光と瘴気の境界で

天気

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王都

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 渓谷を渡る風が、低く唸るように鳴った。
 瘴気が完全に晴れたわけではない。
 ただ、ひとつの“塊”を失ったことで、空気はわずかに軽くなっている。


「……討伐完了。」

 ルートの報告の声が静かに落ちる。

 だが、誰一人として気を抜いてはいなかった。
 全員の視線は――はるに集まっている。

 アルバートが、無言のまま俯き表情の見えないはるの肩に外套を掛け直した。

「寒かったな」

「……うん…あり、がと」

 アルバートの声にハッとなったはるの声は小さく、少し震えていた。
 瘴気から離れ、討伐により濃度も下がっているはずなのに、胸の奥のざわつきがおさまらない。
 まるで、呼吸の仕方を忘れたような感覚。

 セナが近づき、即座に診察に入る。

「……魔力波形、上昇と下降を繰り返してる。乱れてるな。
 熱も、また上がり始めてる。」

「…今回、かなり反応していましたね」

 ミエルが記録板に視線を落とす。

「直接力を行使していなくても、
 瘴気や魔物の“核”を認識・感じた時点で、はるくん力が内部で動いている可能性がありますね…」

 ルートが眉をひそめた。

「無意識に、世界の構造を“見てる”ってこと?」

「……ええ。
 本人の意思とは無関係に」

 はるは、その会話を半分も理解できていなかった。
 ただ、あの声が、まだ耳の奥に残っている。

『……待て……』

(何を……?)

 考えようとした瞬間、視界がふっと揺れた。

「……っ」

 膝が崩れそうになり、アルバートが即座に支える。

「はる」

 抱き寄せられた瞬間――
 胸のざわつきが、すっと引いていく。

「……」

 はるは、驚いたように瞬きをする。

 セナも、その変化を見逃さなかった。

「……戻ろうか」

「あぁ。」

 アルバートがはるを抱き上げ、野営地に向かって歩き始め、それに続くように討伐隊も歩き始めた。

 アルバートが断言する。

「野営地点を、さらに後方へ下げる。
 瘴気の影響が完全に切れる場所だ」

 カエルスが腕を組み、低く言った。

「王命は“視察”だ。
 無理に進めば、器が壊れる」

「同意見だ。」

 珍しく、二人の意見が一致した。

 その夜、野営地は静かだった。
 見張りは二重。結界は最大。
 はるのテントの周囲には、第二騎士団が交代で立つ。


 テントの中。
 はるは横になり、アルバートがそばに座っている。

「……アル」

「どうした」

「……あのね……
 使っちゃだめって……言われた」

 アルバートの指が、わずかに動いた。

「……怖いか」

「……ううん……」

 はるは、正直に首を振る。

「……でも……
 あの声は……僕を、前に進ませようとしてる……気がする……」

 アルバートは、しばらく黙っていた。

 やがて、はるの頭に手を置く。

「……お前が、進みたくないなら、進まなくていい」

「……」

「その時は誰が何と言おうと、俺が止める」

 はるは、その言葉に、胸がきゅっとなった。

「……ありがとう…アル…」

 指先が、アルバートの外套を掴む。

 その瞬間、黒い気配は――
 嘘のように、遠ざかった。

 だが。

 渓谷のさらに奥。
 瘴気の底。

 “黒の君”は、静かに微笑んでいた。

『……まだ……』

『……その時ではない……』

 王都へ続く道の先で、
 避けられない“試練”が、ゆっくりと形を成し始めていた。








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