婚約破棄された聖女は、愛する恋人との思い出を消すことにした。

石河 翠

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 とある国の、とある図書館。
 すっかり埃をかぶった歴史書の本棚の前で、少女が悪戦苦闘していた。そんな彼女に、涼やかな美少年が声をかける。

「忙しそうだね。調べもの?」
「ええ、歴史学の教授が神代の時代の『魔法』だか『魔術』だかが生き残っていたら、今の私たちの生活がどのように変化したと予想されるかについてまとめてきなさいなんて言うのよ」
「『魔法』と『魔術』は異なるものだから、まずそこを混同して書くと、減点は免れないだろうね」
「もう、何よ。あなたは歴史学が得意だから宿題ももう終わらせたかもしれないけれど、私はこの分野は苦手なのよ。歴史の転換点と言われる産業革命についてなら楽しく書けるのに」
「じゃあ、産業革命が起きなかったと仮定した場合について書いていけば? それなら『蒸気機関』の『技師』の代わりに『魔術師』が活躍した時代についても、想像しやすいだろう」
「それだわ! さっさと宿題を終わらせて、注文しておいた航空機用のゴーグルを店まで受け取りにいかなくっちゃ」

 うきうきと楽しそうに筆を走らせ始めた少女の左手の薬指には、銀色の指輪が光っている。胸元から懐中時計を取り出し、何やらいじくりまわしていた少年は、指輪のはめられた彼女の指をひと撫ですると嬉しそうに微笑んだ。

「ちゃんとつけてくれていて嬉しいよ。最初に渡したときには、『ナットなんて私、落としたかしら』って言われちゃったし」
「だって、初対面の美男子がいきなり指輪を出してくるとは思わないでしょう。指輪だってわかった後も、『生まれる前から、あなたのことが好きでした』なんて言われたら、狂人かなとしか思わないし」
「酷すぎる」
「酷いのはあなたの頭よ」

 くすくすと笑いながら、少女は髪をかきあげた。図書館の窓の向こうには、飛行船が飛んでいる。

「でもそういう君だって、頭のおかしい俺のことが嫌いじゃないくせに」
「本当よね。どうしてかわからないけれど、あなたのことが大好きでたまらないの」
「これって、『運命の恋』ってやつじゃない?」
「やだあ、その言い方はやめてよ。それこそ、『プリンス』みたいじゃない」

 傍迷惑なクラスメイトを思い出して、少女が顔をしかめた。なぜか自分のことを「神代の時代の王国の王太子」の生まれ変わりだと主張し、少女のことを「聖女」と呼んでくるせいで、彼女は多大なる迷惑を被っているのだ。ちなみに生まれ変わりだという割に、彼の歴史学の授業の成績はお察しなので、彼の主張は眉唾だと思われる。

「温情で記憶を残してもらった者もいれば、天罰で記憶を消してもらえなかった者もいるってことか」
「え、何か言った? ちょっと集中していたせいで、聞いてなかったわ」
「いいや、こっちの話だから。あ、そこなら、別の資料の方が記述が詳しい。俺、取ってくるよ」
「助かるわ、お願い!」

 静かに席を立った少年は、見事な身体さばきで物音ひとつ立てないまま、少女に近づこうとしていた不埒者を捕獲する。そして彼は、「ねえ、彼女に手を出したらどうなるかわかっているよね? 生まれ変わってもまだ馬鹿は治らないの?」なんてささやきながら、獲物を引きずって閉架書庫のある地下へと降りていくのだった。
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