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王都
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しおりを挟む王の決定が下った翌朝、離宮の空気はどこか張り詰めていた。
窓の外では、王都の朝が静かに動き始めている。
はるは椅子に腰掛け、膝の上で指を絡めながら、装備を整えるアルバートの背を見ていた。
「……また、瘴気のあるところに行くの?」
不安を隠しきれない声だった。
「“視察”だ」
アルバートは簡潔に答える。
「戦闘はこの間のように第二騎士団が担う。
はるは、見るだけだ。」
「……ほんとに……?」
「ああ」
振り返り、はるの目を真っ直ぐに見る。
「俺がいる」
その言葉は、短いが揺るがなかった。
⸻
王城中庭。
第二騎士団の精鋭が整列し、その中に第一騎士団の一団も混じっていた。
カエルスは腕を組み、無言でこちらを見下ろしている。
「……また妙な役回りだな」
低く、苛立ちを隠さない声。
「陛下の命だ」
アルバートは感情を乗せずに返す。
「黒の君の同行は、俺が引き受ける」
「……また貴様が?」
カエルスの視線が、はるに向いた。
黒髪黒目。
静かに立つその姿は、到底“災厄”には見えない。
カエルスは一瞬、歯噛みするように口を閉じたが、やがて鼻を鳴らした。
「……勝手にしろ」
「だが――」
鋭い視線を向ける。
「もし暴走すれば、その場で俺が斬る」
はるの肩が、わずかに震えた。
その瞬間。
「必要ない」
アルバートが一歩、前に出る。
「その前に、俺が止める」
二人の団長の間に、火花が散る。
セナが間に割って入った。
「はいはい、そこまでだ」
「今は睨み合ってる場合じゃない」
軽い口調だが、目は真剣だ。
「はる、体調はどうだ?」
「……だいじょうぶ……」
そう答えながらも、アルバートの外套の端を、無意識に掴んでいた。
アルバートは何も言わず、その手をそっと包む。
「行くぞ」
⸻
目的地は、王都から西へ半日ほどの渓谷。
かつては交易路だった場所だが、瘴気が噴き出してからは封鎖されている。
進むにつれ、空気が変わる。
「……なんか、へん……」
はるが、思わず呟く。
甘く、重く、胸の奥に絡みつき引き寄せられるような感覚。
「瘴気だ」
セナが説明する。
「濃度は低いが、長くいると精神に影響する」
「……でも……」
はるは胸元を押さえた。
「……なんだか……引っ張られる……」
その瞬間。
アルバートの魔力が、静かに広がった。
強いが、荒くない。
包み込むような魔力が、はるの周囲に膜を作る。
「……ありがと…」
はるの呼吸が、少し整う。
ミエルが水晶板を確認し、目を見開いた。
「……魔力波形、安定しましたね」
「……完全に共鳴だね」
ルートが、半ば呆然と呟く。
⸻
渓谷の奥で、低級魔物が数体現れた。
第二騎士団が即座に展開する。
「はる、見るな」
アルバートが前に出る。
「後ろで、目を閉じていろ」
「……うん……」
はるは素直に従った。
剣と魔法が交錯する音。
短い戦闘だった。
魔物が倒れると同時に、瘴気が一瞬、濃く揺らぐ。
その刹那。
はるの胸の奥で、何かが――応えた。
「……っ……!」
思わず息を呑む。
黒い波紋のようなものが、視界の端で揺れた。
「……はる?」
アルバートが、すぐに振り返る。
「……だいじょうぶ……」
だが、声は震えていた。
セナが即座に駆け寄る。
「無理するな。今日は、ここまでだ。」
「……いや、“あれ“確認せずに帰るとは言わせん。」
カエルスが渓谷の奥を見ながら低く声を上げる。
まだ、何かがいる。
「今日は“見る”だけだ」
セナはきっぱり言った。
「十分すぎる成果だよ」
はるは、アルバートの外套を掴んだまま、小さく頷いた。
(……なんだろ、この感覚…こわい……)
でも――
アルバートの存在が、確かに、黒の力を鎮めていた。
そして誰よりも早く、セナは理解していた。
――このままでは、
はるを“前線”から遠ざけることは、もう出来ない。
それは守るためであり、
同時に、最も危険な道でもあった。
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