずに椅子で夜を明かすルート。
怒鳴りながらも、必死に看病するセナ。

(……守りたい人が、できた……)

闇が、わずかに揺らいだ。

『……なるほど』

声は、どこか満足そうだった。

『なら、覚えておくといい』

(……なにを?)

『黒の力は、“命を代価にする力”じゃない』

はるの胸が、強く脈打つ。

『それは、“選び取る力”だ』

(……選ぶ……?)

『誰を救い、誰を切り捨てるか』
『誰のために、どこまで踏み込むか』

『きみが選ばなければ――』
『力は、世界に選ばされる』

はるは、ぎゅっと拳を握った。

(……そんなの……)

『だからこそ、きみはまだ“黒の君”じゃない』

声が、少しだけ優しくなる。

『まだ、少年だ』

闇の奥が、深く、深く沈む。

『その時は、必ずくる
     ーーまた会おう』

闇が、ゆっくりとほどけていく。







「……はる!」

肩を揺さぶられ、はるははっと目を開けた。

視界いっぱいに、アルバートの顔。
眉間に深い皺が寄り、珍しく焦りが滲んでいる。

「……っ、ごめ……」

「謝るな」

きっぱりとした声。

アルバートは、はるの額に手を当てる。
少し熱があるが、暴走の兆候はない。

「……夢を見ていたな」

「……うん……」

はるは、少し迷ってから言った。

「……ぼく……選ばなきゃ、いけないみたい……」

アルバートの目が、わずかに見開かれる。

「……何をだ」

「……まだ、わからない……」

正直な答えだった。

アルバートは、しばらく黙っていたが――
やがて、はるの手を取る。

「なら」

その手は、揺るがない。

「選ぶときは、一人で抱えるな」

「……え……?」

「俺がいる。ルートも、セナもいる」

低く、重い声。

「お前が“選ばされる”前に――」
「俺たちが、選択肢を守る」

その言葉に、はるの喉が詰まった。

「……アル………」

「大丈夫だ。ゆっくり眠れ」

そう言って、アルバートははるの手を離さなかった。

その温もりに包まれながら、
はるは再び、静かな眠りへ落ちていく。







同じ夜。

王城の最上階。

エクリシア国王は、古い書を開いていた。

――《黒の君、目覚めしとき
 王国は救われる
 ただし、その命、王の意志に委ねられしときに限る》

「……ふふ」

王は、ゆっくりと目を細める。

「今度こそ……」

その背後で、影が揺れたことに、
誰も気づく者はいなかった。

少年が“選ぶ側”に立ち始めていることを――
まだ、誰も知らない。







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