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「おや、珍しい。今日はひとりか?」
洗い場を目指して歩いていると、後ろから呼び止められた。声をかけてきたのは、部隊長さま。ジェラルドさまを毎朝起こすように私に頼んできた張本人だ。
「ジェラルドさまでしたら、おそらく朝食を召し上がっているところかと」
「あの寝坊助を、毎朝起こしてもらって申し訳ない。我々もいつも助かっている」
「部隊長さまからは、ノックをした段階でジェラルドさまが起きていなければ、蹴り飛ばしてもいいと言われていますからね」
「蹴り飛ばして起きるなら、安いものだ。ジェラルドの手綱を握ることができるのは、あなたくらいだろう。長い付き合いだと聞いた。失礼だが、結婚式はいつ頃になるのだろうか?」
「まったく、ご冗談ばかり。ただの腐れ縁ですよ。私は、ずいぶん昔にジェラルドさまに振られておりますから」
唖然とする部隊長さまに向かってころころと笑ってみせれば、背後で何かがひっくり返るような大きな音がした。振り返ろうとしても、手元のシーツが邪魔でよく見えない。
「あら、何か落ちましたか? 壊れていないといいのですが」
「……あれはもともとどこか壊れているようなポンコツだから、気にする必要はない。気になるようなら念のため、こちらで確認しておく。ところでその荷物だが、わたしが運ぼう」
「いいえ、洗い場までもう少しですし、お構いなく。備品の状態を確認しておいていただくだけで、とても助かります。それでは失礼いたします」
一礼して、その場を離れる。
「私も大概未練がましいわね。シーツを自分で運ぶ理由を知られたら、寮内の出入りが禁止になるんじゃないかしら」
シーツの山を胸に抱えなおし、そのまま小さくため息をついた。
********
5年近く前の話だ。私はジェラルドさまに告白し、見事に玉砕した。
私の住む街には、告白の日という別名を持つ夏祭りがある。本来は神に感謝と祈りを捧げる日だったはずが、大切な相手に想いを伝える日として有名になったものだ。
祭りの日にはみんなが浮き足立っていて、普段なら言えないことも口に出せる雰囲気があった。だからこそ、私もあんなことを口走ってしまったのだろう。
『どうか私を、ジェラルドさまのお嫁さんにしてください』だなんて。
今考えてみても、街を巡回する時にしか見たことのないジェラルドさまに向かって、よく言えたものだと思う。
無謀なことを言う私に、ジェラルドさまはあきれるどころかにこやかに笑っていた。今ならわかる。ジェラルドさまは、あんな告白など掃いて捨てるほど受けてきていたのだ。
『ありがとう。5年経って、それでも俺のことを好きだって言ってくれるなら、歓迎するよ。祭りの日にまた声をかけてくれ』
『わかりました。約束ですよ』
そう言って指切りをした私に、ジェラルドさまは道端の花を手折り、即席の指輪を作ってくれた。鮮やかな黄色が可愛らしい、たんぽぽの指輪だ。
明確に断られたわけではない。むしろ、それならどれだけ良かっただろう。雑草の指輪を心から喜ぶ私の姿は、笑ってしまうほど子どもだったに違いないのだ。
ジェラルドさまにとっては、諦めさせるためのその場しのぎの約束。馬鹿な私はそれを後生大事に大切にしていた。
1年目。
自分は親が誉めてくれるほど、特別可愛くも、優れているわけでもないことを知った。ジェラルドさまは、整いすぎた美貌と優れた剣技でも有名だった。
2年目。
世の中には絶対に覆ることのない身分があることを知った。ジェラルドさまは高位貴族の出身で、まさに雲の上の方だった。
3年目。
大人は自分の手に余る物事を解決するために、「時間を置く」「先延ばしにする」という手段を使うことを知った。ジェラルドさまには、いくつもの婚約話が出てはいつの間にか消えていった。
4年目。
「永遠の愛」も「真実の愛」も儚いことを知った。ジェラルドさまの血縁関係は、物語も真っ青なほどの複雑なものだった。
そして、今年が最後の5年目。約束の年だ。祭りはあと数日後に迫り、それを過ぎれば私の片思いもようやく終わらせることができる。
ジェラルドさまは、メイドとして王宮に上がった私に気がつかなかった。その上、年頃になった私に向かって甘い顔で微笑みかけてきたのだ。
あの頃の私が欲しかった、大人の女性への誘い文句。その言葉が嬉しくてとてつもなく悲しい。ジェラルドさまにからかわれるたびに、心の奥が冷えていく。
男の人は、愛がなくても女性と肌を重ねることができるらしい。ジェラルドさまの手は、今まで何人の女性を奏でてきたのか。寮内で、王宮内で、女性と戯れる姿を目にするのが辛い。
ジェラルドさまは、これからもたったひとりの女性だけを見続けることはないだろう。それなのに私ときたら、そんな彼から目が離せないのだ。
洗い場を目指して歩いていると、後ろから呼び止められた。声をかけてきたのは、部隊長さま。ジェラルドさまを毎朝起こすように私に頼んできた張本人だ。
「ジェラルドさまでしたら、おそらく朝食を召し上がっているところかと」
「あの寝坊助を、毎朝起こしてもらって申し訳ない。我々もいつも助かっている」
「部隊長さまからは、ノックをした段階でジェラルドさまが起きていなければ、蹴り飛ばしてもいいと言われていますからね」
「蹴り飛ばして起きるなら、安いものだ。ジェラルドの手綱を握ることができるのは、あなたくらいだろう。長い付き合いだと聞いた。失礼だが、結婚式はいつ頃になるのだろうか?」
「まったく、ご冗談ばかり。ただの腐れ縁ですよ。私は、ずいぶん昔にジェラルドさまに振られておりますから」
唖然とする部隊長さまに向かってころころと笑ってみせれば、背後で何かがひっくり返るような大きな音がした。振り返ろうとしても、手元のシーツが邪魔でよく見えない。
「あら、何か落ちましたか? 壊れていないといいのですが」
「……あれはもともとどこか壊れているようなポンコツだから、気にする必要はない。気になるようなら念のため、こちらで確認しておく。ところでその荷物だが、わたしが運ぼう」
「いいえ、洗い場までもう少しですし、お構いなく。備品の状態を確認しておいていただくだけで、とても助かります。それでは失礼いたします」
一礼して、その場を離れる。
「私も大概未練がましいわね。シーツを自分で運ぶ理由を知られたら、寮内の出入りが禁止になるんじゃないかしら」
シーツの山を胸に抱えなおし、そのまま小さくため息をついた。
********
5年近く前の話だ。私はジェラルドさまに告白し、見事に玉砕した。
私の住む街には、告白の日という別名を持つ夏祭りがある。本来は神に感謝と祈りを捧げる日だったはずが、大切な相手に想いを伝える日として有名になったものだ。
祭りの日にはみんなが浮き足立っていて、普段なら言えないことも口に出せる雰囲気があった。だからこそ、私もあんなことを口走ってしまったのだろう。
『どうか私を、ジェラルドさまのお嫁さんにしてください』だなんて。
今考えてみても、街を巡回する時にしか見たことのないジェラルドさまに向かって、よく言えたものだと思う。
無謀なことを言う私に、ジェラルドさまはあきれるどころかにこやかに笑っていた。今ならわかる。ジェラルドさまは、あんな告白など掃いて捨てるほど受けてきていたのだ。
『ありがとう。5年経って、それでも俺のことを好きだって言ってくれるなら、歓迎するよ。祭りの日にまた声をかけてくれ』
『わかりました。約束ですよ』
そう言って指切りをした私に、ジェラルドさまは道端の花を手折り、即席の指輪を作ってくれた。鮮やかな黄色が可愛らしい、たんぽぽの指輪だ。
明確に断られたわけではない。むしろ、それならどれだけ良かっただろう。雑草の指輪を心から喜ぶ私の姿は、笑ってしまうほど子どもだったに違いないのだ。
ジェラルドさまにとっては、諦めさせるためのその場しのぎの約束。馬鹿な私はそれを後生大事に大切にしていた。
1年目。
自分は親が誉めてくれるほど、特別可愛くも、優れているわけでもないことを知った。ジェラルドさまは、整いすぎた美貌と優れた剣技でも有名だった。
2年目。
世の中には絶対に覆ることのない身分があることを知った。ジェラルドさまは高位貴族の出身で、まさに雲の上の方だった。
3年目。
大人は自分の手に余る物事を解決するために、「時間を置く」「先延ばしにする」という手段を使うことを知った。ジェラルドさまには、いくつもの婚約話が出てはいつの間にか消えていった。
4年目。
「永遠の愛」も「真実の愛」も儚いことを知った。ジェラルドさまの血縁関係は、物語も真っ青なほどの複雑なものだった。
そして、今年が最後の5年目。約束の年だ。祭りはあと数日後に迫り、それを過ぎれば私の片思いもようやく終わらせることができる。
ジェラルドさまは、メイドとして王宮に上がった私に気がつかなかった。その上、年頃になった私に向かって甘い顔で微笑みかけてきたのだ。
あの頃の私が欲しかった、大人の女性への誘い文句。その言葉が嬉しくてとてつもなく悲しい。ジェラルドさまにからかわれるたびに、心の奥が冷えていく。
男の人は、愛がなくても女性と肌を重ねることができるらしい。ジェラルドさまの手は、今まで何人の女性を奏でてきたのか。寮内で、王宮内で、女性と戯れる姿を目にするのが辛い。
ジェラルドさまは、これからもたったひとりの女性だけを見続けることはないだろう。それなのに私ときたら、そんな彼から目が離せないのだ。
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