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いただきます。おやすみ。いってらっしゃい。(前)
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神託は、神さまからの最初の贈り物。
竜は、「災厄」だった。
へーかは、「英雄」だった。
じゃあ僕は、一体何になるんだろう。
***
この世界に生まれたひとは、みんな神殿で神託をもらうんだよ。へーかは「英雄」になるって決まっていたんだって。なんだかそれってすごいよね。ちょっとわくわくする。
神殿に行くと、神さまが将来どんなひとになるかを教えてくれるみたい。自分がどんな大人になるのかを知ることができるって、とっても便利だよね。だって最初から、なりたい自分になるための練習ができるでしょう。パン屋さんの才能があるのに、漁師さんの勉強をしていたらもったいないもんね。でもね、僕は自分の神託のことをよく知らないの。
僕だけ神託を教えてもらえないんだ。これってあんまり。ひどいと思わない? ほかのひとはみんな、ちゃんと神殿で神託を聞いているはずなのに。もしかして僕に言えないくらい、怖いお話だったのかな。僕もいつか竜になって火を吐くようになるのかな。
そうじゃないなら、みんなわざわざ僕を神殿に連れて行って神託を聞く時間をとるのも嫌なくらい、僕のことが好きじゃないのかな。でも、陛下も聖女さまも墓守のおじちゃんも、みんなとっても優しいの。僕がみんなのことを好きなのと同じくらい、みんなも僕のことが好きだと思う。本当だよ。僕の思い込みじゃないよ。たぶん。
だってみんな、僕にいっぱいおいしいものをくれるもの。みんな、僕が毎日お腹ぺこぺこだと勘違いしている気がするの。そんなにたくさん食べれないよ。でも、僕はみんなが「たくさん食べてね」って言ってくれるのは、「大好きだよ」って言ってくれるのと同じ意味だって知ってるから、そのぶんいっぱい遊んで、おいしくごはんとおやつを食べるんだ。子豚ちゃんになるのは嫌だもんね。
でもそれじゃあ、どうして僕だけ神託を教えてもらえないのかな。
***
英雄ってなんだろう。辞書には、「知力や才能、または胆力、武勇などに特に優れていること」って書いてあるよ。難しくて、よくわかんないや。僕がいつも見るへーかはね、目をしょぼしょぼさせて書類を読んでいるか、怖い顔をして剣の稽古をしているか、困った顔をして僕と一緒にごはんをたべているか。そのどれかだよ。ちょっと英雄っぽくないね。でも僕は、そんなへーかが大好き。
本当は朝も、昼も、夜も一緒にごはんを食べられたらいいのだけれど、へーかはとっても忙しいんだ。だから、僕とへーかは夜ごはんだけは一緒に食べるようにしているの。でもね、お昼は聖女さまと一緒に食べるし、おやつは墓守のおじちゃんと一緒に食べるから、僕、平気だよ。
朝ごはんはね、むにゃむにゃ言っているうちに、お世話係のおばちゃんが食べさせてくれるの。おばちゃんは、僕がお城じゃないところに住んでいたときのお隣さんだから、僕が朝苦手なことをよく知っているんだ。
今日の夕食は、僕の大好物。へーかも大好物だから、よく夕飯に出してもらっているんだよ。嬉しいね。
「ジェンテウス、今日は何をしていたか教えてくれるか」
「はい、へーか。今日は家庭教師の先生に魔術の基礎を習いました。それからディさまとお裁縫の練習をして」
「ディさま?」
「聖女さまのことだよ。おでこのお花は自分のお花じゃないって言ってたから、僕が代わりに白くて可愛いお花の名前をつけてあげたの。ディさまは、愛称なんだよ」
「……聖女に新たな名を与えるだと? 神罰が下っていないなら、問題ないのか?」
「へーか?」
「ああ、続けてくれ」
「そのあとは、フーおじちゃん……えっとね、墓守のおじさまに、この国の歴史を習いました」
でもへーかは、困ったような顔をした。やっぱりへーかも、男の人はお裁縫やお料理なんか要らないよって言うのかな。墓地で遊んじゃだめって言うのかな。ふたりとも、怒られちゃったらどうしよう。どきどきしていると、へーかは頭に手をあてて、大きなため息をついた。あれれ、どうしたの?
「聖女がディさまで、フラン異母兄上がフー伯父ちゃんだと。それなのに俺はただの『陛下』……やはり今までの行いを考えれば仕方がないことなのか……」
「へーか?」
「ああ、すまない。なんでもない。大丈夫だ。ほら、たくさん食べなさい。子どもはたくさん食べて、たくさん遊んで、ゆっくり眠るのが仕事なのだから」
「はあい。僕ね、このお肉のとろとろ煮込んだやつ、大好きなの。へーかは?」
「俺も大好物だ。よく、作ってもらっていた」
うん、僕知ってるよ。誰が作ったかなんて聞かないでもわかるもの。だって、僕とへーかの大好きなひとは同じひとだもんね。お料理がとっても上手でね、ごはんを食べる時はね、にっこりしちゃうの。食べる時だけじゃないよ、お料理の準備をするのも、お料理をするのも、一緒ならなんだって楽しいんだ。今はね、一緒にいられないけれど。でも、僕は良い子だから、ちゃんと我慢できるんだよ。
「えへへ、へーかと僕、おそろいだね」
「ああ、お揃いだ」
そんな風に寂しそうなお顔をしないでほしいの。ごめんね、へーかのお名前も特別なお名前がいいよね。僕も本当は呼んでみたいんだよ。だって、それはすごくあったかい言葉でしょう。優しい言葉でしょう。できたてのごはんをみんなで食べる時みたいな。ふかふかのお布団にくるまって、頭をなでなでされて寝てしまう直前みたいな。そういう柔らかい言葉でしょう。
甘くって優しくてとびきり素敵なそれを呼んでみたいんだけれど、呼ぼうとすると喉がぎゅって痛くなるの。悪いことをしたときに、心がぎゅっとするみたいに。僕がその言葉で呼ぶと、へーかは迷惑なのかな。だから、僕が呼べないようにあの時おまじないがかけられたのかな。そうだったとしたら、ちょっとだけ、ううん、すごく悲しいね。
大事な言葉も使えないし、そのことを説明もできないの。ごめんなさい。伝えることができるなら、いっぱい口に出したいのに。優しい音を好きなだけ、口の中で転がしていられるのに。
でもね、大好きって気持ちを心の中で持っていることは自由でしょう。心の中はね、誰にもしばれないんだよ。僕の気持ちはね、僕だけのもの。深呼吸して、僕はにっこり笑ってみせる。
僕、陛下のことはね、わざと「へーか」って呼んでるんだよ。「陛下」って呼ぶときはね、ちゃんと「王さま」って気持ちで呼んでるんだ。僕知ってるよ。「陛下」っていうのは、偉いひと、すごいひと、立派なひとってことでしょ。
あのね、「へーか」って呼ぶときはね、ふふふ、特別な大好きって気持ちがいっぱい入っているんだよ。僕にとっての、特別な言葉なんだ。僕だけの秘密。いつかへーかが気がついてくれたら、いいな。
竜は、「災厄」だった。
へーかは、「英雄」だった。
じゃあ僕は、一体何になるんだろう。
***
この世界に生まれたひとは、みんな神殿で神託をもらうんだよ。へーかは「英雄」になるって決まっていたんだって。なんだかそれってすごいよね。ちょっとわくわくする。
神殿に行くと、神さまが将来どんなひとになるかを教えてくれるみたい。自分がどんな大人になるのかを知ることができるって、とっても便利だよね。だって最初から、なりたい自分になるための練習ができるでしょう。パン屋さんの才能があるのに、漁師さんの勉強をしていたらもったいないもんね。でもね、僕は自分の神託のことをよく知らないの。
僕だけ神託を教えてもらえないんだ。これってあんまり。ひどいと思わない? ほかのひとはみんな、ちゃんと神殿で神託を聞いているはずなのに。もしかして僕に言えないくらい、怖いお話だったのかな。僕もいつか竜になって火を吐くようになるのかな。
そうじゃないなら、みんなわざわざ僕を神殿に連れて行って神託を聞く時間をとるのも嫌なくらい、僕のことが好きじゃないのかな。でも、陛下も聖女さまも墓守のおじちゃんも、みんなとっても優しいの。僕がみんなのことを好きなのと同じくらい、みんなも僕のことが好きだと思う。本当だよ。僕の思い込みじゃないよ。たぶん。
だってみんな、僕にいっぱいおいしいものをくれるもの。みんな、僕が毎日お腹ぺこぺこだと勘違いしている気がするの。そんなにたくさん食べれないよ。でも、僕はみんなが「たくさん食べてね」って言ってくれるのは、「大好きだよ」って言ってくれるのと同じ意味だって知ってるから、そのぶんいっぱい遊んで、おいしくごはんとおやつを食べるんだ。子豚ちゃんになるのは嫌だもんね。
でもそれじゃあ、どうして僕だけ神託を教えてもらえないのかな。
***
英雄ってなんだろう。辞書には、「知力や才能、または胆力、武勇などに特に優れていること」って書いてあるよ。難しくて、よくわかんないや。僕がいつも見るへーかはね、目をしょぼしょぼさせて書類を読んでいるか、怖い顔をして剣の稽古をしているか、困った顔をして僕と一緒にごはんをたべているか。そのどれかだよ。ちょっと英雄っぽくないね。でも僕は、そんなへーかが大好き。
本当は朝も、昼も、夜も一緒にごはんを食べられたらいいのだけれど、へーかはとっても忙しいんだ。だから、僕とへーかは夜ごはんだけは一緒に食べるようにしているの。でもね、お昼は聖女さまと一緒に食べるし、おやつは墓守のおじちゃんと一緒に食べるから、僕、平気だよ。
朝ごはんはね、むにゃむにゃ言っているうちに、お世話係のおばちゃんが食べさせてくれるの。おばちゃんは、僕がお城じゃないところに住んでいたときのお隣さんだから、僕が朝苦手なことをよく知っているんだ。
今日の夕食は、僕の大好物。へーかも大好物だから、よく夕飯に出してもらっているんだよ。嬉しいね。
「ジェンテウス、今日は何をしていたか教えてくれるか」
「はい、へーか。今日は家庭教師の先生に魔術の基礎を習いました。それからディさまとお裁縫の練習をして」
「ディさま?」
「聖女さまのことだよ。おでこのお花は自分のお花じゃないって言ってたから、僕が代わりに白くて可愛いお花の名前をつけてあげたの。ディさまは、愛称なんだよ」
「……聖女に新たな名を与えるだと? 神罰が下っていないなら、問題ないのか?」
「へーか?」
「ああ、続けてくれ」
「そのあとは、フーおじちゃん……えっとね、墓守のおじさまに、この国の歴史を習いました」
でもへーかは、困ったような顔をした。やっぱりへーかも、男の人はお裁縫やお料理なんか要らないよって言うのかな。墓地で遊んじゃだめって言うのかな。ふたりとも、怒られちゃったらどうしよう。どきどきしていると、へーかは頭に手をあてて、大きなため息をついた。あれれ、どうしたの?
「聖女がディさまで、フラン異母兄上がフー伯父ちゃんだと。それなのに俺はただの『陛下』……やはり今までの行いを考えれば仕方がないことなのか……」
「へーか?」
「ああ、すまない。なんでもない。大丈夫だ。ほら、たくさん食べなさい。子どもはたくさん食べて、たくさん遊んで、ゆっくり眠るのが仕事なのだから」
「はあい。僕ね、このお肉のとろとろ煮込んだやつ、大好きなの。へーかは?」
「俺も大好物だ。よく、作ってもらっていた」
うん、僕知ってるよ。誰が作ったかなんて聞かないでもわかるもの。だって、僕とへーかの大好きなひとは同じひとだもんね。お料理がとっても上手でね、ごはんを食べる時はね、にっこりしちゃうの。食べる時だけじゃないよ、お料理の準備をするのも、お料理をするのも、一緒ならなんだって楽しいんだ。今はね、一緒にいられないけれど。でも、僕は良い子だから、ちゃんと我慢できるんだよ。
「えへへ、へーかと僕、おそろいだね」
「ああ、お揃いだ」
そんな風に寂しそうなお顔をしないでほしいの。ごめんね、へーかのお名前も特別なお名前がいいよね。僕も本当は呼んでみたいんだよ。だって、それはすごくあったかい言葉でしょう。優しい言葉でしょう。できたてのごはんをみんなで食べる時みたいな。ふかふかのお布団にくるまって、頭をなでなでされて寝てしまう直前みたいな。そういう柔らかい言葉でしょう。
甘くって優しくてとびきり素敵なそれを呼んでみたいんだけれど、呼ぼうとすると喉がぎゅって痛くなるの。悪いことをしたときに、心がぎゅっとするみたいに。僕がその言葉で呼ぶと、へーかは迷惑なのかな。だから、僕が呼べないようにあの時おまじないがかけられたのかな。そうだったとしたら、ちょっとだけ、ううん、すごく悲しいね。
大事な言葉も使えないし、そのことを説明もできないの。ごめんなさい。伝えることができるなら、いっぱい口に出したいのに。優しい音を好きなだけ、口の中で転がしていられるのに。
でもね、大好きって気持ちを心の中で持っていることは自由でしょう。心の中はね、誰にもしばれないんだよ。僕の気持ちはね、僕だけのもの。深呼吸して、僕はにっこり笑ってみせる。
僕、陛下のことはね、わざと「へーか」って呼んでるんだよ。「陛下」って呼ぶときはね、ちゃんと「王さま」って気持ちで呼んでるんだ。僕知ってるよ。「陛下」っていうのは、偉いひと、すごいひと、立派なひとってことでしょ。
あのね、「へーか」って呼ぶときはね、ふふふ、特別な大好きって気持ちがいっぱい入っているんだよ。僕にとっての、特別な言葉なんだ。僕だけの秘密。いつかへーかが気がついてくれたら、いいな。
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