潜入捜査中の少女騎士は、悩める相棒の恋心に気がつかない。~男のふりをしているのに、メイド服を着て捜査とかどうしたらいいんですか。~

石河 翠

文字の大きさ
1 / 4

(1)

しおりを挟む
 最近とみに羽振りがよいと話題の子爵家。その裏庭で、フィンリーはジャム入りクッキーをかじっていた。

 食べかけのクッキーの欠片が、小綺麗なお仕着せの上にぽろぽろとこぼれ落ちる。見ないようにしていても視界に入り込んでくるスカートの裾をつまみ、フィンリーは小さくため息をついた。

(なんでこんなことに)

 潜入捜査をするにあたってスカートを穿くことになるなんて、聞いていない。自分の迂闊さを呪いつつ、事前に尋ねたところであの抜け目のない相棒が、教えてくれるはずがないこともまたフィンリーにはよくわかっていた。

「おい、フィンリー。まさかそのクッキー、台所からくすねてきたんじゃないだろうな?」
「あのなあ、ローガン。子どもじゃあるまいし。仕事中にそんなことするわけないだろ。さっき料理長に貰ったんだよ」
「仕事中じゃなければやるのか」

 どこから様子を伺っていたのか、音もなく忍び寄ってきた男が声をかけてきた。フィンリーは顔をあげることもなく、クッキーをかじりながら返事を返す。

「ここは、風が通っていて過ごしやすいな」
「ひとがクッキーを食べているときに、煙草を取り出すなよ。吸うなら、俺が帰った後にしろ」
「はいはい」

 無遠慮に隣に座るこの男こそが、フィンリーが可愛らしいお仕着せを着ることになった原因だ。

 ――とある子爵家に、人身売買の疑いあり――

 その一報を受けて、ふたりは子爵家に入り込んでいた。

 ローガンは庭師の格好をしているが、そこはかとない気品を漂わせている。この男は潜入先で正体を隠す気があるのだろうかと、フィンリーは内心首を傾げていた。

 ローガンはといえば、クッキーを頬張るフィンリーを見ながら勝手に納得したようにうなずいている。

「小動物につい餌をやりたくなるようなものか。そういえば、うちの団員たちもお前にしょっちゅうおやつを与えていたな」
「放っておいてくれ。あとお前には、このジャム入りクッキーはわけてやらないから」
「そもそも私は甘い菓子などいらないのだが」
「はいはい、どうせお貴族さまのお口には合いませんよ」

 憎まれ口をたたきつつ、フィンリーはポケットにしまっていたこの家の見取り図を取り出した。使用人として働きながら、こまめに書き写したものだ。ローガンの口元が満足そうに弧を描く。その反応に気を良くしつつ、フィンリーは説明を続けた。

「……つまり、裏帳簿が欲しければ例の隠し部屋に行くしかないというわけか」
「そういうこと。まあ、それほど難しい話じゃない。アホ当主が俺を自室に呼びたがってるんだ。見え見えの誘いに乗りさえすれば、あいつが自分から隠し階段のところまで連れていってくれるはずさ」
「お前を囮にするのは気が進まんな」
「しょうがないだろ、他の団員は脳筋ばっかりなんだから」

(みんないいひとばっかりなんだけどなあ。何でも筋肉で解決しようとするから)

 隠密行動はできないが、気は優しくて力持ちな彼らを思い出し、フィンリーは笑う。

「そういう問題じゃない」
「じゃあ、どういう問題なんだよ。とにかく俺は、仕事をさっさと終わらせて、この服を脱ぎたいわけ」

 もちろん、本音はそれだけではなかったのだけれど。あくまでひらひらふりふりのお仕着せにはうんざりと言わんばかりの態度で訴えれば、ローガンがにやりと笑った。

「暴れまわって嫌がるからどうしたものかと思っていたが。まったくよく似合っているじゃないか」
「……うるさいなあ」
「あいつらに見せてやれば、きっと喜ぶぞ」
「それだけは本当に勘弁して」

(もともと女なんだから、似合うに決まってるだろ。それに正体がバレたら、出ていかなきゃいけないじゃないか)

 そんなぼやきはおくびにも出さず、フィンリーは立ち上がる。スカートに落ちたごみくずを両手で払い落とせば、お仕着せはいつも通りの折り目正しい美しさを取り戻した。

「休憩時間とはいえサボり過ぎたな。侍女頭に目をつけられるのも面倒だし、俺は先に戻るわ」
「わかっている。ヘマをするんじゃないぞ」
「当然だろ。俺を誰だと思ってんだよ。だいたいお前こそサボっていていいのか?」
「一服してから仕事に戻る」
「あっそ、ごゆっくり」

 煙草を指にはさむその仕草が妙に色っぽくて、フィンリーは慌てて目をそらした。

 自分ばかりがどぎまぎしてしまった。それが悔しくて、少しだけ悪戯心が出る。目の前でくるりと回ってみせれば、たっぷりとひだのあるお仕着せのスカートが花開くように広がった。意識して、上目遣いで微笑んでみる。

「おいやめろ、丸見えだ!」
「お前さ、俺があんまり可愛いからって、心配しすぎなんだよ」
「そうだな。できることなら即結婚を申し込みたいくらいだ。私以外の男には気をつけろ。何をされるかわからんぞ」
「……っ、お前はまた真面目な顔をしてそういうことを言う! 冗談は嫌いだっつってんだろ」

(こっちの気持ちも知らないくせに!)

 フィンリーは、お仕着せの裾を握りしめ、大慌てで仕事に戻っていく。意趣返しをするつもりが、結局またてのひらの上で踊らされた。口を引き結んだまま、フィンリーは駆けていく。

「冗談じゃ、ないんだがな」

 男のため息は煙と共に青空に吸い込まれていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

氷のメイドが辞職を伝えたらご主人様が何度も一緒にお出かけするようになりました

まさかの
恋愛
「結婚しようかと思います」 あまり表情に出ない氷のメイドとして噂されるサラサの一言が家族団欒としていた空気をぶち壊した。 ただそれは田舎に戻って結婚相手を探すというだけのことだった。 それに安心した伯爵の奥様が伯爵家の一人息子のオックスが成人するまでの一年間は残ってほしいという頼みを受け、いつものようにオックスのお世話をするサラサ。 するとどうしてかオックスは真面目に勉強を始め、社会勉強と評してサラサと一緒に何度もお出かけをするようになった。 好みの宝石を聞かれたり、ドレスを着せられたり、さらには何度も自分の好きな料理を食べさせてもらったりしながらも、あくまでも社会勉強と言い続けるオックス。 二人の甘酸っぱい日々と夫婦になるまでの物語。

幼い頃に、大きくなったら結婚しようと約束した人は、英雄になりました。きっと彼はもう、わたしとの約束なんて覚えていない

ラム猫
恋愛
 幼い頃に、セリフィアはシルヴァードと出会った。お互いがまだ世間を知らない中、二人は王城のパーティーで時折顔を合わせ、交流を深める。そしてある日、シルヴァードから「大きくなったら結婚しよう」と言われ、セリフィアはそれを喜んで受け入れた。  その後、十年以上彼と再会することはなかった。  三年間続いていた戦争が終わり、シルヴァードが王国を勝利に導いた英雄として帰ってきた。彼の隣には、聖女の姿が。彼は自分との約束をとっくに忘れているだろうと、セリフィアはその場を離れた。  しかし治療師として働いているセリフィアは、彼の後遺症治療のために彼と対面することになる。余計なことは言わず、ただ彼の治療をすることだけを考えていた。が、やけに彼との距離が近い。  それどころか、シルヴァードはセリフィアに甘く迫ってくる。これは治療者に対する依存に違いないのだが……。 「シルフィード様。全てをおひとりで抱え込もうとなさらないでください。わたしが、傍にいます」 「お願い、セリフィア。……君が傍にいてくれたら、僕はまともでいられる」 ※糖度高め、勘違いが激しめ、主人公は鈍感です。ヒーローがとにかく拗れています。苦手な方はご注意ください。 ※『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

二度目の初恋は、穏やかな伯爵と

柴田はつみ
恋愛
交通事故に遭い、気がつけば18歳のアランと出会う前の自分に戻っていた伯爵令嬢リーシャン。 冷酷で傲慢な伯爵アランとの不和な結婚生活を経験した彼女は、今度こそ彼とは関わらないと固く誓う。しかし運命のいたずらか、リーシャンは再びアランと出会ってしまう。

行き遅れにされた女騎士団長はやんごとなきお方に愛される

めもぐあい
恋愛
「ババアは、早く辞めたらいいのにな。辞めれる要素がないから無理か? ギャハハ」  ーーおーい。しっかり本人に聞こえてますからねー。今度の遠征の時、覚えてろよ!!  テレーズ・リヴィエ、31歳。騎士団の第4師団長で、テイム担当の魔物の騎士。 『テレーズを陰日向になって守る会』なる組織を、他の師団長達が作っていたらしく、お陰で恋愛経験0。  新人訓練に潜入していた、王弟のマクシムに外堀を埋められ、いつの間にか女性騎士団の団長に祭り上げられ、マクシムとは公認の仲に。  アラサー女騎士が、いつの間にかやんごとなきお方に愛されている話。

身代わり令嬢、恋した公爵に真実を伝えて去ろうとしたら、絡めとられる(ごめんなさぁぁぁぁい!あなたの本当の婚約者は、私の姉です)

柳葉うら
恋愛
(ごめんなさぁぁぁぁい!) 辺境伯令嬢のウィルマは心の中で土下座した。 結婚が嫌で家出した姉の身代わりをして、誰もが羨むような素敵な公爵様の婚約者として会ったのだが、公爵あまりにも良い人すぎて、申し訳なくて仕方がないのだ。 正直者で面食いな身代わり令嬢と、そんな令嬢のことが実は昔から好きだった策士なヒーローがドタバタとするお話です。 さくっと読んでいただけるかと思います。

婚約破棄ブームに乗ってみた結果、婚約者様が本性を現しました

ラム猫
恋愛
『最新のトレンドは、婚約破棄!  フィアンセに婚約破棄を提示して、相手の反応で本心を知ってみましょう。これにより、仲が深まったと答えたカップルは大勢います!  ※結果がどうなろうと、我々は責任を負いません』  ……という特設ページを親友から見せられたエレアノールは、なかなか距離の縮まらない婚約者が自分のことをどう思っているのかを知るためにも、この流行に乗ってみることにした。  彼が他の女性と仲良くしているところを目撃した今、彼と婚約破棄して身を引くのが正しいのかもしれないと、そう思いながら。  しかし実際に婚約破棄を提示してみると、彼は豹変して……!? ※『小説家になろう』様、『カクヨム』様にも投稿しています

公爵様の偏愛〜婚約破棄を目指して記憶喪失のふりをした私を年下公爵様は逃がさない〜

菱田もな
恋愛
エルーシア・ローゼにはとある悩みがあった。それはルーカス・アーレンベルクとの婚約関係についてである。公爵令息であり国一番の魔術師でもあるルーカスと平凡な自分では何もかも釣り合わない。おまけにルーカスからの好感度も0に等しい。こんな婚約関係なら解消した方が幸せなのでは…?そう思い、エルーシアは婚約解消をしてもらうために、記憶喪失のフリをする計画を立てた。 元々冷めきった関係であるため、上手くいくと思っていたが、何故かルーカスは婚約解消を拒絶する。そして、彼女の軽率な行動によって、ルーカスとの関係は思いもよらぬ方向に向かってしまい…? ※他サイトでも掲載中しております。

どうせ運命の番に出会う婚約者に捨てられる運命なら、最高に良い男に育ててから捨てられてやろうってお話

下菊みこと
恋愛
運命の番に出会って自分を捨てるだろう婚約者を、とびきりの良い男に育てて捨てられに行く気満々の悪役令嬢のお話。 御都合主義のハッピーエンド。 小説家になろう様でも投稿しています。

処理中です...